1章 元勇者、教師になる 04

 そこは住宅街からは少し離れた、高い塀に囲まれた廃材置き場だった。


 もちろん関係者以外立ち入り禁止の場所であるが、俺はその塀を飛び越えて中に侵入していた。


 本来ならそこまでイノシシを追いかける必要はない。


 俺が不法侵入を決意したのは、感知に引っかかったモノが急速に増えていったからだ。


 しかも魔力感知の反応からすると、その増えたモノは明らかに野生動物ではなかった。


 『隠密』スキルで気配を殺しつつ、廃材の山の間を歩いてそいつらに近づいていく。


 すでに陽が落ちて、塀の外に立つ街灯の光がかすかにあたりを照らしているのみだ。しかし俺の暗視スキルは廃材置き場の様子を昼間のように見せてくれる。


「なんだあれ……ローパーか?」


「ローパー」とは、あの世界にいたイソギンチャクの化物みたいなモンスターだ。


 長い触手で獲物を絡めとるのを得意とする、慣れないと厄介な奴なんだが……目の前に10匹ほどで群をつくっているモノは、そのローパーによく似た形をしていた。


 胴の大きさはドラム缶くらいか、その上部には無数の触手が生えている。


 日本に、というか地球にあんなモノがいるとは聞いたことがない。


 仕方ない、『アナライズ』



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深淵獣 丁型


無数の触手によって生物を捕食する深淵獣

一定量を捕食するごとに分裂して個体数を増やし、その土地の生物を根絶やしにする


特性

打撃耐性 水耐性


スキル

触手打撃 触手拘束 麻痺毒 

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 『アナライズ』は俺が作り出した魔法だ。


 世界のどこかにあると仮定される情報集積体アカシックレコードを参照して、対象の情報を表示する……みたいな魔法なんだが、『あの世界』の人には理解してもらえなかった。


 ちなみになぜか人間に対しては使えなかったりする。所詮素人作の中途半端な魔法である。


 まあそれはともかく「深淵獣」なんて聞いたこともない。


 ただ説明からするとやはりローパーに似たモンスターっぽいな。ほっといたらマズいのも同じらしい。


 どうにもよく分からないが、とりあえず退治しておくか。


 俺は『空間魔法』を発動、目の前にぽっかり空いた黒い穴に腕をつっこんで目的のものを取り出す。


 手にしたのは「あの世界」で使っていたミスリル製の長剣、結構なレアものだ。


「さて、どんなもんかね」


 俺は『高速移動』スキルを使って一体に接近、長剣で「深淵獣」とやらを真っ二つにする。


 シュシュシュシュ……


 両断されたそいつは妙な音を立てながら地面に溶けていった。そして後には黒光りする珠が残された。


「え、弱……」


 思ったよりも斬った時の手ごたえがない。真っ二つになっただけで消えるのもちょっと期待外れだ。ローパーなら二つになってもまだ動くからな。


 まあそれはともかく、俺は深淵獣が残した黒い珠を拾ってみた。



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深淵の雫


深淵の霊気が凝縮した石

深淵獣を召喚する時の触媒となる

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 またよく分からないアイテムだが、「召喚」というのは少し気になるな。


 「あの世界」には「召喚師」と呼ばれるモンスター使いがいたが、こちらの世界にもいるということなのだろうか。


 などと考えていると、一匹が倒されたからか、残りの深淵獣が臨戦態勢に入ったようだ。


 10匹ほどの触手付きドラム缶が一斉に俺ににじり寄ってくる。


 俺は高速移動しながら、数秒でそいつらのほとんどを斬り捨てた。最後まで殲滅せんめつしなかったのは、感知に新たな反応が引っかかったからだ。


 明らかに人間、それも特殊な力を持った人間の反応。接近速度が異様に速い。十中八九この「深淵獣」と何らかの関係のある存在だろう。


 俺は隠密スキルを最大にし、素早く廃材の陰に隠れた。


 暗闇の中に姿を現したのは、長い髪をなびかせた女性……雰囲気からするとおそらく少女……だった。


 腰には日本刀らしき得物をいている。


「数が少ない……? 石が落ちているってことは誰かが討伐したってこと? それとも共食いとか? 後で師匠に聞いてみないとだめか」


 聞き覚えのある声だった。


 いや、そのブレザーにも、その顔にも見覚えがある。


 視線の先、闇の中にたたずんでいるのは、俺が副担をしている明蘭学園2年1組の生徒だった。


 出席番号1番の彼女、名前は「青奥寺あおうじ 美園みその」といった。





 青奥寺は、長い黒髪を腰あたりまで垂らした、顔立ちの整った女子である。


 真面目で品行方正、その髪型からしていかにも委員長っぽい雰囲気を醸してだしている生徒。


 ……なのだが、長めの前髪の下にあるやたらと眼光鋭い目が優等生オーラを完全に消し去っているという、非常に目立つ子であった。


 言うまでもなく、始業式の日に強い視線を投げかけてきた生徒の一人でもある。


「とりあえず討伐しないとね」


 彼女はそう言うと、腰の刀を抜き放った。


 遠目でも分かる、特別な力を持った刀だ。刃に流れる魔力が澄んでいる。聖剣に類する刀だろう。


 青奥寺は一瞬上段に構えたかと思うと、高速移動スキルにも似た動きで深淵獣の接近、一気に刀を振り下ろして袈裟斬りにした。


 だがさすがに一撃では両断はできないらしく、触手の反撃を距離を取ってかわす。


 回避動作が大きいのは麻痺毒を警戒してか。


 そして再接近、二撃目で深淵獣を消滅させた。


 彼女は見る間に3匹の深淵獣を倒すと刀を鞘に納め、地面に落ちた石――「深淵の雫」を拾い始めた。


 うん、中々の強さだな。冒険者としては中の上くらいの実力はあるだろう。アタッカーとして鍛えればいい戦力になりそう……じゃなくて、いったい何が起きたんだ?


 ここは日本だ、『あの世界』じゃない。


 モンスターが群で現れ、それを討伐する女子校生がいる。


 そんな世界じゃなかったはずだよな、確か。


「回収完了。撤収っと」


 俺が首をひねりまくっている間に青奥寺は石の回収を終え、声をかける暇もあたえずにそのまま去っていった。


 ちょっと待ってくれ、教師としてどうすればいいんだ、これ。

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