第5話 気付いたら、森の中

 こうして異世界に転生した俺だったのだが。

 そして約束通り、15歳になったと同時に前世の記憶が蘇ったのだが。


「お、ぅおえ、おえ、お、お”お”、お”お”、お”お”え”~~~~~~っ!!」


 いきなり、酔って吐いていた。

 しかも、場所が場所だ。


 ぎちぎちぎち。

 う”ぉう”ぉう”ぉう”ぉう”

 ごへぇ~~~~~


 と、周囲は近くや遠くから聞こえてくる虫とか魔物の声で満たされている。


 視界が真っ暗なのは、日付が変わったばかりの午前0時まよなかだからなのだが、ビルみたいな巨木が生い茂ったここでは、昼でもたいした明るさにはならないだろう。


 ここは、ルソルコの森。

 凶悪な魔物が現れるので有名な場所だ。

 

 昔、ルソルコという悪漢が町で悪さをしてこの森に逃げ込んだのだが、魔物に追い回され恐ろしい目に遭い逆に森から町へと逃げて捕まったという逸話から、そう呼ばれている。


 以上、15歳になるまでの俺の記憶から。


 では――

 

 どうしてそんな恐ろしい森で、深夜に俺は酔っ払って吐いているのか。


 それを説明するには、ここまでの俺の人生を振り返る必要がある。


『ギリー』


 それが、この世界での俺の名前だ。

 名字は無い。

 ルソルコの森から山を隔てた場所にある、貧しい村の、貧しい農家の息子だ。


 村には教会があって、10歳になると、みんなそこで職業の鑑定を受ける。


 神父の持つ『神託の珠』に手を当てると、声がして、そいつに適した職業を教えてくれるのだ。


 これは『神託の職業』と呼ばれ、『魔道士』には魔術の加護、『僧侶』には法術の加護、『剣士』には剣術の加護といった具合に、職業に合わせた加護が与えられる。

 

 大抵の場合、職業はそいつの親と同じものになる。

 俺の村では、ほぼ全員が『農民』。

 だから俺も、自分は『農民』になるんだろうと思っていた。


 だから、現代で言うと多目的トイレくらいの広さの教会の壁や床から一斉に響いた声が、


『な~ん~じ~の~しょ~く~ぎょ~う~は~~~~~、ドラゴンテイマー!!』

 

 と、最後だけ早口で伝えてきた時は、何がなんだか分からなかった。


 ドラゴンテイマーなんて職業、それまで聞いたこともなかったし、そもそも俺が知ってる職業なんて、農民と村長と神父の3つしかなかった。


 付き添いで来てた俺の親父も同じで、混乱した親父は、何故か俺を殴り始めた。それから、殴る蹴るの暴行が俺の体感で10分ほど続き、何事かと覗きに来た村の衆もそれを止めず、疲れて暴行をやめた親父の息も整った頃になって、ようやく神父が説明を始めた。


 神父が言うには――


 ドラゴンテイマーという職業は『金持ちの黄金・貧者の石ころ』と呼ばれている。


 龍の加護を受けられる職業で、『剣聖』にも劣らぬ武の才と『賢者』にも勝る魔力を併せ持ち、過去には皇帝や法王になった者もいるのだという。


 だがそれは、龍の加護を授かった後の話だ。


 龍の加護を授かるには、ドラスケ山の頂上で龍と契約しなければならない。


 だがそこまでの道のりは過酷で、数十人の護衛や荷物持ちを雇わなければドラスケ山の麓にすらたどり着けない。


 当然、莫大な資金が必要になる。

 だから呼ばれているのだ――『金持ちの黄金・貧者の石ころ』と。


 金持ちがなれば強大な力を手に入れ、さらなる富を手にすることが出来る。だが一方、貧乏人には人を雇う金なんて無いから龍の加護を得られず、全く得るものが無い。


 ドラゴンテイマーとは、そういう職業なのだ。


 そして俺は、貧乏人だった。


 悪いことに、幼なじみのエマ(俺と相思相愛で結婚の約束をしていた美少女)の得た職業が『剣聖』で王都の学園に招かれることになったりとかいったイベントも重なり、そこから15歳までの5年間は『鬱々』の一言だった。


