第108話 「12月17日」

「いやぁ、たまげたもんだね。若いお嬢さんの方から『お近くにどうぞ』ってんだから。これじゃ遠慮も無粋ってもんだ」老人は生真面目にそう言うとゆっくりボクの側の席まで歩いてくると「よっこらしょ」と腰を下ろした。

「持病があるもんでね。歩くのも一苦労さ」

「そうなんですか」

「ああ、リウマチ」

「関節の病気ですね。それはツライでしょう」

「ツラクないって言えば嘘になるが、まあ病気も悪い事ばかりじゃねえな、実際」

 そう言うと老人はしばし目を閉じて黙った。電車が線路を滑る音がやけに大きく聞こえた。

「お嬢はどちらまで?」

「家に帰るんです。仕事帰りで」

「へえ、こんな遅くまで。今時の若い人たちは大変だ。あれだろ?競争、競争でさ、リストラってのもあり、なんだろ?」

「そうですね、まあ。おじさんはどうなんです?」

「ははっ、こっちとらハナから世間にリストラされてるようなもんさ。今更騒ぐまでもねえ」

「なるほど、いいですね」

「ああ、気は楽だ。時にお嬢」

「はい?」


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