第32話 【10月2日】
ボクが仕事に出かける時、兄はまだ布団に包まっていた。それでもボクがそっと部屋のドアを開けようとすると、「何だお前、今日も仕事か?」と眠たそうに言ってボクを驚かせた。
夕べいくらか実家のことや両親のこと、それから地域のことなどを二人で話した。
「…だからお前、田舎は都会より捻じ曲がってるんだよ」兄はそう結論づけた。
「で、お父さんと喧嘩したのもそういう事?」ボクは遅まきながら探りを入れた。すると兄はちょっとボクから視線を反らすと「なんていうのかな~」と言葉を選び始めた。
話の筋はこうだった。兄が昼間勤めている会社の上司から見合いの話があった。その会社はもともと父親の縁故で入ったところで、両親もその話には乗り気だった。ぬらりくらり30半ばにまでなった息子が近くにいるだけで癇癪の種だった父親にとっては尚更。ところが本人はこれまたぬらりくらり態度をはっきりしない。それもそのはず息子には交際中の相手がいたのだ。それも肌の色が若干違う…。
「…で、その人って?」
「ん。ああ、インドネシア人」兄はさらっと言った。瞬間ボクの頭の中に世界地図が浮かんだが、南の海に浮かぶ群島のいずれがそうなのか、途端にボクは逸れた渡り鳥の気分になった。
「とにかく親父は相手に会わせろって言うんだけど、俺は断固拒否なのさ」
「なんで?」
「なんでって…。俺は別に親父たちのために結婚するわけじゃないしさ」
「でも結婚はするんでしょ」
「分からないよ。相手だってまだ…」
「その人って何してる人?」
「看護師の留学生」
大体の中身は理解できた気がした。兄は自分と同じく故郷のしがらみを背負った褐色(?)の女神を好きになってしまったらしい。
「じゃ、どうしてここに来たの?」
ボクが聞くと、
「俺だって味方が欲しいじゃん!」
実の兄ながらその言葉の情けなさに今度はボクの方が目を反らしたくなった。後はお互い口もきかず、ボクはいつものように筋トレをやって床についた。
寝る前に
「お前、また背伸びなかったか?」兄がそう言うので
「いくらなんでももう育ちはしないよ」
ボクはそう答えた。
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