第2話:三バカと眼鏡


「こんな陰キャ、俺がボコボコにしてやるよ」


 ロン毛の浅野がニヤリと笑う。

 

 ちなみに翔太しょうた琴乃ことのは体育館の陰に隠れている。俺が邪魔をするなって言ったからだけど。あいつらを面倒なことに巻き込むつもりはないからな。


「おい、神凪かみなぎ。陰キャが調子に乗ると、どうなるか。俺が教えてやるよ!」


 浅野はいきなり殴り掛かって来た。腹を狙ったのは、目立つところを殴ると、学校で問題になると思ったからだろう。

 浅野は探索者シーカーだから、素人という訳じゃないみたいだけど。俺にとっては、こいつの動きは遅過ぎる。


「なあ、何を教えてくれるって?」


 俺は浅野の拳を右手で受け止めた。


「てめえ、ふざけんな!」


 浅野は腕を引いて、再び殴ろうとする。だけど俺は拳を掴んだまま放さない。


 強引に振り解こうとしても、ピクリとも動かないことが解ると。浅野は感情的になって、逆の腕で殴り掛かる。

だけど同じことだ。俺は浅野の拳を左手で受け止める。ホント、学習しない奴だな。


「神凪、てめえ……放せよ!」


 浅野が睨んでいるけど。俺の身長は190cmを超えているから、浅野が俺を見上げる形だになる。浅野が踵を上げて目線を合わせようとするのが、ちょっと笑えるな。


「俺をボコボコにするんじゃなかったのか? そいつに金を返して、もう二度としないと約束するなら、放してやるよ」


「はあ? ナニ言ってるんだ、てめえ……マジで殺すからな!」


 このとき、浅野の両腕が光を帯びる。魔力・・を発動したからだ。


 俺が神凪遥斗かみなぎはるとになった世界は、前世の俺がいた現実世界に似ている。

だけどこの世界には『恋学コイガク』の世界と同じように、魔法や魔物、ダンジョンが実在して。魔力に覚醒してダンジョンで魔物を倒す者たちのことを、探索者シーカーと呼ぶ。


「おい、浅野! 魔力はヤバいって!」


 金髪が浅野を止めようとする。まあ、当然だろう。探索者が魔物を倒せるのは、魔力を帯びて身体を強化するからで。魔力を込めた一撃は、一般人なら即死するレベルだ。


「遠山、うるせえよ! 手加減するから大丈夫だって。こいつには現実を解らせてやる必要があるんだよ!」


 浅野は勝ち誇るように言うけど、直ぐに異変に気づく。魔力で身体を強化したのに、俺が握る浅野の拳は、ピクリとも動かないからだ。


「お、おい……どういうことだよ?」


「浅野、馬鹿か。俺に訊くなよ。おまえがひ弱なだけだろう」


 魔力を使った奴に、容赦するつもりはない。俺が一般人だったら、軽い怪我くらいじゃ済まなかっただろう。


「てめえ、ふざけ……痛ってぇぇぇ!!!」


 拳を握る手に少しだけ力を込めると、浅野が悲鳴を上げる。

 俺は別に魔力を使った訳じゃない。アリウスのステータスが高いだけの話だ。


「お、おい! お、おまえら、こ、こいつをどうにか……」


 浅野が助けを求めると、金髪とウルフカットが動こうとする。だけど俺の顔を見て動きを止める。

 顔が半分隠れそうなほど長い髪で、黒縁眼鏡の陰キャの筈の俺が、面白がるような笑みを浮かべていたからだ。


「おまえたちが喧嘩を売るなら、構わないけど。俺は容赦しないからな」


「い、痛ってぇぇぇ……マ、マジで手が潰れ……」


 ああ、浅野のことを忘れていたよ。骨がミシミシと音を立てているから、うっかりすると浅野の手を握り潰しそうだな。


「なあ、浅野。もう一度だけ訊くけど。あいつに金を返して、もう二度としないって約束するか?」


「わ、解ったから……か、金は返すし、も、もう二度としねえ……」


 力を抜いて浅野を解放すると、浅野は両手を抱えて蹲る。骨にヒビが入ったかも知れないけど。まあ、こいつの自業自得だからな。


「午後の授業が始まっているから、俺は早く教室に戻りたいんだよ。ほら、さっさと金を返せって」


「ちょ、ちょっと、待ってくれよ! 浅野はこんな状態だから、今返すのは無理だろう。金は必ず返すから、勘弁してやってくれよ」


 金髪がフォローするけど、こいつも共犯だよな。


「駄目だな。おまえたちは信用できない。おまえが浅野の財布から、金を出せば良いだろう。ズボンのポケットに財布が入っていることは解っているからな」


 俺は全部見ていたからな。金額も憶えている。


「浅野、悪い。勝手に金を抜くぞ……」


 金髪が浅野の財布から金を出して、俺に渡そうとする。金額は誤魔化してないな。


「俺じゃなくて、そいつに返せよ」


 成り行きを見ていた眼鏡男子は、いきなり話を振られて完全にビビっていた。金髪が金を渡そうとすると、震えながら受け取る。


「あ、ありがとう、ご、ございます……」


「俺は一年C組の神凪遥斗だ。おまえは?」


「い、一年A組の水上亨みずかみとおるです」


 俺にビビるなって。俺がイジメているみたいだろう。


「なあ、亨。こいつらが何かして来たら、俺に言えよ。今日みたいに、きっちり話をつけるからさ」


「は、はい……」


「じゃあ、俺は教室に戻るけど。亨、途中まで一緒に行くぞ」


 亨を残して行くのは悪手だろう。俺は浅野たちを放置したまま、亨と一緒に体育館裏から立ち去る。

 俺が亨を連れて戻ると、体育館の陰に隠れていた翔太しょうた琴乃ことのが姿を現わす。


遥斗はるとはホント、相変わらずだな。俺が手を出す必要なんて全然なかったぜ」


「これで目立ちたくないとか。ホント、何の冗談って感じよ」


 こいつらは全部見ていたからな。俺を揶揄からかうようにニヤニヤ笑っている。


 二人の登場に亨が驚いているけど、説明するのが面倒だから放置する。


「まあ、これくらい問題だろう。あいつらだって、陰キャの俺に敗けたとか、恥ずかしくて言えないだろうからな」


「だけど遥斗の名前を、浅野たちも知っていたじゃない?」


「まあ、名前くらいは知っていても、不思議じゃないだろう。同じ一年なんだからな」


「いや、遥斗の場合、明らかに理由があるだろう。おまえが素行の悪い連中に絡むのは、これで何度目だよ?」


 勿論、俺も惚けただけで。今回みたいなことをしているから、俺の名前が広まっているのは理解している。


 だけど俺が目立ちたくないのは、そういう意味・・・・・・じゃなくて。俺が陰キャのフリをしているのは、別の理由・・・・があるからだ。

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