第10話 猿と猿芝居

 ここからは猿語で話してると思ってほしい。


「オマエこれ、どういうこと?」


 リンガ猿に訊ねると、奴はこう答えた。

 にへらっと笑いながら。


「いやいや、主様も退屈なさってるだろうかと思いましてね。人間どもの通る道に、ちょうど良い感じの雌がいましたんで、これで無聊を慰めていただけたらと浚ってきたって次第で」


 そういうことか……


「後ろから殴って気を失わせたんですが、途中で目を覚ましやがりましてね、それからはまあ暴れる暴れる。こういう気の強い雌を寝床で泣かせたら、さぞかしいい気持ちになれるでしょうぜ」


 なんだこのゲスすぎる貢物。でも俺ってこいつらの主なんだよなあ……成り行きでそうなったとはいえ。


 しかし、これはチャンスに違いない。女のステータスを見て、俺は笑みを漏らしそうになった。


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セシリア・ザコッテ(17歳)

種族:人間

職業:聖騎士

レベル:28


HP:70/120

MP:40/90

AGI:87、STR:70、AP:90、ATK:120、DF:65、DV:160、Dex:120


スキル:格闘Lv6、剣技Lv9、投擲Lv7、身体強化Lv4、治癒魔法Lv3、

空間魔法Lv1、魔力操作Lv4、魔法耐性Lv5、危険察知Lv2、


称号:近衛騎士団精鋭、王子の守護者

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 このステータスでドラゴンロードにいたということは。

 それは、そういうことだろう……ニヤリ。

 心の中の俺は、たいそう悪い笑みを浮かべていた。


 俺は、猿に言った。


「おい、いいことを教えてやる」

「キキっ。なんでやしょう?」

「こういう女はな、力づくで犯しても面白くないんだ」

「と、おっしゃいますと?」

「まずは恩を売るなりなんなりして、俺に惚れさせる。心から崩してやるんだよ。そうするとだな、普段は気が強いくせに、寝床では俺の言いなりになるようになるんだ。気が強いくせに、いや気が強いからこそ、普段の自分とのギャップに戸惑い、羞恥に頬を染め、そのくせ股ぐらは俺を咥えこんで離さない『ああっ。どうしてこんなに気持ちいいの!? どうしてこんなことしちゃってるの!? 私、こんな淫らしいじゃないのにぃっ』ってな…………どうだ、たまらんだろう?」

「キキーーーーっ! 聞いてるだけでおっ勃っちまいますよおお!」

「そこでだ、芝居をうってもらいたい」

「芝居……ですか?」

「俺とオマエで戦うふりをして、適当なところでオマエが逃げる。それを見て女は思うわけだ。『何なのこの強い人! この世にこんなカッコいい人がいていいの!?』ってな。吊り橋効果って言ってな。こういうヤバい状況で出会った男に女は惚れやすいんだ」

「キキーッ! さすが主様! あったまいいなあ!!」

「だろ?」

「ところで主様……」

「なんだ?」

「吊り橋効果っていいましたよね――この方法やりかた、俺も真似していいですか?」


 いいぜ、と俺が頷いて、猿芝居が始まった。

 女を地面に置き、猿が襲いかかってくる。


「キキーッ!」

「えい!」

「キーッ!」

「やあ!」

「キキっ!」

「とお!」

「キキーーーーーっ」

もういいぞキキキャッ

へへっ。どうぞお楽しみをキキッ、キキャキキッキキ

ばあかキャッ

それでは失礼キキッキキキ

ありがとよ。じゃあなキキキキキ。キキキッ


 最後に猿に当たらないように斬撃を飛ばすと、それなりに太い木が真っ二つになって倒れた――このインパクトで、芝居臭さが薄れることを願う。

 

 さて、仕上げに入るか。


 もったいぶってナイフを拭ってると、あっちの方から声をかけてきた。


「……かたじけない。この身の危ういところをお救い頂き、礼の言い様もございません。それにつけても、これほどの腕前の持ち主に私は上からというかなんというか『逃げろ』などと――まったく、汗顔の思い――どうかご容赦頂きたい」


 白々しく笑って、俺は答える。


「いえいえ、お気になさらず。危窮にあっての気遣い、あなたの心根の尊さ故のお言葉と存じます。ところで、この森へはいかなるご用向きで? 不躾ですが、お探しもの程度でしたらお力になれるかもしれません」


「…………」


 女に、こちらを探る気配が生まれた。

 マップで見てみると、女を示す反応は黄色と青で目まぐるしく入れ替わっている。

 感心したのは、時折、一瞬だけ赤になることだ。


 もうひと押し、といったところか――ちょうどいい。


 ここから始めよう。

 この世界での、浅羽裕貴あさばゆうきとしての人生を。

 俺は名乗った――俺の、本当の名前を。


「私はユウキ――未契約のドラゴンテイマーです」


「!――先に名乗らせたこと、お詫びいたします。助けられた身でありながら……私はセシリア。冒険者として、さる御方の護衛をしていましたが、雇い主が熱を出し、この地の魔滋豊かな薬草を求めて車列を離れたところ、先程の魔物に襲われ――それにしても、ユウキ殿はドラゴンテイマーでしたか。それならばあの強さも……んん? 『未契約』と申されたか!?」


「はい。ドラゴンテイマーの職を授かりましたが平民ゆえ契約は容易でなく、機会を待ちこの森で煮炊きする毎日です」


「煮炊き!? 修行ではなく!? いや、こんな凶悪な魔物の棲む森で煮炊きして暮らすこと自体が修行に変わりなく、いや生半可なまなかな修行ではないに違いなく――」


「本末転倒、といいますか、お陰で魔物の言葉も多少は解するようになりました」


「おお。ではさっき『キッキキッキ』と言ってたのも、あの猿と会話してたのですな!」


「はい。『去らずば真っ2つに斬ってくれるぞ!』と、そのように威勢を張っていたのですよ」


 いま女の言ったイントネーションでの『キッキキッキ』が、猿語で『FuckOff』にあたることは指摘せず、俺は頷いた。


 それから女に白湯を飲ませた後、俺は言った。


「薬草であれば心当たりがあります。必要なだけ採取したら、安全な場所までお送りしましょう」


 女が、断るはずもなかった。


 薬草の生えてる場所をマップに表示させて、何箇所か回った(ここで収納魔法が使えることをさりげなくアピール)。さっきの猿に話を聞いたらしい魔物が襲ってきたから、また猿芝居をして(更に強さをアピール)、ドラゴンロードまであと数百メートルといった辺りまで来たところで。


 女が、躊躇いを振り切ったような声で言った。


「ユウキ殿、1つ提案があるのだが――」


 はい。猿芝居、大成功。


 30分後、俺はドラスケ山を目指す旅隊に加わっていた。

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