第5話:お兄ちゃん ※神凪綾香視点※

神凪綾香かみなぎあやか視点※


 高校生になる少し前に、私のお兄ちゃん、神凪遥斗かみなぎはるとは変わった――まるで別の人みたいに。


以前のお兄ちゃんは、イケメンなのは顔だけで。ほとんど喋らないし。何もしないで、ぼーっとしているし。性格は完全に陰キャだったわ。

 だけど今のお兄ちゃんは全然違うの。唯我独尊って感じというか、滲み出る『俺様感』がハンパないのよね。


今でも高校では、陰キャのフリをしているみたいだけど。ウイッグとカラコンと眼鏡だけで、本当に周りを騙せているの?

 見た目の印象は大事だから、普通は陰キャの格好をしていたら、イメージだけでみんな陰キャだと思うけど。お兄ちゃんの場合は、そんな印象が消えちゃうくらいに、自信たっぷりなのよね。


 それに身体つきだって。前は背が高いだけで,痩せ過ぎで腕も細くて、貧弱だった筈なのに。今も痩せ型なのは変わらないけど、腕にしっかり筋肉がついているのよね。胸板だって逞しくて――


 別に、お兄ちゃんの着替えを覗いたとかじゃないわよ。お風呂上がりに、お兄ちゃんがシャツ一枚でいるときとか。

 そうじゃなくても、たぶんわざと着ているダボダボな制服を脱げば直ぐに解るわ。

 お兄ちゃんって、思わず見惚れちゃうくらい、凄い身体をしているのよね――いや、だから、変な気持ちで見ていた訳じゃないから。


 でも、考えてみれば、私が変な気持ちになっても、問題ないのよね――私とお兄ちゃんは本当の兄妹じゃないから。


 お兄ちゃんと兄妹になったのは、私が六歳このとき。お兄ちゃんの本当のお父さんとお母さんが事故で亡くなって、うちのお母さんが引き取ったの。

 両親が突然いなくなったんだから、仕方ないと思うけど。初めて会った頃のお兄ちゃんは、いつも暗い顔で。本当に何も喋らなかった。


 今なら可哀そうだって同情するけど。当時は私も子供だったから、そんなお兄ちゃんが嫌いだったの。お母さんから、仲良くするように言われたけど。絶対に無理だと思ったわよ。


 それでも見た目だけは、マシだったのに。お兄ちゃんは小学校四年生のときに、ウイッグとカラコンと眼鏡をつけて、陰キャの格好をするようになった。

 目と髪の毛の色のことで、学校でイジメられていたみたいだけど。それからは家でもずっと、陰キャの格好をするようになったのよね。


 中学生になっても、お兄ちゃんは、ずっと陰キャの格好のままだった。家でもほとんど喋らないし。私にとっては空気と同じだった。

 それが突然、まるで別の人みたいに変わったんだから。


『綾香、ただいま』


 最初の一言は、ただの挨拶だったけど。お兄ちゃんが挨拶するなんて、何年ぶりだろうって思ったわ。

 それから普通に話し掛けて来るし。食器の片づけとか、掃除や洗濯。前は何もしなかったのに、全部自分でやるようになったのよね。


 それに私のことだって――


『なあ、綾香。おまえ、受験生なのに全然勉強していないみたいだけど、大丈夫なのか? 

 おまえ自身のことだから、自分で決めれば良いけど。勉強で解らないところがあったら言えよ。俺が教えるからさ』


 私のことなんて、ずっと無関心だったのに、急にお兄ちゃんぶって……でも全然嫌じゃない。むしろ、凄く嬉しいかも!


 私が『お兄ちゃん』なんて呼び始めたのだって、ホント、最近のことなのよね。これまでは、ほとんど喋らなかったから。そもそもお兄ちゃんのことを呼んだ記憶がないし。

 心の中では『遥斗』って呼び捨てにしていたわ。だって、お兄ちゃんなんて感覚がなかったから。


 でも今は違うわよ! 余裕たっぷりの俺様で、大人っぽくてカッコ良い私のお兄ちゃんは、ホント『大好きなお兄ちゃん』って感じ!


 だけど最近、お兄ちゃんを見ていると。ときどき、変な気持ちになるのよね。

 お兄ちゃんというよりも、男の人って感じで。胸がどきどきして、お兄ちゃんの逞しい腕や胸に触ってみたくなるの……


 これがどういう気持ちなのか、私だってもう子供じゃないから解るわよ。

 自分でも、ちょっと厭らしいとは思うけど……仕方ないじゃない! 毎日、お兄ちゃんと同じ家で、一緒にいるんだから!


 それに私とお兄ちゃんは、本当の兄妹じゃないから……こんな気持ちになっても、問題ないわよね?

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