第34話 【10月4日】

「仕事は?」朝、思いついて兄に尋ねると

「一週間休みもらった」即答された。

「いいなあ。ボクもそうしたいよ」

「…お前さ、いい加減その『ボク』っての止めろよ。もう子どもじゃないんだからさ」

 そう言われて一瞬ムッとしたが、考えてみればボクはもうずっと『ボク』だったわけで、『ワタシ』でも『ジブン』でもなかったことに気がつく。

「兄ちゃんのマイペースと同じで、長年の癖みたいなものだよ」

「お前、昔から『男っぽい』て言われてたもんな」

「今だってそうだよ」

「そうか?」

「さすがに会社じゃセクハラになるから、面と向かっては言われないけどね」

「へえ」そう言うと兄は変にマジマジとボクの全身を眺めた。

「何?」

「いや、改めてみるとお前、良い体型してるよな」

「何、それ」

「筋肉あるだろ」

「まあ、ね」そりゃ、鍛えてますから。

「お前、恋人とかいないのか?」

「今はいない。前はいた。その人は今病気に罹ってる。ボクにはどうすることもできない」

 出掛ける時間だった。ボクは自分が何故急にそのことを口にしたのか分からなかった。

「ま、いろいろあるよな、お互いに」兄。

「一緒にしないでよ。だから今は何もないって」

「バカ。その何もないってことが一番問題ってこともあるんだ。俺がその真っ最中だ」

 意外だった。兄が自分のことをそんな風に引いて見ていたとは。

「今日俺帰るから。世話になった」

「え?もう帰るの。まだ休みあるじゃん」

「いや、他にも寄りたいとこあるから」

 そうやってボクは兄と玄関口で別れた。部屋に一人残った兄はまるで留守番に残された子犬のように不安そうにも見えた。

 夜家に戻るとテーブルに兄の置手紙があった。

「お前もたまには帰ってこい。今度俺の彼女にも会わせる。インドネシア料理は抜群に奇妙だぞ」

 ボクはその紙切れを眺めながら、ふと兄とインドネシア人の彼女の食卓を空想して笑えた。兄はしばらくメタボでい続けるに違いない。そう思った。

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