第1話:俺が現実世界で高校生?


 退屈な授業を聞き流しながら、教科書で隠して本を読む。

 今、読んでいるのは不動産売買に関する本だ。いや、別に投資に興味はないけど。知識は決して無駄にならないからな


 俺は私立市浜学院高等部に通う一年生、神凪遥斗かみなぎはると


 背が高いだけで、顔が半分隠れるくらい長い髪。黒縁眼鏡の目立たない陰キャで、友だちもほとんどいない。

 まさにスクールカーストの底辺。これがクラスにおける俺のポジションだ。


 まあ、俺はスクールカースなんて全然興味ないし。この格好も好きでやっている。ある理由・・・・から、俺は目立ちたくないんだよ。


 高校に入る直前、俺は神凪遥斗かみなぎはるとなった・・・


 前世で、二十代で過労死した俺は、乙女ゲー『恋愛魔法学院』、通称『恋学コイガク』の世界に転生した。攻略対象の一人、王国宰相の息子アリウス・ジルベルトとして。

 だけど俺は乙女ゲーに興味ないから。恋愛要素を無視して、最強を目指すことにした。


 『恋学』の舞台である王立魔法学院の外には、RPGの世界が広がっていた。俺は冒険者として戦い続けることで、望んでいた力を手に入れた。

 だけど強さに限界なんてないから、まだまだ強くなるつもりだったのに――


 俺は気がつくと、最初の人生で過ごした現実世界に良く似ている・・・・・・この世界にいた。神凪遥斗かみなぎはるととして。


 こんな話をしても、誰も信じないだろう。だけど妄想じゃない証拠ならある。俺は『恋学コイガク』の世界のアリウスの能力を、全て引き継いでいるからだ。

 ステータス画面を開く・・・・・・・・・・と、アリウスと同じレベルとステータスに、アリウスとして習得したスキルや魔法が表示される。実際にスキルと魔法が使えることも確認済みだ。


 だけど、どうして俺が神凪遥斗かみなぎはるとになったのか。理由も原因も全く解らない。誰の差し金か・・・・・・は、一応心当たりがあるけど。

 だけどあいつ・・・に、こんな力があるなら、俺はとっくに殺されている筈だからな。俺が知らない何か、あるいは誰か、他に原因があるんだろう。まあ、その辺のことは追々調べるけど。


 『恋学』の世界には、俺のことを待っている奴ら・・がいるからな。俺はどんなことをしてでも帰るつもりだ。だけど今はまだ情報が足りな過ぎる。

 情報なしで迂闊うかつに動けば、足をすくわれるからな。もっと詳しい状況が解るまでは、しばらく慎重に行動するつもりだ。


 昼休みを告げるチャイムが鳴ると、二人のクラスメイトが近づいて来る。


「遥斗、学食に行こうぜ」


「あー、おなかすいた。遥斗、さっさとしなさいよ」


 一人はアッシュグレーの髪を、ツーブロックにした爽やか系イケメン男子。

 円谷翔太つぶらやしょうたは、俺の数少ない友だちの一人。一年生ながらバスケ部のレギュラーで、絵に描いたような陽キャだ。


 もう一人は艶のある黒髪を、背中まで伸ばした清楚系美少女。

 柊琴乃ひいらぎことのも、一応俺の友だちで。コミュ力抜群で面倒見が良くて、成績は学年トップ。


 スクールカーストトップの翔太と琴乃と、目立たない陰キャの俺。

 全く釣り合わないと、他のクラスメイトが奇異の視線を向けるのはいつものことだ。まあ、俺は他人にどう見られようと気にしないけど。


 翔太と琴乃と三人で学食に向かう。俺の注文はカツ丼とカツカレーをそれぞれ二人前。トレイに二つずつ載せて貰う。

 三人でに空いているテーブルに着くと、さっそく食べ始めて。俺は五分ほどで完食する。


「遥斗は相変わらず、凄い食べっぷりだな」


「ホント。見ていて気持ち良いくらいね」


 俺的には、これでもセーブしているつもりだ。『恋学』のアリウスだった頃は、今の倍くらい食べていたからな。冒険者をしていると腹が減るんだよ。この世界でも運動量を維持しているから、問題ない。


