第2話:三バカと眼鏡


 俺は乙女ゲーム『恋愛魔法学院』、通称『恋学コイガク』の世界に転生して。


 恋愛要素を全部無視して、最強の冒険者を目指していたからな。


 『恋学コイガク』の世界の勇者や魔王どころか。神や魔神すら相手にして来た。


※ ※ ※ ※


「こんな陰キャ、俺がボコボコにしてやるよ」


 ロン毛の浅野がニヤリと笑う。

 

 ちなみに翔太しょうた琴乃ことのは体育館の陰に隠れている。

 俺が邪魔をするなって言ったからだけど。あいつらを面倒なことに巻き込むつもりはないからな。


「おい、神凪かみなぎ。陰キャが調子に乗ると、どうなるか。俺が教えてやるぜ!」


 浅野はいきなり殴り掛かって来た。

 腹を狙ったのは、目立つところを殴ると、学校で問題になると思ったからだろう。


 浅野は探索者シーカーだから、素人という訳じゃないけど。俺にとっては、こいつの動きは遅過ぎるんだよ。


 俺は浅野の拳を右手で軽く受け止める。


「なあ、何を教えてくれるって?」


「てめえ、ふざけんな!」


 浅野は腕を引いて、再び殴ろうとする。だけど俺は拳を掴んだまま放さない。


 強引に振り解こうとしても、ピクリとも動かないことが解ると。浅野は感情的になって、逆の腕で殴り掛かる。


 だけど同じことだ。俺は浅野の拳を左手で受け止める。ホント、学習しない奴だな。


「神凪、てめえ……放せよ!」


 浅野が睨む。だけど俺の身長は190cmを超えているから、浅野が俺を見上げる形になる。

 浅野が踵を上げて目線を合わせようとしているのが、ちょっと笑えるな。


「俺をボコボコにするんじゃなかったのか? そいつに金を返して。もう二度としないと約束するなら、放してやるよ」


「はあ? ナニ言ってるんだ、てめえ……マジで殺すからな!」


 このとき、浅野の両腕が光を帯びる。魔力・・を発動したからだ。


 俺が神凪遥斗かみなぎはるとになった世界は、前世の俺がいた現実世界に似ている。

 だけどこの世界には『恋学コイガク』の世界と同じように、魔法と魔物、ダンジョンが実在して。


 魔力に覚醒して魔物を狩る者たちのことを、探索者シーカーと呼ぶ。


「おい、浅野! 魔力はヤバいって!」


 金髪が浅野を止めようとする。まあ、当然だろう。

 探索者が魔物を倒せるのは、魔力を帯びて身体を強化するからで。魔力を込めた一撃は、一般人なら即死するレベルだ。俺を殺したら、浅野は立派な犯罪者だ。


「遠山、うるせえよ! 手加減するから、大丈夫だって。こいつには現実を解らせてやる必要があるんだよ!」


 浅野は勝ち誇るように言うけど。直ぐに異変に気づく。

 魔力で強化したのに。俺が握る浅野の拳は、ピクリとも動かないからだ。


「お、おい……どういうことだよ!」


「浅野、おまえは馬鹿か? 俺に訊くなよ。おまえがひ弱なだけだろう」


 魔力を使った奴に、容赦するつもりはない。


「てめえ、ふざけ……痛ってぇぇぇ!!!」


 拳を握る手に少しだけ力を込めると、浅野が悲鳴を上げる。

 俺は別に魔力を使った訳じゃない。アリウスのステータスが高いだけの話だ。


「お、おい! お、おまえら、こ、こいつをどうにか……」


 浅野が助けを求めると、金髪とウルフカットが動こうとする。

 だけど俺の顔を見て動きを止める。


 顔が半分隠れそうなほど長い髪。黒縁眼鏡の陰キャの筈の俺が、面白がるような笑みを浮かべていたからだ。


「おまえたちが喧嘩を売るなら、俺は容赦しないからな」


「い、痛ってぇぇぇ……マ、マジで手が潰れ……」


 ああ、浅野のことを忘れていたよ。

 骨がミシミシと音を立てているから。うっかり、浅野の手を握り潰しそうだな。


「なあ、浅野。もう一度だけ訊くけど。あいつに金を返して、もう二度としないって約束するか?」


「わ、解ったから……か、金は返すし。も、もう二度としねえ……」


 力を抜いて浅野を解放すると。浅野は両手を抱えて蹲る。

 骨にヒビが入っているけど。まあ、自業自得だからな。


「午後の授業が始まったから、俺は早く教室に戻りたいんだよ。ほら、さっさと金を返せって」


「ちょ、ちょっと、待ってくれよ! 浅野はこんな状態だから、今返すのは無理だろう? 金は必ず返すから、勘弁してやってくれよ」


 金髪がフォローする。だけど、こいつも共犯だからな。


「駄目だな。おまえたちは信用できない。おまえが浅野の財布から、金を出せば良いでけの話だろう。ズボンのポケットに、財布が入っていることは解っているからな」


 俺は全部見ていたから。金額も憶えている。


「浅野、悪い。勝手に金を抜くぞ……」


 金髪が浅野の財布から金を出して、俺に渡そうとする。金額は誤魔化していない。


「俺じゃなくて、そいつに返せよ」


 成り行きを見ていた眼鏡男子は、いきなり話を振られて完全にビビっていた。

 金髪が金を渡そうとすると、震えながら受け取る。


「あ、ありがとう、ご、ございます……」


「俺は一年C組の神凪遥斗だ。おまえは?」


「い、一年A組の水上亨みずかみとおるです……」


 俺にビビるなって。俺がイジメているみたいだろう?


「なあ、とおる。こいつらが何かしたら、俺に言えよ。今日みたいに、きっちり話をつけるからさ」


「は、はい……」


「じゃあ、俺は教室に戻るけど。亨、途中まで一緒に行くぞ」


 亨を残して行くのは悪手だからな。俺は浅野たちを放置したまま、亨と一緒に体育館裏から立ち去る。


 俺が亨を連れて戻ると。体育館の陰に隠れていた翔太しょうた琴乃ことのが姿を現わす。


遥斗はるとはホント、相変わらずだな。俺が手を出す必要なんて全然なかったぜ!」


「これで目立ちたくないとか。ホント、何の冗談って感じよ」


 こいつらは全部見ていたから。俺を揶揄からかうようにニヤニヤ笑っている。


 二人の登場に亨が驚いているけど。説明するのは面倒だから放置する。


「まあ、これくらい問題だろう。あいつらだって、陰キャの俺に敗けたとか。恥ずかしくて、言えないだろう」


「だけど遥斗の名前を、浅野たちも知っていたじゃない?」


「まあ。名前くらいは知っていても、不思議じゃないだろう? 同じ一年なんだからな」


「いや。遥斗の場合、明らかに理由があるだろう。おまえが素行の悪い連中に絡むのは、これで何度目だよ?」


 勿論、俺も惚けただけで。今回みたいなことをしているから、俺の名前が素行の悪い奴らの間で広まっていることは理解している。


 だけど俺が目立ちたくないのは、そういう意味・・・・・・じゃなくて。別の理由があるからだ。


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