第3話 滅びる世界から
「異世界転生、するかい?」
問われて、俺は呆けた。
「え?」
異世界転生って、よくあるあの?
「え?あ、まあ……いいかな。親兄弟も死んでるし、仕事も俺がいなくたって大丈夫だし」
それから――
答えた後でまた考えて、俺はうなずいた。
「異世界転生、いいね。チートありだったらしてみたい」
緊張からの緩和で思考力がた落ちの俺だったが。
それは俺の心に対して、決して間違った答えではなかったはずだ。
もう一度、うなずいて俺は言った。
「うん。してみたい」
しかしだ。
いま何故、そんなことを訊く?
疑問と同時に襲ってきたのは、寒気。
気が付いたのだ。
被っているはずの、
握っているはずの、コントローラー。
身体を沈めているはずの、ゲーミングチェア。
そういった諸々の感触が、消え失せていた。
いま俺はアルケインレジェンドをプレイ中で、実際、俺の目の前にはアルケインレジェンドの、レイド戦のフィールドが広がっている。
HUDを、着けていないはずがない。
HUDを外せば、景色は実家の、両親の寝室を潰して作ったゲーム部屋に変わるはずだ。
HUDを外せば。
HUDを外せば……ぞくり。
寒気に立ちすくむ、俺だったのだが。
「実を言うと、この世界はもう駄目だ。
突然、こんなこと言って悪いが。
でも、本当なんだ。
2、3日後に、ものすごく赤い朝焼けがある。
それが、終わりの合図だ。
程なく大きめの地震が来る。
気をつけて、って言っても仕方がないが……
それがやんだら、少しだけ間をおいて、終わりが来る」
いきなりアロハがそんなこと言うもんだから、正気に戻らざるを得なかった。
「なんなんだ、いきなりの『ち◯構文』!」
俺はいい年したおっさんだが、そんなおっさんくらいしか知らないようなネタをぶっこんでくるとか、インターネット敬老会にもほどがあるだろう。
そしてそんな俺の突っ込みに、アロハはきょとんとして。
「だってオマエ、こういうの好きだろ?」
と、斜め上の宙に目をやるのだった。
「ほう。ほう……くひひっ。なるほどねえ」
なんなんだろう。嫌な感じがする。
正確に言うと、ツイッターのファボとかブックマークを隈なく調べられてるような、そんな予感に近い、嫌な感じだ。
正解だった。
「オマエさ、男だと思ってた幼なじみが高校で再開したら実は女だったとか好きだろ。ファボとかRTの傾向からして」
「……好きです」
嘘は吐けない俺だった。
すると。
「まあ、俺はもともと雌なんだけどな」
なんということだろう。
サングラスを外したアロハは、イケメンな感じの美女だった。
しかも、ちょうどいい感じに美巨乳な。
「あと、こういうのも好きだろ」
言いながら、アロハはシャツの残りを脱ぎ捨てる。
すると――
「皮パンにスポーツブラとか……好きとしか。大好きとしか」
「めっちゃブックマークしてるもんな。で……1番好きなのはこれ、と」
ああ……スポーツブラが一瞬にして!
「皮パンにさらしとか、もう。もう……」
「性癖に刺さったか?」
「刺さりました。刺さりましたとも……」
「で、プラス白木の日本刀、と」
「はあぁあ~~。刺さりすぎて貫通!」
「じゃあ、異世界転生ヨシってことで」
いやいやいやいや。
「あの、ちょっと。異世界転生するのはいいけど、その前! この世界が終わりって、
「いや。ゲームじゃなくて、現実。オマエの生きてる地球って星から、人類が消え去るってこと」
「現実……人類………」
「もう中国の方では始まってるんだけど、ダンジョンが発生してな。いまは必至で隠蔽してるけど、対処に核を使って隠しきれなくなる。それが2,3日後。でも爆風で巻き上げられた胞子が世界中に散らばって逆にダンジョンは増殖――その影響で大地震が起こる。それから5年で文明レベルが18世紀のレベルに後退し、50年も経つ頃には、この星に住む人類は0になる。現在の人類はな。絶滅させられるんだよ。ダンジョンの魔物と交雑した新人類に」
「……酷え」
神も仏もあったもんじゃない。
「で、神様だよ。この世界の神様が、近場の異世界にSOSを出しまくったんだ。一人でもいいから、
ということは、俺は……俺が?
「俺は、俺の世界を守護する高位竜でさ。俺の世界に保護する人間の選別を任されたんだ。というわけで、仲間と一緒に
ってことか。
「ああ、気に病むかもしれないから言っとこう。俺が保護するのはオマエだけだが、この世界から救われる人間はオマエ一人じゃない。
だったら……
「100万人が、救われる?」
「100万人が、異世界転移ヨシ!ってなればな」
「……」
「……ヨシ?」
「…………………………」
被っているはずの、
握っているはずの、コントローラー。
身体を沈めているはずの、ゲーミングチェア。
さっきから消えてる感覚は、まだ戻っていない。
ということは、寝落ちか。
ゲームをやりながら、俺は眠ってしまったに違いない。
レイドバトルへの乱入者も、垢BAN覚悟のチート使いまくりも、目の前のアロハも、彼女の告げる世界の終わりも、異世界への誘いも、全部夢の中の出来事ということになる。
目が覚めたら朝で、俺は昨日の晩飯の残りを食って仕事に行くんだろう。わけあり社員の保管場所みたいな部署でどうでもいい事務仕事やシステム部署には内緒のパソコン修理に勤しんで、定時になったら速攻で帰宅。晩飯を食って、残りを朝飯のためにラップして、ゲーミングチェアに座り、HUDを被って、コントローラーを握り、そしてまたアルケインレジェンドにログインするのだ。
いい歳こいて独身で、親兄弟もみんな死に、親父がやってた悪どい金稼ぎのせいで近所からは腫れ物扱いされてる、そこそこ金を持ってるお陰で辛うじて余裕がある風を装っていられる、キモいおっさんのルーティンだ。
でも、きっと気分は良いだろう。
レイドボスを一蹴するレベルの強者に強さを讃えられ、異世界へと誘われる――しかもその強者というのが、アロハみたいな強くて
目が冷めた途端に全部忘れてしまうかもしれないけど、でも晴れ晴れして、気分はきっと良いだろう。
そうだ。
これは、夢だ。
夢の中だと思えば、ひねたおっさんの俺でも、素直になれた。
「…………ヨシ」
素直な気持ちで思った。
異世界転移、ヨシだ。
でも――もしもだ。
もし、夢じゃなかったとしたら?
「……やっぱり、ヨシだ」
素直な気持ちで思うなら。
それはそれで――ワクワクした。
「ヨシ! じゃあ、行くか」
俺の手を取って、アロハが歩き出す。
「え?」
俺の手に、感覚があった。
俺の手を握る、アロハの手を感じていた。
柔らかな手のひらを。細くてしなやかな指を。
アロハが、笑って言った。
「え?ってwww――行くんだろ!?
こうして俺は、異世界へと旅立ったのだった。
滅びる世界から。
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