其ノ拾伍 交錯 和side
「僕は、美沙の相手をする。柊真君は葉月の相手をして。」
「いやいやいや、無理ですって!葉月と一対一とか!」
と、柊真君は慌てた様子で両手を振った。
「じゃあ、美沙の相手する?」
「それも無理です!」
「じゃあどうするのよ。」
そう言うと、柊真は黙り込む。
きついこと言っちゃってごめん、柊真君。でも、
「それに、僕は分かってるから。」
「え?」
僕は、少し微笑む。
ごめん、柊真君、でもね。
柊真君が美沙を倒しちゃったら、困る。
僕は、ただ、美沙を見つめる。
美沙。美沙は……敵じゃ、ないよね。
僕、美沙とどれくらい長く一緒にいたか、わかってるでしょ?
だから、美沙の癖だって、知ってる。
嘘をついてる時、本心を隠してる時、美沙、「……わよ」とか、お嬢様言葉みたいになる謎の癖だって知ってる。
あのとき……葉月と一緒に行っちゃったとき、美沙、お嬢様言葉みたいになってたから。
ということは、あの会話は、嘘。つまり、美沙は、僕らの敵に、彼らの味方になるつもりはないんだ。
でも、たとえ美沙にそんな癖なくて、あれが嘘だってわからなくても、僕は、美沙を信じてたと思う。
小学6年…ちょうど美沙が一族を抜け出して、新しい家に引っ越した時、引っ越し先をこっそり聞いてた僕は、美沙の家に遊びに行った。
あの日僕は、初めて美沙が泣いてるところを見た。
いつも強くて、嫌なことがあっても笑い飛ばすような美沙が初めて泣いから、僕、ものすごくびっくりしたのを今でも覚えてる。
「お母さんに会いたいよぉ……」
美沙は、そう言って泣いてた。僕はただ黙って、美沙の背中をさすることしかできなくて。
でもそのあと、美沙はこう言った。
「でもね、私、みんながやってることはおかしいと思うのっ!
もしさ、もしだよ、仮にうちらの一族が戦いに勝ったら、今度は相手の一族の人たちが、辛い思いするんだよ?私たちだけが我慢すべきなんて、そんなこと思わないけど、私たちだけ良ければなんて思わないよっ!」
そして、美沙は少し笑った。
「おじいちゃんね、タイムマシン、完成まで持ってくんだって。もし彼らがタイムトラベルに成功して、計画を始めたら、私たちはそのタイムマシンで、みんなを止めにいく。」
僕も、そのときは手伝う。そう言ったら、美沙は、こう言った。
「計画になんか和を巻き込めないよ。あ、タイムマシンづくりは手伝ってもらうかも。」
美沙は……計画を止めるのに、僕たちを巻き込みたくないんだ。だから寝返ったように見せて、僕らを諦めさせて、そして、一人で彼らを止めようと思ったんだと思う。
でも僕、そんなことさせないから。
一緒に戦うよ。今度は、僕が美沙を助ける番。
「美沙っ!」
僕は、美沙に刀を振りかぶる。
それを、美沙は難なく受け止めた。
「まさか、和と刀を交える日が来るとはね!」
そして、美沙は僕の刀を振り払う。
そして、思いっきり刀を振り下ろしてきた。
「っ!あぶなっ!」
僕は刀でぎりぎりそれを受け止める。
あと少し遅れてたら、斬られてた……。
あーもう、この着物の袖、邪魔っ!
そのときだった。
「っ⁉︎」
足に衝撃を感じて、あっと思った頃には、僕は、地面に背中を打ち付けていた。
美沙に、足払い、かけられたんだっ…!
そしてそのまま、美沙は僕に馬乗りになるような形で覆いかぶさり、喉元に刀を押し付けようとしてくる。
僕はそれを、ぎりぎりのところで刀で押し返すようにして止める。
眼前いっぱいに美沙の顔が広がる。ほんとに、ぎりぎりのところでの戦いだ。でも。
「美沙の馬鹿力、こんなもんじゃないよね。」
僕は、小さな声で言う。
「どういうこと?」
「美沙が、僕を殺す気なんてないってこと。」
「和は今、私たち一族の敵よ?なのに、殺さないなんて選択肢、あると思うの?」
ほら、嘘ついてる。
「根本から違う。美沙は、僕らの敵じゃない。」
「ど、どういうことよ?」
「美沙は、僕らを巻き込みたくなかった…計画を止めることに。」
「違うわよっ……」
「小6のとき、泣きながら言ってた言葉、忘れたなんて、言わせないよ。」
「……覚えて、たの?」
「当たり前じゃん。」
僕が笑うと、美沙はぎゅっと口を結んだ。
「……早くここから出てって。和にも、明ちゃんにも柊真君にも、関係ないことだから。」
「……手、震えてるよ。」
僕が言うと、美沙は大きく目を見開いた。
「本当は、怖いんでしょ。」
「違う……」
「違わない。」
僕は少し息を吸って、微笑む。
「ずぅっと、僕は美沙に助けられてきた。だから今度は…僕が助ける番。ちょっとくらいは僕を信じてくれてもいいでしょ、ひどいなぁ。」
そのとき、僕の頬に、一粒の雫が落ちた。
「……ね、一緒に、戦おう?」
すると、
「あっ⁉︎」
声がした。柊真君だ。
見ると柊真君は床に倒れ込んでいて、葉月が刀を振り上げようとしているところだった。
「馬鹿なの?『美沙を取り返しに来た』なんて、とんだ性善説ね。美沙が戻るわけない。あの子には、一族を救う強い意志があるの。ずっと近くにいたのに、わかってないのね。」
葉月の、そんな声が聞こえる。
「柊真君‼︎」
僕が叫んだ、その時だった。
ふっと、僕の体に、刀にかかっていた力が抜ける。
僕は笑う。やっぱり、美沙は美沙だ。
正義感が強くて、優しくて、まっすぐなひと。
「馬鹿はお前じゃないの?」
僕は叫んだ。
「美沙のことをわかってないのは、お前の方だ。」
そして、ガギィンと音がして。
美沙が、葉月の刀を受け止めていた。
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