第9話 猿と女が現れた!

 20日が経った。


 いま俺は、ドラゴンロードまであと数キロの場所にいる。


 実際は2日もあれば辿り着けただろうが、自分の強さの検証のため魔物と戦い、最終試験として森の主を斃したりしてたらそうなった。


 マップ作成で森の主が棲む場所が分かってからは、その周辺を周りながら主の強さを探り、絶対に勝てると確信したのが一昨日のこと。


 戦って斃したのが、昨日のことだった。


 結果論でいうと、記憶を取り戻した直後の俺でも楽勝だったと思う。だからこれも結果論になるが、森の主との1戦は、自分のスキルをひと1通り試すための、なぶり殺しみたいな戦いになった。


 森の主は、腹から無数の女体を生やした、巨大な蜘蛛だった――以下、森の主と戦ったときの回想。


ここから回想===============


「メデュスパイダーね。ってことは生えてる女はみんなメデューサか。複合結界を張りつつ、ここまでストレージに溜めてた魔物の死体をホイホイっと。蜘蛛の糸で動きを止めてから石化――じゃなくて、石化してから糸か。おおう。あの糸、捕獲用じゃないんだな。新宿の煎餅屋と同じ切断系だ。ジャイアントオーガを微塵切りにしやがった。さて、まずは結界から右手だけ出して――うん。石化、効かない。糸も『物理耐性極』で跳ね返しました。おっと『剣神』が自動発動して糸を切っちゃった。ああ、怖がらなくていいから。ほおら結界を解除しましたよ、と。おお。メデューサは石化以外も使えるのね。精神支配――はい、閻魔法極でカウンター。混乱して仲間のメデューサに掴みかかってます。火、水、土、風ってまとめてきたな。全部カウンター。メデューサ全滅って……また生えてきた。いいねえ。じゃあ光魔法と闇魔法の混合技はどうだ? 名付けて『鬱蛇死膿』――を効かせたところで『拳神』で打突を飛ばし、っと。今度は復活しませんねえ。生まれてくるのが嫌になっちゃったかな? さて残るはあんただけだな、蜘蛛本体。糸を『避神』で避けながら足に組み付いて『拳神』の下位スキルの『剛力極ごうりききわめ』でもぎとり、もぎとりもぎとりもぎとりっと。さあ、足が半分になっちゃったねえ。ここまで付き合ってくれてご苦労さん。本当なら『SFソルジャー』で上から爆撃するだけでも勝てたんだけど、スキルを試すためにあえて正面から行かせてもらった。これ以上いたぶるつもりは無い。お詫びに、俺の正装で止めを刺させてもらおう。『サウザンドフォックス』っていうんだ。名前を賭けた戦いには、この格好で挑むことにしている。じゃあ、味わってくれ。いまの俺の最高の技だ――稲荷光いなりびかりはじめ


===============回想終わり


 鑑定で見たところ、森の主の脅威レベルはS+――それを圧倒できたということは、まあ、そういうことだ。


 脅威レベルの示す強さがどれくらいか把握できたことだし、検証はもういいか。というわけで、今度は寄り道することも無く最短距離を行き。


 いま俺は、ドラゴンロードまであと数キロの場所にいる。


「この世界っぽい装備に着替えてっと……」

 

 後はこの辺りでキャンプしつつ、マップに旅隊らしき反応が現れるのを待つだけだ。


「○○・○○・○○~、○○・○○・○○~」


 なんて著作権にひっかかる鼻歌を歌いながら、土魔法で地面を均し、異世界通販スキルで買ったコー◯マンのソロキャンプスタートパッケージを広げる。


「これはこれで……」


 湯を沸かしコーヒーを淹れ、食べるのはコンビニのアメリカンドック。


 元の世界の食物にも慣れ、美味くはないけどこれはこれでアリかってくらいには思えるようになってる今日この頃だ。


 この辺りは森の入口に近いから、そんなに強い魔物はいない。とはいっても、件のウサギや熊と同程度の連中はぞろぞろいるわけだが。


 ぽとり。


 足元に転がってきたのは、果物。

 鑑定すると――


-----------------------------

パドンの実


魔力の多い場所で採れる果物

生食可

食べるとMPが回復する

-----------------------------


――そういう結果の出る果実だった。


 マップには、遠ざかってく青い点。

 魔物だ。

 森の主を斃して以降、魔物は赤じゃなくて青で表示されるようになっている。


 赤が敵なら、青は味方。


 メデュスパイダーあの蜘蛛に代わり、俺が森の主になったということなのだろう――ステータスにも、こんな称号が加わっていた。


『ルソルコの主』


 ぽとり。


 また1つ、足元に果実が転がる。

 魔物たちからの、貢物だった。


 拾って齧ると、スーパーの果物なんかよりずっと美味い。


「ありがとう~~~~~。美味しく頂いてるよお~~~~~~~」


 と叫ぶと、森のあちこちから嬉しそうな気配が伝わってきて、俺もほっこりした気分になる。



 これが原因で、他人に迷惑をかけることも知らず……



 悲鳴が聞こえてきたのは、キャンプ三日目のことだった。


「離せ! くそっ! 魔物風情が! 我が身を好きにはさせんぞ! ええい、離せ! 離せ! 離せ! 離せ!」


 女の声だった。

 位置としては、俺がいる場所から数百メートル……っていうか?


 マップを見ると、青い点と黄色い点が一緒になってこちらに近付いていた。


 黄色は敵でも味方でもない中立者だ。

 2つの点が、俺のテントの前に現れるまではすぐだった。


 青い点は、魔物。

 黄色い点は、声の主――若い女だった。


 美女ではなく美少女と呼ぶのが正しそうな、幼さを残した顔立ち。装備は革鎧だが、手に持った短剣も含めて、上等な品と伺える。


「離せ! 離せ! 離せ! くそっ! なぜ効かん!?」


 魔物は女を小脇に抱え、女は短剣で魔物を刺し続けているのだが、魔物はちっともこたえていない。


 それもそのはずだ。


 身長2メートルはあるその魔物はリンガ猿といって、こういうステータスの持ち主だった。


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リンガ猿(成体)

脅威レベル:B+


スキル:軽身Lv4、剛腕Lv5、剛毛Lv6、剛体Lv3


ドロップアイテム:魔石(上等)、リンガ猿の種、リンガ猿の毛皮

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 件の熊ルビーベアの上位互換みたいな硬い身体に身軽さを備えた強者で、脅威レベルB+というあたりからも、その強さが察せられる。


 本来なら、森のもっと奥に棲んでるはずの魔物だった。


「おいっ! オマエ! キミ! アナタ!」


 女も俺に気付いたらしく、こっちを見ると目を剥いて叫びだした。


「こんなところで野営しているとは、それなりに腕の立つ御仁なのだろうが、相手が悪い! 逃げろ! いますぐここから立ち去れ! 逃げろ! 逃げろ! 逃げろ!」


 意外と冷静な文章作りで喚きながら、女は短剣を猿に突き立てる。


 でも、無理だろうなあ……ぺきん。


「あ、あ、あああああ…………」


 折れた剣を見つめる彼女の目に、絶望の色が浮かぶ。

 仕方ない。

 俺は『万能言語理解』で猿に話しかけた。


オマエこれ、どういうこと? キキッ、キキキキッキ

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