1章 元勇者、教師になる 06

 俺は一旦学校に戻って青奥寺の家の住所を確認してから、彼女の家の近くで張り込みをした。


 彼女の家は歴史のありそうな日本式の家屋で、庭もかなり広かった。明蘭学園は有力者の子女も多いらしいが彼女もその一人なのだろう。 


 青奥寺が動き出したのはやはり陽が落ちてからだった。


 この間と同じように刀を携えて、隠密スキルに近い力をまとって街中を歩いていく。


 まあさすがに刀を持ってるのを人に見られたらヤバいよね……じゃなくて、そんなスキルを持っていることのほうが驚きだ。


 彼女が向かったのは、住宅街から郊外に出る辺りにある公園だった。


 背の高い木立に囲まれた、敷地面積はサッカーコートの5倍はありそうな公園だ。しかし郊外の公園のためか街灯の数が少なく、中央の広場までは人の目が届きにくい。モンスターと戦うには丁度いいロケーションと言えなくもない。


 俺が公園の外周部で様子をうかがっていると感知スキルに反応がある。


 数は3つ、それぞれが前回の『深淵獣 丁型』より3倍くらい強い魔力を持っている。


 公園に入り、木立の陰から様子をうかがう。


 街灯が淡く照らす広場の真ん中に、日本刀を帯びたブレザー姿の黒髪少女が立っている。


 青奥寺が刀を構えると、その先にぼんやりと六本足の獣のモンスターの姿が浮かび上がってきた。



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 深淵獣 丙型


 六本の足を持つ肉食獣型の深淵獣

 複数匹で狩りをする習性があり、数が増えるごとに戦闘力が急上昇する

 縄張りと定めた土地に定着し、その土地の生物がいなくなるまで縄張りを離れることがない


 特性

 嗅覚強化 聴覚強化 瞬発力強化 反射神経強化


 スキル

 爪撃 噛みつき 突進 跳躍 

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 スピード重視の完全物理タイプ、雰囲気的には「あの世界」のウルフ系のモンスターに近いのだろうか。


 すでにはっきりとその姿を現した深淵獣は、錆色の毛を持ち、熊に似た頭部をもつ獣だった。


 大きさはトラくらいはあるだろうか、これ結構強いんじゃないだろうか。


「丙三匹……やれる!」


 青奥寺はそう言い放つと、向かって右の深淵獣に向かって高速移動、すれ違いざまに足2本を斬り落とした。


 だが倒れた深淵獣の首を落とそうとしたところに、別の一匹が襲い掛かった。


 読んでいたのか青奥寺はバックステップしてかわし、追撃しようとする深淵獣を刀を振って牽制。


 そこにもう一匹が合流し、二対一の戦いが始まった。


 二匹と一人の位置が目まぐるしく入れ替わり、爪と牙、刀の白刃が交錯する。


 しかしその力関係はわずかながら青奥寺の方が上のようだ。


 深淵獣の爪がブレザーを浅く裂くのにとどまっているのに比べて、青奥寺の放つ斬撃は確実に深淵獣の深い傷を負わせていく。


 一撃で決めようとせず、持久戦で確実にダメージを蓄積させる戦法。


 それができるということは、彼女がかなりの経験を積んでいることを示していた。


「せいッ!」


 ダメージに耐えきれず動きが止まった一匹の深淵獣の首を、青奥寺の振るう刀が斬り落とした。


 もう一匹もすでに満身創痍だ。足を切断された残りの一匹はまだ地面でもがいている。


 勝負あったか……というところで感知に新たな反応が。


 さらに大きい魔力が公園中央に凝縮を始めている。ここで新手とはなかなかハードだな。


「まさか乙が来るの!? 師匠を呼ばないとっ」


 青奥寺はとびかかってきた深淵獣をすれ違いざまに両断すると、もがいている残り一匹にもとどめを刺し、スマホを取り出した。


 スマホを操作する青奥寺の顔が液晶のバックライトに照らされて浮かび上がる。


 多少の焦りが見えるその顔はすぐに厳しい表情に変わった。悪い目つきがさらに悪くなる。


「師匠も戦闘中……しかも遠い。足止めしながら待つしかない、か」


 青奥寺はスマホを操作してポーチにしまった。


 彼女が振り返った先には、すでに新たな深淵獣が姿をあらわしていた。



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 深淵獣 乙型


 巨大な虫型の深淵獣

 腕の鎌で相手を引き裂くことに固執する、嗜虐性の強い肉食獣

 常に移動をして、手当たり次第に獲物を捕食する


 特性

 外殻強化 瞬発力強化 反射神経強化


 スキル

 鎌撃 噛みつき 飛翔 

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 見た目は超大型のカマキリだ。全高だけで3メートル以上あるだろう。


