cys:3 親兄弟からも絶縁される

「ただいま……」


 ノーティスが失意に顔を塗りつぶされたまま家に帰ると、部屋の明かりはついているのに返事は無かった。


───誰もいないのかな……?


 そう思って居間への扉を開けると、ノーティスの瞳に飛び込んできた。

 ソファーに座っている父と母の後ろ姿。

 そして、その向かいのソファーに座っている、腹違いの弟であるディラードの下卑げひた笑みが。


 ちなみに、ディラードはノーティスの異母兄弟で弟に当たるが、生まれた日が少し違うだけで年は同じだ。


 その3人から、ゆらっと異様なオーラが立ち昇っている。


───まさか……!


 一瞬で嫌な予感を感じ、不安な面持ちで背中から両親を呼びかけるノーティス。


「父さん……母さん……」


 けれど2人から返事は無く、異母兄弟のディラードは、ノーティスを見下した目でニヤニヤと見つめたままだ。


 ノーティスは悲しくて泣き出しそうになりながらも、それをグッとこらえ、再び両親の背中に呼びかける。


「父さん、母さん……」


 すると父はスッと顔を振り向かせ、冷酷な眼差しでノーティスを射抜く。


「気安く呼ぶな。このゴミめが」

「と、父さん……」


 そして、母もソファーに座ったままバッと顔を振り向かせ、ノーティスの事を忌まわしいモノを見るような目つきで、キッと睨みつけた。


「うるさいわよ!」

「母さん……」


 両親から汚らしい物を見るような眼差しを向けられ、心が絶望に染まっていくノーティスに、両親はさらに黒い言葉をぶつけてくる。


「キサマ、無色の魔力クリスタルだったそうだな……」

「ホント、信じられないわ」


 その黒い言葉がノーティスの心に、呪いのように染み渡っていき、ノーティスは胸が苦しくなりうつむいた。

 けれど、両親はさらに呪詛の様な暴言を吐き、ノーティスの心を闇に塗り潰していく。


「まさか我が家から、無色のクズが出るとはな……ノーティス、お前はなぜ生きている?」

「そうよ。アンタのせいで、私達まで変な目で見られたらどーすんのよ!」


 自分の子供に向けるとは思えない言葉をぶつけてくる2人に、ノーティスは震えながら声を絞り出す。

 今朝までは温かい笑みで見つめてくれていた、2人の優しい顔を思い出しながら……


「父さん……母さん……俺も、好きでこんなんになった訳じゃ……」


 ノーティスは涙をにじませ2人を見つめるが、両親からの黒い罵倒は止まらない。


「当たり前でしょ! なろうと思ったってなれないわよ! アンタみたいなクズに!」

「母さんの言う通りだ。ゴミはゴミらしく黙っていろ! お前の吐く息で家が穢れるわ!」


 あまりにも冷酷で無惨な言葉により、ノーティスの心の中にある優しかった時の2人の顔が、黒いモノで塗り潰されていく。

 それを感じたノーティスは、声にならない悲鳴を上げその場に立ち尽くしてしまった。


 そんなノーティスの前で、母親はディラードに優しく微笑み両手を広げた。


「ディラードちゃん、こっちにいらっしゃい♪」

「はい、お母様」


 ディラードが側に来ると母親はギュッと抱きしめ、ワザとらしくディラードに問う。

 ノーティスには今後、二度と向けられないであろう優しい微笑みを浮かべたまま。


「ディラードちゃんは、どんなお色だったんだっけ♪」

「はい、お母様。僕の魔力クリスタルは黄色でした。僧侶に向いていて、色も鮮やかだと神官様からお褒め頂きました」

「まあっ、素晴らしいわ! ディラードちゃん♪」


 すると、父親もディラードを誇らしく見つめてきた。


「うむ、ディラードよ。お前なら、きっと将来立派な僧侶になれるだろう」

「はい! 将来は王都の栄《は》えあるスマート・ミレニアム軍に使え、僧侶として皆を癒やしたいと思ってます!」


 ディラードがこれ見よがしに胸を張って答えると、母親はディラードを更に愛おしくギュッと抱きしめて頬ずりする。


「ああっ、なんていい子なのかしらディラードちゃんは! 愛してるわよ♪」


 父親もディラードの肩に片手を乗せ、精悍な眼差しを向けた。


「ディラード、お前は我が家の誇りだ。素晴らしい! しかし、それに比べ……」


 父親がスッとノーティスを見ると、母親もディラードを抱きしめたままノーティスの方へ振り返った。

 哀れみと侮蔑ぶべつに満ちた瞳と共に。


「このゴミクズが、邪魔で仕方ないな」

「本当に……ああっ、穢らわしい!」


 すると、ディラードが両親に向かい優しく笑みを向けた。

 完全に勝ち誇ったオーラを醸し出しながら。


「お父様、お母様、もうそれぐらいで。お兄樣も、決して望んでこうなってしまった訳ではないのですから」


 もちろんこれは、ノーティスの為を思って言った訳ではない。

 これを機に、父親と母親からより寵愛ちょうあいを受ける為だ。