「それにしても。なんで、おまえたちは俺に絡むんだよ? 翔太も琴乃も一緒にメシを食う相手なんて、他に幾らでもいるよな」


「そんなの、決まっているだろう。遥斗と一緒の方が面白いからだ」


「そうそう。それに私たちが誰と一緒にご飯を食べても勝手でしょ」


 いや、俺といると面白いとか、訳が解らないし。俺が一人でメシを食べるのも勝手だよな? まあ、そんなことを言うと、面倒臭いことになるから言わないけど。

 ちなみに翔太はフライ系のAランチ、琴乃はカルボナーラを食べている。そっちも美味そうだし、二人が食べ終わるまで、どうせ待たされるからな。


「追加注文をして来るよ」


「遥斗、まだ食うのか? ホント、良く食うな」


「遥斗、いってらー!」


 追加注文したAランチとカルボナーラを食べ終わる頃、翔太と琴乃も食べ終わって。飲み物を飲みながら、しばらく雑談して、学食を出る。

 教室に戻る渡り廊下を歩いていると、もう直ぐ昼休みが終わる時間なのに、体育館の方に向かう四人の姿が目につく。


 ロン毛と金髪にウルフカットの陽キャ男子三人と、もう一人は真面目そうな眼鏡男子。翔太と琴乃と一緒にいる俺が言うのも何だけど、変な組み合わせだな。

 眼鏡男子はおどおどした感じで、三人の陽キャについて行く。


「あれって、浅野と遠山と大島だよな?」


「そうね。探索者シーカーになったって、自慢しているみたいだけど。あいつらの良い噂は聞かないわね」


 翔太と琴乃がニヤニヤしながら、何かを期待するように俺を見る。まあ、おまえたちは、これから俺が何をするか、解っているんだろう。


「俺はちょっと用を思い出したから。翔太と琴乃は先に行ってくれよ」


「ああ。そう言えば、俺も体育館に用があったんだよ。忘れていたぜ」


「そうそう。私も体育館の方で落とし物をしたのよ。探しに行かないと」


 二人とも、ついて来る気満だな。


「勝手にしろよ。だけど俺の邪魔はするな」


「遥斗、解っているって」


「そうよ。私は忘れ物を取りに行くだけだからね」


 少し距離を空けて後を追うと、四人は体育館の裏へと歩いて行く。体育館は学校の塀に近いから、裏側はほとんど人目に付かない。


 陽キャ男子三人は眼鏡男子を取り囲んで、何か喋っている。

 『遠聴クレアオーディエンス』を発動すれば、全部丸聞こえだけど。そこまでする必要はないみたいだな。眼鏡男子がおどおどしながら財布から金を出すと、ロン毛が奪うように受け取る。


 俺はゆっくりと四人の方に歩いて行く。


「なあ、おまえらさ。何をやっているんだよ?」


 いきなり声を掛けると、四人は一斉に俺を見る。


「あ? 何だよ、陰キャが下手に口を挟むなって。痛い目にいたいのか?」


 ロン毛は、完全に馬鹿にしているけど。


「お、おい、浅野。こいつ……神凪かみなぎだぜ」


 金髪が慌てて言う。なんだ、俺のことを知っているのか。まあ、心当たりはあるけど。


「神凪? ……ああ、陰キャの癖に調子に乗っている奴がいたな」


 ロン毛の浅野がニヤリと笑う。


「こんな陰キャ、俺がボコボコにしてやるよ」


 ああ、馬鹿決定だな。俺は売られた喧嘩は、買う主義なんだよ。

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