5.忌まわしき


 暁月に連れられて着いた先は、学校だった。

 大きめな中学校で、校舎が5つほどあり、体育館、プール、テニスコート、子供が遊ぶための遊具が置かれている。敷地も広く、林のように樹木が植え込まれ、校庭も通常より大きく取られていた。グラウンドの内周と外周で線が分かれており、設備に金がかかっていると一目で分かった。私立だろうか、最近改築したばかりの公立かもしれない。


 今日は日曜日で休みのため、人はいなかった。野球などの部活動をしている者も居らず、不気味な程静か。


「中に入ります」


 暁月はセキュリティセンサーを全く気にせずに、校門を開けた。鍵はかけられていなかったのだろうか、何事もなく門はスライドしていく。

 明は、彼女のすることで、わざわざ驚いていても仕方がないと思った。


「ここに何がある?」

「明先輩の迷惑になるものです」

「……最近、うるさく言ってたやつか」

「そうです」


 明がついて行く必要があるのか不明だが、自分の迷惑になるというのであれば露は払わなければいけない。


 さらに、校舎の中に入っていく。


 校舎の中は暗く、空気がこもっていた。息がしづらいわけでは無いが、なぜか。息を吸うたびに、体が重く怠くなっていく感覚があった。重力が上がり、足の動きが鈍くなる。


 暁月は、校内をキョロキョロ見回しながら、廊下や教室を逐一チェックしていった。特定の物を探しているようだ。下を見て、上を見て、流れを追っている。


「探し物を教えてくれたら、占ってやる」

「汚いので、明先輩は触れなくても良いのです」

「汚いのかよ、そんなとこ連れてくな」

「繋がってるので、仕方ないのです。先輩は気にしないでいいです」


 探し物は得意中の得意である。ダウンジングも出来るので、カエルの探し物ーー呪物を請け負ったこともあった。

 しかし、頑なに暁月は断る。汚いってなんだよ、と不思議に思った。繋がるというのは多分気のことだった。理論としては知っている、明には理解できないそれを辿っているのだ。


 薄々気づいていたが、彼女は明を守っている。粘着テープのようなしつこさで、自分以外の全てから手出しされないようにしていた。……それが、どんな方法かは知らないが。


「仕方ない。今日は、お前に付き合うと言ったからな」

「そうです。先輩は隣にいて下さい」


 普段なら、至近距離で明に話す隙も与えぬほどしつこく話をしてくるのに、距離も離れて口数も少ない。

 隣に居ろと言う割に、無言でいられると落ち着かない。


 ーー変だな。


 ……それより、そう思ってしまっている自分に違和感があった。口を押さえて、変だと言おうとした自分を止めた。




 異世界に入ってしまった感覚で、学校内を歩んでいく。

 太陽の日が明るいのに、そのせいで影が濃い校舎。暁月と明の影が、後ろに続いている。


「ここです」


 そのまま着いた先は、校舎内の階段を一番下まで降りた場所だった。

 光が差し込まない暗闇。2、3段の階段を上がり、小さな一枚扉があった。


 地下室? 学校のボイラー室か何か。『……室』と書かれている。大事な部分の文字が掠れていて、よく見えない。


「最近、占いはどうですか?」


 ガチャガチャとドアノブを回しながら、暁月が問う。明は隣に立って、それを眺める。


「変わらず、商売させていただいてますよ。

 お前もよく来てるだろ。占いが当たらなくなったら、俺の場合商売あがったりだ」

「僕の、今日の運勢はどうです?」

「……お前が運が良いと思っている限りは、良いよ。我が道を行け」


 明がそう言うと、暁月はにこと貼り付けたような笑みを浮かべた。艶々とした黒髪が紫色に変化したように見えた。


「そうですか、良かったです。……少しだけ、ここで待っててください」


 ガチャリと豪快に素早く、ドアを開き、勝手に1人で中に入った!


「あ! お前」


 手をひらひらと振る暁月の顔が、見えた。やけにひりついたように見えたのは、間違いない。緊張していた。

 困っているなら、明を使えば良い。明は占い師だ。森羅万象を読むものだ。最善を選んでやるのに。


 占いは、厄を避けるためにあるのだ。人が幸せを選ぶためにある。明が運勢を決定するのではなく、自然が導くのだ。

 素直に話を聞かない、これでは全く占いの甲斐がない。あいつに占ったところで、それを振り払おうとするのではなく、明の占いの結果に従おうとしてしまうだろうが、それでも気に食わない。


