1章 元勇者、教師になる 05

「熊上先生が入院されたんですか?」


「ええそうなの。だから申し訳ないんだけど、今日からしばらくの間、1組のホームルームをお願いしますね」


 翌日出勤すると、俺は高等部2年の学年副主任である山城先生に呼ばれた。


 山城先生は結いあげた後ろ髪と口元のほくろがセクシーな年齢不詳の美人先生である。


 噂によると一児の母らしいのだがとてもそうは見えない。ちなみに俺の教科の指導教官でもある。


 と、それはいいのだが、これは困った。


 いきなり担任代理も困ったが、青奥寺あおうじの件をそれとなく熊上先生に聞いてみようと思っていたのだ。


「自分初任者なんですが、その辺りは大丈夫なんでしょうか?」


「ええ、何かあったら他のクラスの副担の先生がフォローしますから。さすがに任せっきりにはしませんから安心してくださいね。でも相羽先生は初任者とは思えないほど落ち着いてるから、全部任せても大丈夫そうだけど」


「さすがにそれは……。熊上先生は重い病気なんですか?」


「命に係わるとか、そういうのじゃないって連絡は来てるみたい。ただ退院がいつになるかは分からないそうよ」


「分かりました。とりあえず今日からホームルームに行きます」


 俺は熊上先生の机の上から配布するプリントなどを取りながら、青奥寺のことを山城先生に相談するかどうか決めかねていた。




 朝のホームルームに行くと、生徒は全員揃っていた。


 熊上先生が体調不良でしばらくお休みすると告げ、戻るまでは俺が担任代理だと言うと、生徒たちはさまざまな反応をした。


 熊上先生は生徒の信頼も篤いし体調不良ということでもあるから、さすがに喜んだりする生徒はいない。


 この辺りはきちんとわきまえている生徒たちで、逆に俺の方が昔を思い出して恥ずかしくなってしまう。


 ちらりと青奥寺の方を見ると、彼女もいつも通りの様子だった。


 視線が合いそうになったので慌てて逸らす。よくないなこれ、観察しすぎると妙な噂が立ちかねない。


 連絡をしてホームルームを終わらせると、教室を出ようとしたところで1人の生徒が俺のところに来た。


「相羽先生っ、これをお願いします。明日から3日ほど公認欠席を許可していただきたいのですが、その申請書です」


 一通の封筒を渡しながらペコリとお辞儀をしたのは、明るい色の髪をツインテールにした活発そうな女子だ。


 名前は「双党そうとう かがり」


 見た目は可愛らしい普通の女の子、なのだが、始業式の時に視線の強かった子の1人である。


「ああ、預かるよ。理由は……家事都合ね。熊上先生は詳しい事情を知ってるのかな?」


「はい、知っています。多分山城先生も知ってると思います」


「わかった、明日から3日だね」


 とやりとりをしていると、彼女が本を持っていることに気付いた。


 そういえば、双党は休み時間に席で本を読んでいることが多い気がするな。


「双党さんはいつも本を読んでるけど、何の本を読んでるんだい?」


「えっ、あ、先生も興味あります?」


 と言って本のカバーを取って見せてくれたのだが、


「特殊部隊コンバットマニュアル……?」


 想像の斜め上過ぎるタイトルがそこにあった。


 え、これってどういう反応するのが正解なの?


 『高速思考』スキルと『並列思考』スキルを使ってもその答えは出てくることはなかった。




 それから数日、青奥寺についてどう対応するのか迷ったままだった。


 普通に考えれば学年副主任の山城先生に相談するところなのだろうが、「生徒が日本刀でモンスターを討伐していたんですが」なんて言えるはずもない。


「一度後でもつけてみるか……って、ストーカー教師かよ」


 帰り際にぶつくさ言っていると、


「誰の後をつけるんですか?」


 と斜め後ろで声がして、情けないことに俺はビクッとなってしまった。


 感知スキルは常時展開していても、生徒の反応は無視してたのが裏目にでたか。


 振り向くと、黒髪ロングの目つき悪い系美少女がそこにいた。


「ああ、青奥寺さん。いやちょっと、アパートの近くにマナーの悪い猫がいてね。後をつけて飼い主を見つけようかと思って」


 こういう咄嗟の言い訳を考える時には『高速思考』スキルは有用なんだがなあ。


「そういうことですか。生徒の後をつけるつもりなのかと思いました」


 と、ジト目で俺を見上げてくる青奥寺。眼光が刺さって物理的に痛い気がする。


「そんなことするわけないから。そんな人間に見える?」


「人は見かけでは判断できませんからね」


 それは間接的に「ストーカーするようには見えない」って言ってくれてるんだよね……?


「先生は歩いて通ってますけど、お住いのアパートが近いんですか?」


「ああ、1キロくらいかな。近いね」


「そうですか。この辺りは昼間は何もないんですが、夜は少し治安が悪い場所があるみたいです。気を付けた方がいいと思います」


「そうか、ありがとう。遅く帰る時は寄り道しないようにするよ」


 う~ん、先日を一件を知らなければなんてことない会話なんだけどな。


 と、そこで、俺の耳元あたりにチリ……という電気が流れるような感覚が走った。


 スキルとは別の、膨大な実戦によって培われた第六感とでも言うべきものが、何かが起こりかけていると告げているのだ。


「すみません先生、急ぎの用事がありますので先に行きますね」


 それに合わせるように、青奥寺は走って去っていってしまった。また先日のモンスターが現れるということなのだろうか。


 仕方ない、真面目にストーカーをしてみますか。


 勇者が女の子の後をつけるなんて、勇者パーティの奴らが知ったらメチャクチャ言われただろうな。

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