第36話 【10月6日】

 風邪を引いたらしい。兄の影響は思いの他強いのか、めったに異常を示さないボクの体が久々にカラータイマーを点滅させている。仕事を休もうかとも思ったが、電話で連絡を入れる手間を考えたらかえって面倒に思えた。

 小さい頃はよく風邪を引いて祖母に手を引かれ病院に行っていた。それはボクの、というより祖母の習慣であって、ボクは大きくなるにつれ祖母の親切が重荷にすら感じられた。

 職場に着くと体の中に嫌~な悪寒が漂っていた。やばいなあ…。満員電車の中では気がつかなかった。

「おはよう」課長のわざとらしい挨拶に笑顔で応えていると一瞬絶望的な気分になった。

 行くところまで行ってみるしかないか。孤独な覚悟を決めたボクは、ふと子どもの頃の祖母の手の感触を思い出した。筋張った手。触ると瞬間冷たくて、それからじわりじわり伝わってくる温もり。…ああ。弱ってるな、ボク。

 というわけで、今日は大人しく仕事して早々に家に帰ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る