第2話 異世界転移、するかい?
俺は、両手のククリナイフを握り直す。
アロハからはお褒めの言葉をいただいたが、相手はレイドボスをワンパンで斃すバケモノ。
当然のごとく、戦況は絶望的だ。
アロハの攻撃は『ぶん殴る』――ただそれだけ。氷系の魔法で足止めしたりとかの小技も使ってくるが、それもぶん殴るための補助にすぎない。
俺のキャラとは相性が良いスタイルで、ここまでなんとか直撃は避けてる。だが、拳圧のエフェクトだけでもかなりのダメージで、残ったHPは2割弱だ。
一方、アロハはといえばほぼ無傷。レベル500くらいまでの相手なら瞬殺できる攻撃も『殺気』程度の扱いだし、ビッとした攻撃と評された一撃――俺の最大火力の技『
さて――どうする?
「やるしかねえだろう」
自分の問いに、声を出して答える。
所詮はゲームだ。
負けたとしても、それだけに過ぎない。
でもここで退いたら、死ぬほど後悔しそうな気がしていた。
ん?
視界の隅を、赤い筋が走っている。
ということは、これは現実の、生身の俺が流している――血?
どういうことだ?
答えが浮かぶのを待たず、俺は、再び声に出して言った。
「そうだ。やるしかない」
覚悟を決めると、声がした。
KDWだ。
『ご武運を祈るでござるぞ、フォックス殿。ささやかながら餞別を送ったでござる』
言われてストレージを見ると、見覚えのないアイテムがいくつか。
餞別――おそらくは、
更に見ると、他にも同じようなアイテムがいくつか――こっちは、KDW以外のフレンドが送ってくれたものだろう。
「ありがとう、KDW――他のみんなも。もし垢BANにならなかったら『聖寿』でまた会おう」
餞別のチートコードを、片っ端から適用する。
派手なエフェクトなんて起こらない。
AIの調整のもと、HP、MP、AGR、STR――ステータスが、淡々と爆上げしていく。
同時にスキルツリーも再構築され。
結果として要したのは、3分弱。その間、アロハは口の端を持ち上げて俺を見てた。
ふと思った。
KDWの言葉が、蘇っていた。
『
単純に、ゲームを荒らしに来ただけとは思えなかった。そういうやつらに共通の、変に遠回りした承認欲求みたいなものが、
まあいい。
ククリナイフを、両手剣に変えて俺は言った。
「待たせたな」
アロハは、少しも気を悪くした風も無く。
笑みを深くしながら、再び人差し指を立てて見せた。
「いいぜえ。楽しませてくれるんだろ?」
「ああ。思いっきり、楽しんでもらうさ」
俺は、俺の最大火力の技を発動させる。
「
俺の目の前に、鳥居が現れる。
その向こうに、もう一つ鳥居が。
更にその向こうに、もう一つ、もう一つ、もう一つ……
アロハの立つ場所まで続く、鳥居の連なりが現れる。
この擬似的な参道を砲塔にして、聖属性の魔法を叩き付ける。
それが俺の最大火力の技、
もっともさっきは、あっさり耐えられてしまったわけだが。
アロハを見れば――
『そいつは、さっき見たばかりなんだが?』
――って顔だった。
まあ、待て。
チートで強化された俺は、これで止まらない。
「稲荷光、稲荷光、稲荷光、稲荷光、
稲荷光、稲荷光、稲荷光、稲荷光、
稲荷光、稲荷光、稲荷光、稲荷光、
稲荷光、稲荷光、稲荷光、稲荷光
稲荷光、稲荷光、稲荷光、稲荷光、
稲荷光、稲荷光、稲荷光、稲荷光、
稲荷光、稲荷光、稲荷光、稲荷光、
稲荷光、稲荷光、稲荷光」
さっきはひとつだけだった鳥居の連なり。
さっきは耐えられたが、今度はどうかな?
「
前から後ろから右から左から上から下から。
三十二の砲塔が、アロハに向けられている。
「――疾走れ! お狐様!」
両手剣を振り下ろすと同時。
三十二の輝きが放たれた。
鳥居をくぐるたび輝きは強さを増し。
「くひひひっ。凄え。凄え……」
アロハにたどり着いたとき。
それは。
三十二の。
稲妻をまとう。
黄金の狐となっていた。
「凄え……こりゃブリガスの大槌? イグの聖剣? サグバイの神槍? いや、そんなの超えてる! くひひひひひひひいっひ。凄え。すげえ。スゲ、ひ、お、お、おおおおおおおお! くひいひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひっひひいひひひひ!!!!!」
球状に弾ける白光の中から、無限に反響したように響くアロハの声。
それは悲鳴か、それとも愉悦の声だったのか。
「…………」
俺には、見守ることしか出来ない。
やがて。
キラキラしたものが降ってくる。
高熱でガラス結晶化した土塊や粉塵を、このゲームではこういう風に表現する。
でも、こっちは違う。
雨が降っている。
だから、これは――
つまり、
「勇者や魔王って奴らはさ。オレを斃しに来ては、魔法やら剣やら喰らわしてきてさ。でもオレの
アロハが立っていた。
白熱の光が消え、埃も雨に濯がれたその後に。
さっきまでと同じ、人差し指を立てた姿のままで。
ただ違うのは――アロハが、消えていた。
アロハの
「――消し飛んだ! 古龍の血で染め固めた、この
ぷつ、と。
アロハの指先に現れたのは、紅い珠。
それは、針で突いたほどの傷から漏れ出たのだろう。
それほどに、小さな血の珠だった。
「は、はは……」
笑うしかなかった。
乾いた笑い声を出すしかなかった。
へたへたとしゃがみ込み、俺は言った。
「それだけかよ」
力も、気迫も抜けていく。
垢BAN覚悟のチートにチートを重ね。
己の最大を超える、更に最大の火力を放った。
それだけのことを、俺はしたのだ。
それだけのことをして、なのに俺は、
しかし――アロハが言った。
「ああ、これだけだ」
全てにおいて、満足げな顔と声で。
「これだけだが……これだけではあっても、オマエはオレに届いた。誇っていいぜ。歴代のどんな勇者や魔王や龍族や神より、オマエはオレに近付いた――ところでオマエ、名前は?」
なんだそれ?
今更ながらの問いに。
(そういえばこいつ、何者なんだろうな)
今更蘇った疑問に苦笑しながら、俺は答えた。
「フォックス――
「では問おう。サウザンド・フォックス」
「なんだ? 流石に本名とかは勘弁してくれよ?」
そんな俺の軽口をスルーして、アロハは、こう問うたのだった。
「異世界転移、するかい?」
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