cys:2 覆せない神話

「神の加護が無い、無色の魔力クリスタル?!」


 ノーティスは悲壮な表情を浮かべ、震えながら神官を見上げている。

 魔力クリスタルが光らないという事が、どれだけヤバい事かを分かっているからだ。


 けれど、神官はそんなノーティスに同情する事なく、冷徹な眼差しで見下ろしたまま話始めた。


「そうだノーティス。キミは魔力が全く無い。これがどういう事か分かるか?」


 そう問われたノーティスは、悔しさに顔をうつむかせ両手を下に伸ばしたまま、ギュッと拳を握りしめた。


「はい……この先俺は、何も……出来ない」

「……そうだ」


 神官は、ノーティスを断罪するような瞳で肯定した。

 もはや先程までの温かさは微塵も無く、まるで罪人を見下ろす裁判官のようだ。

 そして、悔しくうつ向いたままのノーティスに話を続けていく。


「この超魔法国家スマート・ミレニアムは、魔力クリスタルによって成り立っているのは知っているな?」

「はい……この国の中央にある神聖樹『ユグドラシル』から発せられてる聖なる力。それをクリスタルタワーが受信して、個々の魔力クリスタルに送受信する事によってです」

「そうだ。それによる3つの作用を言ってみろ」


 そう問われたノーティスは、サッと顔を上げ神官を見上げた。


「1つ目は、今言った魔力の利用です! 魔力クリスタルにより、魔法が使用可能になります」

「2つ目は?」

「2つ目は、情報管理です! このクリスタルの中にあらゆる個人情報が入っていて、インフラとかにも利用されています」


 ノーティスは端的に分かりやすく答えた。

 元々学問や研究が好きな優秀なノーティスには、簡単な質問だったから。


「そう、その通りだ。ゆえにノーティス……無色の魔力クリスタルであるお前には、それらについて何も出来ない」

「はい……」

「だが、それ以上にマズイ事がある。そうだよな、ノーティス」


 その時ノーティスは、再び両拳をギュッと握りしめた。

分かっているからだ。

 この3つ目こそが、自分が皆から断罪される理由だと。


「はい……魔力クリスタルの3つ目の作用は、ガーディアン・クリスタルとして……『悪魔の呪いからの感染防止』を行う作用です!」


 ノーティスが苦しみながらもそう答えると、神官は冷たい瞳をキラリと光らせた。


「その通りだ! キミも知っての通り、100年前にこの世界に突如として現れた悪魔『カターディア』ヤツは武力ではなく呪いを使った。その結果どうなったか、答えてみろ」

「世界は……人間同士の戦争で滅亡の危機に陥りました……」

「それは、なぜだ?」 


 神官に問われたノーティスは再びうつむき、悔しさに両拳を震わせながら声を絞り出す。

 答えは分かっていても、本当は言いたくないからだ。

 これに答える事は、自らに死刑宣告を課すようなモノに他ならない。


 けれど、ノーティスは答える。

 自らの運命を受け入れるかのように……


「悪魔の呪いが、人の心を壊すからです……怒りや憎しみ、悲しみや嫉妬、不寛容……あらゆる負の感情を、極限まで増幅させる事によって……」


 これは、この国の誰も知る『神話』であり史実とされる物。

 いわゆる『常識』という物だ。

 神官はもちろん、皆これを信じて生きている。

 これに異を唱える者など、ノーティスを含み誰もいない。


「そうだ。しかし、人類が滅亡の危機に晒された時『五英傑』という5人の救世主達が現れ悪魔と戦った。そして悪魔の力を弱めた隙に、悪魔の呪いからの感染防止作用のある、この魔力クリスタルを作ったのだ!」


