第5話田中さん(仮名)

母は25年前、子宮がんの手術をした。子宮全摘だった。

その3年前に乳がんの手術をしているので。家族はこれには、心配した。子宮がんはステージ3だった。

僕は、その頃は大学を中退して介護職に就いていた。

母は同部屋で乳がんの手術をした田中さん(仮名)と言うオバサンと仲良くなった。

連絡先を交換し、母親は田中さんに米を送り、田中さんちは漁師だったので、伊勢海老を発泡スチロールでたくさん送ってくれた。


ある日、母親に田中さんから電話があった。ガンが再発したとのこと。休みの日に、僕は車を運転し、母親を病院へ連れていった。

田中さんはベッドから起きて、母に続き挨拶した。

挨拶して少し話したら、がん患者との会話を母親としたいと思うから、僕は席を外し2時間程のロビーのソファーに座りジュースを飲んだり雑誌を読んだりしていた。

しかし、2時間経っても3時間経ったも病室から出て来ないので、僕は病室へ行き、

「お母さん、おばさんの身体に負担が掛かるから」

と、言ったら、

「お兄さん、ゴメンなさいね。無駄ばなしばっかりして」

「……」

お母さんはまだ、再会しましょうと言って病室を後にした。

僕は、折角、田舎から市内にきたので、パチンコを打ちたかったのだ。負けたが。

その日から2週間後、実家にハガキが届く。

田中さんが、永眠したと。

僕は猛烈に後悔した。あの時の田中さんとの会話は、母親との別れの言葉であったのだと。

母親は涙を流していた。

僕は、また退院出来るだろうと考えていた。

あの時の会話を終わらせたのは僕だ。

田中さんに悪い事をしてしまった。今更反省しても、田中さんはもうこの世にいない。

手を合わす。そして、すいませんでした。と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る