8.呪縛
この学校は蟲の餌場。簡単に表現するなら、虫籠。
「……水の餌場は質が悪いです」
暁月が向かった地下には、卵が沢山あった。孵化する前の卵、孵化した後の小さな幼虫。暁月が燃やし尽くしたために再度確認は出来ないが、成虫は居なかった。
卵を直接植え付けるよりも、ある程度の大きさまで地下で育ててから他者に植え付けることで、より増殖率を増やしたのだろう。
以前見た蟲術が成功しなかったのは、子が孵化しても栄養が足りず成長しなかったからだ。餌となるミミズを食べさせて、親を増やし、子を増やす。呪から作り上げられた、より強力な蟲が出来る。
目の前にいる、自分より体格が良く背の高い少年ーー裕也の様子を覗き込み、暁月はそう思った。
ぶるぶると震えているのに、目が手負いの動物。苦しみの中で衰弱し、それでも生きる道を見つけようとする欲望の強さ。この世のものに対する憎悪をその気が物語っている。
余程、負の気を増幅してきたようだった。
「消えろ、消えろ、きえろおおおおおおぉ!!!!!!」
「?」
突然裕也が突進してきたので、暁月はそれをかわす。そのまま、ぽんっと首もとを叩いたようにしか見えない動きで、『卜』の時と同じように倒した。
弱すぎる……が、陰湿だ。苦しめば苦しむほど、蟲が育つ。ざわざわと濃くなる気を食べて、大きくなる。
「がぁあああ!!」
裕也が泡を吹くと同時に、ミミズが這って暁月の体に侵入してこようとする。しかし、驚くべきことに暁月に触れたところから溶けた。数匹が同じように這い上がり、消えるを繰り返して、動きが止まった。
「こゆときは、驚くべき? 怖がる?」
不思議そうに呟く暁月。
この程度の呪で、影響を受けない。相手の方が影響を受けてしまうほどだ。
でも、女子らしさを演出するには叫ぶべきなのだろうか? 人らしくするにはそうすべきなのか、疑問に思う。
いやいや、多分明はそういう子は苦手だと思い直した。
彼は大人びた女性が好みなのだと思う。長く伸ばしていた髪を切って服装をカジュアルにした途端、視線が自分に向かったことを知っている。
……でも、なにか違うかもしれない? 常識からかけ離れた生活をしてきたために、普通がよく分からず困ってしまった。
明に変だと思われたらどうしよう。
見た目はいたって普通の一般男子ーー明を、まるで超絶美形のモテモテ男子とばかりに勘違いしている暁月だが、彼女にとって明は事実モテモテなのだ。ありとあらゆる意味で。
「うん、うぅん? どうしましょ」
殺した方が手っ取り早いのだが、きっと明は気付いてしまう。しかし、蟲はこの餌に寄り付き、周囲に近づいてきた。なので仕方なく懐から呪符を取り出して、力を借りる。
「さあ」
暁月の瞳が暗く赤く光り、燃えていく。髪は紫色に変化した。
風が吹き、木が怯え、地が震えるような錯覚。
空に茜色をのせた鮮やかさに揺らぐ。そして何よりも恐ろしさを感じるその姿。人というよりは、まるで妖のような。
『鎖よ。
簡潔に相手を縛るための呪文とともに、光の鎖が呪符から飛び出して、暴れる裕也を押さえ付ける。身体の痙攣が止まり、安定するのを黙って見つめた。
「諦めた方が楽になるです」
やがてガクンと意識を失った。憔悴している。それでも気を失うことが出来て、楽になった。そんな表情をしているのを見て、明が裕也に余計な気を配らないようにしなくてはと思った。
明は冷たいフリをするけれど、優しい人なのだ。
そのまま、何故か暁月は裕也を背負った。
♢
暁月が下に降りていったあと。
僕だけを信じてくれれば良いです、という男前なセリフに明は少しボーッととしていた。
空を眺めて、撫でられた頭を軽く触る。
「……いや、『ボーッと』じゃない! してないわ。あいつが意味の分からないことを言うからだな……」
意味もなく冷静になり、またジタバタと暴れる。明にも、男としてのプライドがあった。いくらこの状況では足手まといでも、慰められてボーッとなんてしてない。