 神官はそう言い放ちフウッと一呼吸つくと、先程よりさらに強く断罪の瞳でノーティスを上から睨みつけた。

 この神官にとって、もはやノーティスは人ではない。


 そんなの酷いと思うかもしれないが、神話という常識にとらわれたこの国の人間にとっては、別段おかしな事ではないのだ。

 無論、そう考えてるのは神官だけではない。


ゆえにノーティス。魔力クリスタルが作動しないお前は無力なだけでなく、悪魔の呪いに感染し心を闇に染めるだろう」

「うっ……!」

「そして最悪の場合、フェクターというモンスターになってしまう可能性があるのだ!」

「くっ……!」


 ノーティスは澄んだ瞳に涙を浮かべながら、悔しさに両拳をギュッと握り締め、全身をブルブルと震わせた。


 本当は、将来研究者として皆を幸せにしたいのに、自分が出来る事はそれとは真逆。

 いずれ呪いに感して悪魔のようになり、自分も人も苦しめる事しか出来ないのだから。


 けれどノーティスはハッと思い出し、神官に訴えるような悲壮な顔を向けた。

 こんな運命、やはり受け入れる訳にはいかないからだ。


「でも神官様、必ず感染するとは限りません! 現に、13歳未満の人達は魔力クリスタルをしてなくても感染していないですし、この国は巨大な壁と結界に守られています! だから……」


 ノーティスがそこまで言った時、神官はキッと眉を釣り上げ、その訴えをバッサリと切り捨てる。


「ならぬ! 13歳未満の人間が感染しないのは、まだ思春期を迎える前だからだ!」

「うっ……」

「それに、いかにこの国が強固な壁と結界で覆われていようとも、それは、魔力クリスタルの救いを拒否する蛮族共の国家『トゥーラ・レヴォルト』からの侵攻を防ぐ為の物」

「うぅっ……」


 悔しさと悲しみで体を震わせうつむくノーティスを見下ろしながら、神官はトドメとばかりに言い放つ。


「悪魔の呪いの感染防止は、偉大なる五英傑達が創りし魔力クリスタルでしか、行う事は出来ないのだ!」


 神官から告げられた事実に、ただ黙る事しか出来ないノーティス。

 この神話と魔力クリスタルの効果は、覆せない常識だから。


 けれどノーティスは再び声を振り絞り、綺麗な瞳に涙を滲ませながら神官を見上げる。

 心からの想いを乗せて。


「それでも俺は……将来研究者になって、みんなを幸せにしたい……1人でも多くの人の笑顔を作れるように!」


 しかし、神官の瞳の温度は上がらない。

 冷たく断罪するような瞳のままだ。


「ノーティス、それは分不相応というものだ。お前が出来る事が何かは、皆がもう教えてくれている……」


 そう告げられたノーティスがハッと後ろを振り返ると、その瞳に映った。

 クラスメイト達全員の、怒りと侮蔑ぶべつに満ちた冷酷な眼差が。

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「うっ……」


 その眼差しを受け恐怖に顔を引きつらせているノーティスへ、皆が呪詛のような想いを突き刺してくる。

 さっき、ノーティスに笑いながら話しかけてくれてきた、キリトやオルフェ、エリスまでもが。


───死ねよ! 呪われたヤツは。

───無色のクリスタルなんてありえないよ……

───おぞましいわ。なのに人を幸せにしたいとか、ありえない……この身の程知らず!!


「あっ、ぁぁぁぁぁ……」


 恐怖と悲しみに押しつぶされそうになっているノーティスに、クラスメイト達全員が、さらに呪詛に満ちた眼差しを向けてくる。

 皆、悪魔の呪いの感染を恐れているからに他ならない。

 集団が『同じ正義』を持った時どうなるかは、歴史の示す通りだ。


───死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。消えろ。消えろ。消えろ。お前なんか、この世界にいてはいけない。


「やめろ! みんな、やめてくれ! 俺だって、好きで無色の魔力クリスタルになった訳じゃないんだ!!」


 両手で頭を抱え込み叫びながらうつむくノーティスを、神官が断罪の炎をその瞳に宿し睨みつける。

 その眼差しに、同情の余地は欠片も宿っていない。


「ノーティス、これが答えだ。神の加護無き忌まわしき子よ。もはやこれ以上この場を穢す事は許さぬ……去れ! そして懺悔し続けろ! その穢れた命が尽きるまで!!」

「ううっ……くっ!」


 神官から断罪されたノーティスは、ゆっくりと立ち上がり神官に背を向けると、ガクッと肩を落としたまま出口に向かって歩き出した。


 クラスメイト達があらゆる侮蔑を浴びせてくる中を、まるで処刑台に向うような面持ちで、絶望と共にうつ向き涙を流したまま……

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