 更に悪かったのは、弟のホルスの職業が『農民』だったことだ。


 長男は俺だが、親父の後を継いで家長になるのは、次男のホルスということになった。


 同じように畑を耕しても、『農民』のホルスのほうが、『農民』じゃない俺より良い作物を作れるからだ――というか『農業の加護』を持たない俺が畑仕事をすると、作物の出来が悪くなってしまう。


 だからドラゴンテイマーになってからの俺は、畑に近付いただけで疎まれるようになってしまった。


 村中の、どの家からもだ。

 

 任される仕事といったら子守や薪拾い、神父や村に来た商人の使いっぱしりくらいで、畑に関わる仕事は肥をかき混ぜることさえ許されなかった。


 と――ここまで回想して俺が思い出すのは、昔日本にいた『おじろく・あねさ』と呼ばれる人達だ。


 知らなかったら、検索してほしい。


 俺の置かれた状況は『おじろく・あねさ』そのもので、精神状態もそれに近いものとなっていた。

 

 そして今日、というか既に昨日、14歳最後の日。


 決定的な事が起こった。

 

 幼なじみにして元恋人――エマの凱旋だ。


 学園を卒業して近衛騎士団入りしたエマが、婚約者を連れて村を訪れたのだ。破格の出世をした彼女に村中大騒ぎで、まさに凱旋と呼ぶのにふさわしい華々しさだった。


 かつての婚約者の晴れ姿を、俺は、村人たちの輪の外から眺めていた。


 俺もエマもふたりとも『農民』であったなら、俺はエマと結婚していたのだろう。俺が『ドラゴンテイマー』となったこと。エマが『剣聖』となったこと――本来ならあり得なかったことだ。でも、そのあり得ないことが起こってしまった。だからいま。だから本当は。本当なら……すっかり鈍くなってしまった精神が、ざわつく。


 そして、目があった。


 エマが俺を見た、その一瞬。


 その一瞬、エマが浮かべた表情を、俺は憶えていない。


 気が付くと俺は酒瓶を手に村を出て山を越えルソルコの森に入り――


「――で、このざまか」


 じじじじじ。

 おぎょぎょぎょぎょぎょ。

 びちびちびちびちびちびち…………


 依然として、森の中あたりはやかましい。

 既に、酔いはさめている。

 おそらく、状態異常無効スキルのせいだろう。


 日付が変わり15歳になると同時に前世の記憶を取り戻し、俺は、神とアロハがくれたチートを手にしていた。


 過去を回想しつつ、いまはステータスをチェックしているところだ。

 

 まあとにかく、ギリーおれの認識する俺の人生は、そんなものだった。

 

「まあ、しょうがねえか」


 くらいしか、俺には感想が無い。


 よくもまあ、こんなに酔っ払った状態で山を越えられたもんだとか、魔物だらけの森で死ななかったもんだとか、呆れるような褒めてやりたいような気持ちを、俺はギリーおれに抱いていた。


 酷い境遇を恨む気持ちが湧いてこないのは、半分は他人事で半分は自分のことだからだろう。


 ステータスは、HP、MP、AGI、STRといったパラメータや持ってるスキルも、アルケインレジェンドで育てたキャラと同じ――つまり1VS1で負けなしの、最強レベルになっていた。


 もっともゲームとは違う点も、いくらかはあったが。

 

 ざわつきそうになる胸を、抑えながら。

 立ち上がり、俺は歩き出す。


 同時に、視界の左上に半透明のマップが現れる。

 スキル『マップ作成』によるものだ。

 合わせて『危険察知』も働き出し。

 

 5分も経たず、最初の戦闘になった。

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