1章 元勇者、教師になる 03
教員の中心業務と言えばもちろん授業である。
教育実習では緊張しまくっていた記憶があるのだが、勇者としてクソ度胸だけはついているのでそちらのほうは特に問題なかった。
いやもちろん授業の準備をしたり実際に授業をやったりする中で小さな問題は山ほどあったが、それは新人教員としては当たり前の範囲の話だ。
明蘭学園の生徒は基本的に皆真面目で、正直自分がここで教鞭を取ってもいいのかと不安になるくらいであった。
話によると上位組は普通にトップクラスの大学に行き、それ以外の生徒もほとんどが進学するそうで……俺なんでこんな学校に採用されたんだろう?
と疑問を感じつつも、放課後の今向かっているのは武道館である。
明蘭学園の武道館は2階建てで、各階に2つづつ武道場があるという半端なく立派なものだった。
ただ残念なことに、そこで活動している各部活はどこも部員数が少なく、剣道、柔道、合気道合わせて17人しかいない。
そりゃ抱き合わせで一人の顧問が見るという話にもなるだろう。
部員たちとはすでに春休み中に顔合わせを済ませてあり、何度も見にきてはいるのだが、正直顧問としてはやることがない。
なにしろ練習は部長を中心に部員だけでやってるし、俺自身教えられることはほとんどない。
何でもありなら地球最強の自信すらあるが、ルール内で行われる競技の最適な動きはそれとは全く別のものだ。
俺は剣道、柔道、合気道の道場を見て回り、特に問題ないことを確認すると、もう一つの道場に足を向けた。
その板張りの武道場では、道着を着た背の高い生徒が延々と1人組手をやっているのだ。
「先生、暇そうですね」
青みがかった黒髪をショートボブにしたその女子は、俺の姿を認めるなり動きを止めて非常に失礼なことを言ってきた。
「
俺が副担をする2年1組に所属している生徒だ。始業式の日に、俺を強い視線で見てきた生徒の一人である。
彼女は「総合武術同好会」の会長としてこの武道場の使用許可をとっているのだが、他に4人いるはずの会員は一度も見たことがない。
「暇じゃないけど、組手の相手ならしてあげようか新良さん?」
「お願いします。相手になるのが先生しかいないので」
そう言って、新良は床に置いてあったヘッドギアとグローブを投げてよこした。
俺はネクタイを外してそれらを身に着ける。
彼女がやっているのは「真ギンガ流」という武術なのだそうだ。
聞いた事もない流派だが、要は素手である以外は打撃も投げも極めも締めも何でもありの武術らしい。
軽く関節をほぐして新良と向かい合う。
最初に組手の相手をした時から感じているのだが、彼女は明らかに「実戦」を経験している者の風格がある。もしかしたら彼女の切れ長の目に常に光がないのは、その辺りに関係があるのかもしれない。
いや、そんな生徒がいるのはちょっと問題な気もするが……。
「いきます」
言葉と同時に彼女の長い手足が次々と閃く。
突き、突き、中段回し蹴り、突きから下段回し蹴り、と見せかけて足の軌道が変化しての内回し蹴り……
「寸止め」を全く意識していないどころか、平気で頭部を狙ってくる技だ。
というか教師相手に手加減一切なしなんだよな。一番最初の組手の時だけは手加減してたっぽいけど、俺が強いと理解するとすぐに遠慮がなくなった。
俺はそれらの技を
もちろん十分に手加減はする。俺の拳は上位オーガの顔面を一撃で粉砕できる。本気など出せるはずもない。
15分ほど組手をしていただろうか。
新良は満足したのか、それとも体力が切れたのか、ふぅふぅと息をしながら「ここまでで」と言ってきた。
ふと見ると、武道場の入り口に他の武道部の部員が10名ほど立っていて、全員が瞳の中にキラキラした光を充満させている。
彼女と組手をすると必ず見学組が現れるのだが、どうやら目当ては新良のようだ。確かに彼女はいかにも女子に人気が出そうな風貌をしていた。
……最初に俺目当てか? と勘違いして嬉しくなったことは早く忘れたい。
「ありがとうございました。いいトレーニングになったと思います。防具はこちらに」
「どういたしまして。やっぱり蹴りの時に重心が少し浮いてるから、威力を出したいなら気を付けた方がいいかもしれない」
あまりありがたそうな顔をしていない新良に適当なアドバイスをして、俺は職員室に戻ることにした。
「相羽先生お久しぶりです。高等部はどうですか?」
帰り際、校門で声をかけて来たのは同期の白根さんだった。
彼女は中等部に配属されたはずであるが、新任者の研修以外ではほとんど顔を合わせることはなかった。お互い忙しいのでこれは仕方ないだろう。
「久しぶりです白根先生。授業も部活も、生徒が真面目だから仕事自体は楽ですね。上手くやれてるかどうかは自信が全くないですけど」
「ふふっ、私も同じです。生徒はみんな真面目ですごいけど、逆に自分ができてるか心配になりますよね」
「なんでここに受かったのか今考えると不思議なんですよね」
と普通に会話しているが、実は俺の方はかなりドキドキ、というかビクビクしていたりする。
学生時代も、そして『あの世界』に行ってからも、同年代の女性とはほとんど会話がなかったのだ。
学生時代は部活に逃げていた自分が悪いんだが、『あの世界』でも女性は周囲の思惑もあって遠ざけられていたんだよな。
「白根先生は英語でしたっけ? 生徒はやっぱり英語はかなりできる感じですか?」
「そう、帰国子女とかもクラスに2~3人いて、正直私より喋れる子もいますね。他の子も多分普通の中学生よりは断然できると思います」
「それはちょっと怖いですね……。俺は国語だからよく分からないんですよねその辺。ああでも質問の答えとかは予想外に深くまで突っ込んでくるからやっぱり優秀なんだろうな」
「ですよね。ところで相羽先生も生徒にもててるんじゃなんですか? 松波先生はかなり大変みたいですよ。いつも女子に囲まれてるって」
「ああ……」
松波君は同じく同期のイケメン青年だ。
確かに彼が初等部の女子に囲まれている姿は容易に想像できる。
それに引き換え俺は……若い男性教員はモテるから勘違いするなと研修で何度も釘を刺されたんだけどなあ。
「あっ、そろそろ行かないと。じゃあ、お互い頑張りましょう」
俺が遠い目をしていたのだろう。白根さんは慌てたように自転車にまたがると去って行ってしまった。
彼女は駅まで自転車で行き、そこから電車で実家まで帰るらしい。それに対して俺は歩きで通えるから楽ではある。
部活で遅くなった生徒に挨拶をされながら、坂道を下りて住宅街に入る。
夕飯を買って帰ろうと思いつき、スーパーの方に足を向ける。
半額弁当が残っていることを祈りながら歩いていると、常時展開している感知スキルに何かが引っかかった。
「何だ、イノシシでも迷い込んだか?」
こっちのイノシシはスキルで超高速突進してきたりはしないが、それでも普通に牙で動脈を裂かれれば最悪死に至る。
反応からして結構大きな個体だ。下校中の生徒もまだいるだろうし様子は見ておくか。
俺は
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