第109話 【12月18日】

「あんたらはどうしてそこまでして働くんだい?」

「どうしてって、やっぱり食べるため、生活のため、じゃないですか?」

「へえ。でもよ、俺からすりゃあんたたちの生活ってやつはそりゃもう豪華絢爛って気がするんだけどな。まず飲み食いに困らねえ。家だってある。あとは趣味に、旅行に、ダイエットかい?」

 ボクは少し離れた老人を見た。

「そうですね。おじさんから見たら贅沢放題かも知れませんね」

「贅沢?贅沢とまでは思わねえが、一体何のためにやってんのか、年寄りには不思議に思えて仕方ない時があってね。俺の弟子にも若いのがいるんだが、最近は大学まで出て俺んところに来る奴も多いんだ。で、俺は訊くんだよ。『なんで大学出の学士さまがこんな商売やろうって気になったのか?』ってね」

「ええ」

「そしたら野郎はこう言いやがんだ。『いや、親が大学までは出てくれって言うもんで』ってな。『それじゃ何かい?親にせがまれたから大学まで出て、それで今度は一体どんな了見ってんだい?』するとこうだ。『いや、やっぱり自分の進む道はこれかなって思って』だとさ。いやあ、暢気というか、ちぐはぐというか。大学ってのは大変な勉強して入るところなんだろ?」

「まあ、そうですね」

「『それだけ努力できんなら、もう俺んとこ来る必要ないよ。一人で十分やってけるよ』俺はそう言ってやるんだ。そしたらそいつ、『いや、でも噺家ってのは誰かに弟子入りするのが決まりなんでしょ』ってこうだ」

「噺家?」ボクは言った。「おじさん、噺家なんですか?」

 ボクの素っ頓狂な声に老人は目を白黒させた。

「あれ、言ってなかったっけ」

「はい、初耳」

 その時、次の駅を知らせるアナウンスが車両に響いた。

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