 刃渡りだけで1メートルありそうな鎌をつけた腕が四本、胸部から左右に突き出ている。


「あの世界」でもなかなかお目にかかれない上位モンスター。


 さすがにあれはヤバい。足止めとか言ってたが、青奥寺の実力だともって10分がいい所だ。


 しかも青奥寺は体力を消耗している。放っておけば数分であの鎌の餌食だろう。


 俺は『空間魔法』からミスリルの剣を引き抜き、木立の陰から公園の広場に出た。


「青奥寺、下がっててくれ」


 声をかけると青奥寺はワンステップで距離を取りながら、俺の顔を凝視した。


「……っ!? 相羽先生、どうしてここに!?」


「話は後でしよう。とりあえずこいつは俺が相手をするから見ててくれ」


 青奥寺は何かを言おうとしたが、その前に巨大深淵獣が動き出した。


 ガサガサと6本の足で前にでながら、4本の鎌を広げて獲物……俺に向かってくる。


 間合に入った瞬間、4本の鎌が絶妙な時間差をつけて襲ってくる。


 なるほどこれは並の前衛だと一撃だな。


 と感心しつつ、俺は剣を一息で円を描くように振り切る。


 その一撃で4本の鎌は全て根元から切断され、四方に飛び散った。


 キシャァッ!


 自慢の鎌をすべて奪われ一瞬動きが止まった深淵獣だが、そのまま巨大な顎で噛みつきにきた。


 まあそうするしかないよな。でも弱点を近づけたらダメだろう。


 俺はさらに剣を一閃、一抱えもありそうな頭部を縦に真っ二つにする。巨体がビクンと跳ね、そのままシュシュシュと音を立てて地面に溶けて消えていった。


「見かけ倒しか。動きはいいが打たれ弱いな」


 先のローパーもどきといい、こっちの世界のモンスターは防御力に難がありそうだ。そもそもモンスターがいること自体がおかしいんだけど。


 地面に残されたソフトボール大の黒い珠を拾っていると、背後から声が聞こえてきた。


「……乙を一撃で……?」


 振り返ると、そこには呆けたように立ち尽くす目つきの悪い美少女がいた。




「先生はもしかして私の知らない分家の方……ですか?」


 青奥寺は刀の柄を気にしながら、俺から少し距離をとりつつそんなことを言った。


「いや、分家とか本家とか、そういう関係ではないと思う。それよりさっき応援を呼んでたみたいだけど、そのままだと来てしまわないか?」


「そこまで見てたんですか?」


「あ~、まあ……ね」


 ストーカーまがいのことをしてたからな。そこは突っ込まれるとちょっと弱い。


 青奥寺は疑わしそうな目で俺を見ながらも、スマホを操作し始めた。


「ああ、ええと、青奥寺は一体何をしてるんだ? それにあの化物はなんだ?」


「あの化物は深淵獣と言います。私はそれを退治しています。というか知らないで戦ったんですか。それなのにあの強さは異常です。先生こそ何者なんですか?」


「何者と言われてもね……」


 仕方なく出てきてしまったけど、さてどう話をしたらいいんだろうか。


 青奥寺の事情は聞いておきたいが、さすがに一方的に聞くわけにもいかないだろう。


 でもなあ……。


「見ての通り、化物と戦うのに慣れてるだけの教師なんだけど……」


 鋭い眼光が納得できませんと言っている。


「う~ん、簡単に言うと俺は別の世界で長い間勇者をやってたんだ。で、向こうの世界で死んだと思ったらこっちの世界に戻ってきてた」


「別の世界……勇者……ですか?」


「そう。だからまあかなり強いのは確かだね。これでも魔王を倒してるから」


「なるほど、分かりました」


 え、分かっちゃうの?


「先生が本当のことを言うつもりがないということは」


 ですよね……。


「本当のことなんだけどね。それで、青奥寺さんはどういう立場なんだ? 分家とかって言葉が出るってことは、青奥寺さんの家が化物の退治をする家系だってこと?」


「ええ、そうですね。青奥寺家は代々深淵獣を狩ってきた一族なんです。闇に隠れて人を守る責を負っています」


「はあ、そんな一族がいたんだ。じゃあ深淵獣っていうのは?」


 その質問には青奥寺は首を横に振った。


「それについてはよく分かっていません。ただ古から、時折地上に現れて人を食う化物とだけ」


「ふうん。青奥寺のことを知ってる人は家族以外ではいるの? 例えば他の先生は……」


「熊上先生と山城先生はご存知です」


「え、そうなの?」


 なんとまあ、それはまたとんでもない話である。


 学校公認でモンスターを狩る少女……そんな生徒が自分のクラスにいるとは。


 こっちの世界にモンスターが現れることと合わせて驚きの連続である。


 もしかしたら自分が勇者をやってたのだって実はたいしたことじゃなかった、なんてこともあるのだろうか。

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