 ーーあの、秘密主義者め。執着、粘着、悪辣の上、厄災をもたらす星を持った女だ。

 熒惑の、赤い星の。


 それがどんな運命であれ、やがて苦しみを明に与えると分かっていた。離れるべきなのに、離れたいのに、どうしてこうも中途半端な関係になってしまうのか。

 

 女々しさに嫌気がした。自分と言う存在の不安定さは、読めない。まるで幼い頃の暗闇で折檻を受けていた頃のまま、変わっていないようだ。


『なぜ、出来ない! 分かりきっているだろう。そこにあるものを見ろ! 感じろ! 出来ないのなら、死ね!』

『ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい』

『出来損ないが。よく聞け。お前が、出来なければお前の両親も、同じ目に遭うと思え!』

『痛い! びっ、ぎゃぁあああ!!!』


 何も力のない、やられるがままの子どもが脳裏にいる。


 そして、真に占いの価値に気付いたときの自分もいた。


 何も知らない、苦しみの中にいる相手の光の兆しを見た。その道筋を読み解いた。


『……お前は幸せになれる』

 

 それを告げることが出来た自分を誇らしく、思っている。あの子を流すことが出来た自分のことを、占いの価値を認めている。

 それなのに、アイツは。あの暁月摩耶という女は、占いを馬鹿にしやがって。

 

「人の忠告は聞け。何千年と続いた統計値が、占いだぞ。ふざけんじゃない」


 しばらく暁月を罵り続けて、落ち着いた。……あいつといると昔のトラウマが掘り起こされる気がする。


「はぁ、暁月を落ち着かせる方法が欲しい」


 落ち着いたら、沈黙が気になった。目線を校舎の隅々に移動させる。

 コンクリートの壁にシミがベッタリ付いているのが見えた。霊障は苦手だ。見分けがつかない。タダの汚れだ、絶対。

 ドアに張り付いて中の音を聞こうとするが、何も聞こえない。暁月がしていたように、ガチャガチャとドアノブを回すが動きやしない。


 階段に座り込んだり、立ち上がり、動き回る。


「もう待たない」


 自分が暁月を待ってウロウロしているのに耐えきれなくなり、一階に上がることにした。

 手洗いに行って、水でも飲もうと思った。そこら辺にいれば、暁月はきっと明を嗅ぎつける。

 迷惑な能力だが、こういう時には役に立つ。


 ーーしかし、上に上がって、そんな余裕はないと気付いた。


「……なんで、こんなに」


 異様な光景だった。

 そこに居たのは、大勢の人々。今日は平日だったか? と勘違いするほどだった。

 しかし、ボーッと校庭に立っている姿は普通ではない。


 近くに寄らなければ、顔は見れないが、嫌な予感は止まらない。


「……困ったな、罠か何かだったのか」


 困ったときの、便利な道具。占い道具がなくても、代用品があればーーたとえば、木の棒であっても、明は占える。


 ポケットの中にはサイコロを3つ入れていた。八面体の赤と黒のサイコロ、普通の六面体のサイコロで、占う。

 内卦外卦、変爻をそれぞれ当てはめて未来を出す。適当に投げた。状況を読むためだ。


 対象は暁月。都合の良い占いをしないよう、状況を合理的に判断する。


 出た目は、5と4。そして、3。組み合わせの結果は。


 ーー風雷益三爻さんこう


『之を益するに凶事を用う。咎なし。孚ありて中行。公に告げて圭を用う』


 簡単に言えば、成功のための苦難が待っている。誠意を持って、道理を行え。そうすれば認められるだろう。

 他者と助け合って、その困難を乗り越えよみたいなことも読める。


 暁月と協力し合えということか。勝手に1人で、色々と勝手にするアイツと協力しろと。

 それが今さっきまでの自分の願いだったかもしれないが、卦にまで導かれると……。


「そもそも、霊障系は不得意だ。どう協力するかだな」


 腕を組んで、続々と中心に集まっていく人々をみつめる。


 益する……。益するか。


 読めるが、認めたくない。それが自分の未熟さかもしれなかった。


 周囲にはボーッと立ったままの、学生たちがいる。中にはパジャマ姿の人もいて、普通じゃないと見るからにわかった。それどころか、校門からまだ入ってきている。……100人くらい集まってくるんじゃないか?


「見えないのが、この場合相性が悪い。何を読めばいいか分からなくなる」


 解決策を占うにしても、詳細が不明だと、占いもぼやっとした内容にしかならない。現状、解決策を持っているだろう暁月を待つしかない。


 とりあえず、あの地下室に戻ろうと振り返ると。


「あれは蟲ですね。寄生虫を使うのは、悪趣味です」


 濃緑の髪、揺れるような瞳の美しい少女ーー暁月が気配も無く、背後に立っていた。


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