明が様子を見るためにこっそりと下を覗くと、集団が校舎内に入ってきていた。見ているだけなら普通の『人』なんだが、見えない蟲がいると思うとゾッとする。
明にとっては、どれだけじっと見つめても分からない何かが、そこにはあった。
ーーこの状況をどうにかしなくてはいけない。
「とにかく、考えろ」
でないと、暁月が良からぬことを始めてしまう。明が彼女の抑制剤となるのは、明に被害が及ばない範囲で、それ以上は……おかしくなる。
明は手を止めて、ポケットの中のサイコロを確かめる。
しかし、この土地。しばらく上から方位を見ていて分かったが、以前占ったことがある気がした。この学校というわけではないが、確かに出した。ひょんなことでうちの常連になった男性から、ある会社の先行きを見てほしいと言われて……。
法人に関する占いは、あまり引き受けて来なかったのだが、会社の先行きが男性の未来なのだという涙混じりの話を聞いて、その時だけ特別だと受けてしまった記憶がある。気丈で冷徹に見える男が泣くのを見るのは、なかなかキツかったのだ。占った結果は、良くなかったな。
これまでの占いの詳細は、倉庫に残してあるので、無事に帰れたら確認しようと思った。見れば、この土地の状況の動きも掴めるはずだ。
ーーそのまえに。
「上に来ている蟲を、どうにかして止めたいな」
校内に徘徊している蟲を、一斉に建物内に呼び寄せることが出来れば良いんだが。
手の中で、コロコロとサイコロを回す。
「負の気を食って、蟲は成長すると言っていた。蟲は何に反応して寄ってきてる? 負の気なんて俺は持ってない。だが、悪い気を付けてると暁月は言ってたな。何らかの接触型と考えて良さそうだ」
ひたすら思考を口に出して整理している姿は、暁月がぶつぶつと話している様子とあまり変わりはないが、明にその自覚はない。
「いっそのこと、大声でここにいるぞと叫んでみるか。五感は保持しているようだが、動きは鈍い。精神汚染なら、人の動きが鈍いのも予想がつく」
呪を敷いているなら、核がある。蟲の影響を散らすためにはどうすべきか。
地下に卵があったことを考えると、それをこの地に留めるための触媒を探すのが有効だろう。自然の虫が、適合する環境に発生するように、合う環境があるのだ。
その条件を消せばいい。
ここで一番最悪なのは、術を刺激しすぎて完成させてしまうこと。
静かに探し当てるのが先決だ。
「さて、鍵はどこにいるかな」
縦にサイコロを振り上げた。
宙でくるくる回り、床に触れてしばらく転がり続ける。
1つが止まり、2つ。そして、3つ。やけに長く転がっていた。
出た目は八面体が5と2、そして六面体が3。
ーー
『敵を得て、或いは
ーー敵が出来て、進軍の太鼓を鳴らし進むも、攻めあぐねる。勝てずに泣いたり、笑ったり(歌ったり)もするという意味。
これは面倒だな。進む退がるを繰り返して、余程不安定になっていると思われる。この動きからして、鍵は人の可能性が高い。
読みは、簡単ではなかった。方角を見る。
校内に中途半端に隠れている。そして、ウロウロしている。敵を得てということは、暁月が見つけたか?
サイコロ自体の動きも見ると、浮き上がり登ってくる。
「は、のぼってくる?」
それを見て、振り返った。
階段側。後ろを見ても、そんな気配はない。……そもそも閉め切っているのに、暁月はどうやって戻ってくるつもりだったんだ。
ちょうど、だん! だん! と意味不明な音が聞こえる。階段の方角からではなく、何も無い空の方角。いや、その下から。
驚愕しながら、その音の方角をそろそろと見てみると……。
ーー問題児がいる。
紫がかった近寄りがたい妙な雰囲気を醸し出しながら、自分は何もしていない平気そうな顔で、屋上に登ってきた女。
「捕まえて来ました。ここ、餌場でした」
完全に気を失っている少年の首根っこを捕まえて、暁月はそう言った。
「……おいおい」
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