第12話 異世界ピース

 旅隊は10台の馬車と、それを囲む護衛や荷物持ちで成っていた。


『さる御方』が熱を出したため、いまは停まっている。


 セシリアの持ち帰った薬草で『さる御方』の熱は下がったのだそうだが、今夜はこのまま野営に移るらしい。


 移動が再開されるのは明朝、再度『さる御方』の体調を確認してからだ。


 旅隊のリーダーの立会いで羊皮紙にサインし、俺は契約を終えた。


 リーダーはウラガンと同年齢くらいの紳士然とした


 俺を見るなり瞼を緊張させたのは、ウラガンと同じく危険察知のレベルが高いか『鑑定』のスキルを持ってるんだろう――いや、むしろそっちの可能性のほうが高い。


 マップでは、ミギルというその女を示す点に、こういう表示が付け加えられてる。


『鑑定阻害』


 だからあえて彼女の鑑定は行わず、その場を後にした。


 ウラガンの案内で、俺は冒険者の待機場所に向かった。

 車列を囲むようにして分かれた、7,8人ずつのグループの1つだ。


「こいつは『ユウキ』。俺の友人ツレで、そこそこの腕はあるはずだ――まあ仲良くやってくれ」


 そんなウラガンの紹介に。


「そこそこねえ」


 鼻で嗤う奴もいれば。


「そこそこ……かよ」


 胴震いしながら、なんとか苦笑を絞り出してるって感じの奴もいた。


「ユウキだ。よろしく頼む」


 腰を下ろしながら、俺はある品を取り出す。


「お近付きの印だ。ってくれ」


『異世界通販』で買った一品。

 その品とは――


「おお。ピースかよ、気が利くじゃねえか」


――缶入りのタバコ缶ピースだ。


 濃紺の缶からタバコを取り出しては、次の者に缶を回す。


 15歳までギリーの記憶では、村に来た冒険者たちはみんなこうして『缶ピース』でコミュニケーションをとっていた。


 ドラスケ山への旅がどんなものになるかは分からないが、仲良くやってくのに越したことは無いだろう。


 皆それぞれのやり方で火を点けるのを眺めながら、俺も自分のタバコに火を点ける。


 そんな俺を見て安心したのか、呼ばれた声に応え、ウラガンが自分のグループに踵を返すのが見えた。

 

 その後、黒パンに大鍋で作った煮込みという夕飯を食いながら夜の番の打ち合わせをした。


 夜の番は各グループから6人ずつ出し合って3交代。

 常に30人前後が、火を絶やさぬようにしながら魔物の出現に備えるのだそうだ。


『前の番』『中の番』『後の番』とあって、俺は日が昇るまでの最後の3時間を担当する『後の番』だった。


『前の番』が始まると同時に『中の番』と『後の番』はテントで就寝に入る。


 他人と雑魚寝だなんて、日本での記憶と合わせてもボーイスカウトのキャンプ以来の数十年ぶりだが、寝入りは速やかだった。目を閉じた途端、泥流に足を取られたがごとく眠りに引きずり込まれていく。その最後の一瞬で、思い出していた――高位龍アロハとの会話を。


『もしかして、俺の前にも転移者っていたんですか?』

『いるぜ――オマエの世界からも来てる。今回の件とは別にな』


 缶ピースは、きっと俺の世界から来た転移者そいつが作って広めたのだろう。そして商品として流通してるということは、そいつが転移してから、それなりに時間が経ってるということだ。


 そんなことを考えながら、俺は眠りに落ちた。


「!」


 目を覚ますと、息を呑む気配があった。

 俺と同じグループの『中の番』の奴だ。


『後の番』の俺を起こしに来たのと同時に、俺がばちっと眼を開けたから驚いたんだろう。


「眠りが浅いんだよ――娼婦街の女に、全財産かっさらわれて以来な」

「お、おう……大変だったな」


 言いながら『中の番』の奴が吹き出す――名前は、確かジャックだったか。

 テントを出て焚き火のところに行くと、俺と一緒に『後の番』をする男が既にいた。


 こっちの名前は、サルートだ。


「あそことあそことあそこ――嫌な感じがする。他のグループからは、あの辺りが気になると」


 森を指さしながら『中の番』のもう一人が言うと、


「そうか」


とサルートが頷く。


 そんな感じで引き継ぎを終えると『中の番』の2人はテントに戻った。


 残された俺とサルートは、ひとしきり自分の担当の馬車の周りを見て回り、焚き火を囲む。


 すぐに、他のグループの奴が眠気覚ましのミントを配りに来た。

 サルートと二言三言交わし、そいつは別のグループに移動する。


 サルートが言った。


「あいつはウラガン統括のグループでな。各グループの情報をとりまとめている」


「なるほど――大規模の旅隊ならではだな」


 まるで軍隊だ、と言いかけて俺は止めた。


 サルートに、こちらを伺う気配があった。一見中肉中背だが、関節の節々がごつく盛り上がり、腕や足、腰に胸、腹、顔のパーツひとつひとつまで、何もかもが太い男だった。


 ミントを噛み終え、焚き火を眺め、再び周りを見て回り、焚き火のところに戻って。


 タバコに火を点けたところで、ぽつりとサルートが言った。


「たいしたもんだな」

「?」

「あんた、テントで横になるなり寝入ってただろ。普通はな、眠れないもんなんだよ。護衛に加わった初日なんてのはな」


 ついでに『射撃』スキルもカンストしてる俺は、さしずめ異世界の野比の○太ってところだろうか。


 内心で茶々を入れてると、俺の応えを待たず、サルートが続けた。


ウラガン統括が連れてきただけのことはある――だからこそ、惜しい・・・


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