 そして、ディラードの思惑通り両親は感動に目を大きく開き、ディラードを大絶賛してゆく。


「ディラードちゃん! アナタなんて優しいの♪」

「素晴らしい! こんな廃棄物のようなヤツにまで優しさを忘れないとはな」

「お母様、お父様。そんな事はありませんよ♪」


 ディラードは両親に向かいニコッと微笑み立ち上がると、ソファーに腰掛けている両親の側を通り過ぎ、ノーティスの前に近寄り微笑んだ。


「お兄様♪」

「ディラードお前……」


 ノーティスが困惑した表情を浮かべると、ディラードはニタァっとした下卑た笑みを浮かべ、ノーティスの肩にポンと片手を乗せ耳元で囁く。

 最低にして最悪の言葉を。

[134812009/1704021299.jpg]

(アンタの居場所は、もうどこにも無いんだよ。哀れな無色の魔力クリスタルさん。クククッ♪)

「オマエっ!」


 その言葉と態度に激昂げきこうしたノーティスは、ディラードの胸ぐらをグイッと吊し上げた。

 が、その瞬間、ディラードはニヤッと笑うと体重を後ろにかけ、自分の背中をワザとそのままドンと床に打ちつける。


「うわぁっ!」


 そしてワザとらしく声を漏らすと、ノーティスを怯えたまま見上げた。


「に、兄さん何を……」


 その瞬間、母親は血相を変えてソファーからバッと立ち上がり、ディラードの元へ駆けつけギュッと抱きしめた。


「ディラードちゃん!大丈夫?!」


 また、父親もソファからサッと立ち上がり、ディラードへ心配そうな顔を向けた。


「大丈夫か、ディラード!」


 そんな風に心配してくる2人に、ディラードはワザと殊勝しゅしょうな態度で微笑む。

 まるで役者のように。


「ハハッ、大丈夫です……お母様、お父様。僕はお兄様に気にしないで下さいと伝えたんですが、きっと僕の伝え方が悪かったんです……」


 ディラードがワザと神妙そうに言うと、父親と母親はまるで鬼の様な形相でノーティスを睨みつけてきた。

 2人の瞳が、さげすみから激しい怒りの炎に変わってゆく。


「ノーティス! キサマーーーーーっ! ゴミクズ以下の存在のくせに!!」

「そうよ! アンタみたいな能無しで冷たいヤツが、ディラードちゃんを突き飛ばすなんてありえない!!」

「いや、違う。俺は……」


 ノーティスは呆然と立ち尽くしたまま声を漏らしたが、両親はそれを聞かず、叫ぶようにおぞましい罵声を浴びせてくる。

 この2人こそ、まさに悪魔に呪われているような凄まじい顔で。


「黙れ! 消えろ! 今すぐに!!」

「そうよ! この出来損ない! 二度と私達に近寄らないで!!」

「父さん、母さん……」


 涙を浮かべ立ち尽くすノーティスを、父親は発狂しながら睨みつけている。


「何をしている! 去れ! 早く視界から消えろ! ほら、金ならくれてやるから!」


 父親は、ノーティスに魔力クリスタルから送金しようと思ったが、ノーティスの魔力クリスタルが作用しない事を思い出し、財布から札束を出してノーティスの胸にグイッと突っ込んだ。

 そして、生ゴミが手についてしまったかの如く、ノーティスの目の前で両手の平をゴシゴシと擦り合わせる。


「ぬぅっ、汚らわしい物を触ってしまった。この腐った生ゴミめが! だが、せめてものよしみだ。これでもくれてやる。だから早くここから去れ!」

「そうよ! もういいでしょ。お願いだから消えてちょうだい! 早く! 早く! 早くーーーーーーーっ!!」


 そんな最中さなか、ディラードは母親に抱きしめられたまま、ノーティスに向かいニイッと嘲りを向けると、言葉を発さず口だけゆっくり動かしていく。


(さ・よ・う・な・ら。お・ち・こ・ぼ・れ)


「ぐっ……!!」


 ノーティスは3人からの呪詛のような言葉に、最早もはや染まる事すら出来なくなってしまった真っ黒な心を抱え、家をバンッ! と、勢いよく飛び出した。

 その澄んだ綺麗な瞳から、涙を横に流しながら……


 そんなノーティスが去ると、父親と母親はほくそ笑んだ。

 ノーティスには言ってなかったが、実はノーティスは里子でディラードが実子だから。


 この国では里子を引き取ると、12歳までは国から多額の支援金が得られるのだ。

 無論、ノーティスが一人前になればその後面倒をてもらおうと思っていたが、無色の魔力クリスタルならそれも期待出来ないので必要無い。


───もうアイツには、ちりほどの価値もない。

───ディラードちゃんさえいれば、もうあんなゴミは用済みよ。


 そんな事はつゆほども知らないノーティスは、悲しみと絶望の中、当てもなく街を彷徨さまよっていた。

 漆黒の闇に染められた心を抱えたまま……


「うっ……うぅっ……父さん、母さん、ディラード……」


 ノーティスの綺麗な瞳から、悲しみの涙がボロボロと零れていった。

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