其ノ拾陸 決戦
「美沙さん⁉︎」
俺は、驚いて叫ぶ。
なんで、美沙さんは、裏切ったはずじゃ、
「美沙っ……!」
葉月は面食らった顔で、後ろに飛びのく。
「なんで、美沙さんっ……」
「柊真君は後ろに下がっといて!明ちゃん守っときなさい!」
美沙さんの鋭い声に、俺は慌てて明のもとに駆け寄る。
その場にいる全員が、二人を見つめていた。
みんな、きっとわかったんだと思う……この二人の勝負で、全てが、決まってしまうことを。
「っ!」
美沙さんが振り下ろした刀を、葉月が受け止める。
お互いの刀が離れ、少し距離をとったあと、葉月が美沙さんの右肩の方に刀を振り、美沙さんはそれを難なくかわす。
二人の戦いは、とても疾かった。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
間合いを詰め、二人の顔の目の前で、刀が交差する。
ギリギリと刀の擦れる音がする。
葉月は、少し、笑っていた。それが、すごく、怖い。
「美沙、あんた、敵だったのね。」
「……もちろん。」
葉月がさらに笑う。その笑顔の奥に、怒りがちらついていた。
「あなたは、私たちと同じはず、でしょう?
なぜ、裏切るの?」
「……過去を変えるなんて、そんなの、許せない。」
美沙さんのその一言で、葉月が一気に真顔になる。
刹那、
「くっ!」
美沙さんが凄い勢いで吹き飛ばされる。
背中から叩きつけられた美沙さんに、葉月が覆い被さるような格好になり、葉月は刀を振り下ろす。それを美沙さんが顔寸前のところで止める。
「過去を変えることの何が悪い!
私たちはずっと馬鹿にされてきた!
没落した武家として、ずっと苦しい生活を強いられた!
それを変えることの何が悪い!
先祖を救おうと思うことの何が悪い!」
顔を真っ赤にして、葉月が叫ぶ。
「……悪く、ない。」
美沙さんが、小さな声で言う。
「悪くない。みんなが幸せでいられるようにって願うことは、なんにも悪くない。」
「じゃあ、なぜ止めるんだ!」
美沙さんは、少し、声を震わせて、言う。
「でもさ、この過去を変えたら、戦いに負けたって過去が変わったら、きっと私たち一族に関わらないことも、変わっちゃう。他の人がこういう思いをするかもしれない。」
「それの何が悪い⁉︎人の心配なんて、」
「そんな自分勝手は、やだよ。自分勝手をする方が、私は恥ずかしい。戦いに負けることよりも。それは、人それぞれ考え方あると思うけどね。」
「そんなの、関係ない。恥なんて、とうの昔に捨てた。私は自分勝手だと言われてもいい。自分が傷つくのなんて、どうってことない!」
「それに、過去が変わって、明ちゃんとか、柊真君とか、和とかに会えない未来になっちゃうのは、やだから。」
「それは、美沙の自己満足でしょう?」
「それにさ、葉月に会わなかった未来になるのも、私はやだよ。」
葉月が、息を呑む。美沙さんは少し微笑んで、まっすぐ葉月の目を見つめる。
「ちっちゃい頃から一緒に育って、一緒に訓練して、厳しい練習のこと愚痴って、一緒に遊んで、ずっとライバルで、ずっと友達だった葉月との思い出、消えちゃうのやだよ。」
美沙さんの顔に、涙がぽたぽたと落ちる。
そして、パン、と音が鳴った。
葉月の右手が、刀から離れている。
みるみるうちに、美沙さんの頬が赤くなっていく。
葉月が、何度も何度も、美沙さんの頬を叩く。
「あんたがっ、いなければっ!本家なのに弱いとか、あなたに比べられて、蔑まれることもなかったのに!計画だって、もっと簡単に上手く行ったのにっ!
あんたが、いなければっ!大嫌いだ!私は、あんたを友達だと思ったことなんてっ、一回もっ、ない!
あんたが一族から逃げた時、嬉しかったよ。これで比べられることもないって。あんたがいなくても、私ならできるんだって、わからせたくて、計画も頑張ってきたのにっ!」
葉月の絶叫にも近い叫び声と、頬を叩く音だけが、広い空間に響き渡る。
「葉月の方がすごいことだって、沢山あるよ。」
「あんたに言われたくない!」
「私は誰よりも優しい葉月を知ってるよ。
ずっと、辛かったんじゃないの?こんなのおかしいって、わかってたんじゃないの?」
「そんなことない!」
「私、覚えてるよ。こんなのおかしいって、過去は変えちゃいけないんだって、言ってた葉月のこと。言ってたのは九歳の時で、その一回だけだったけど、あれが本心なんじゃないの?」
「そんな、昔のことっ!」
葉月が、床を拳でどん、叩く。
「葉月はどうしたいの?」
「私は、一族の無念をっ!」
「本当に?そうやって、自分に言い聞かせてたりしない?」
「私はっ…!」
美沙さんが、真剣な顔になる。
「辛かった過去を繰り返したって、なんにも変わらない。変えられるのは未来だけなんだよ。
……先代が亡くなった今、本家の血筋はあなただけ、葉月だけ。
この計画を、進めるのも、やめるのも、決めるのはあなただから。」
周りの、一族の人たちは、何も言わない。静かに、葉月さんを見つめている。
葉月さんの手から、刀が滑り落ちる。がしゃん、と音がした。
美沙さんは、自分の刀を鞘にしまうと、小さな子どものように泣きじゃくる葉月を、静かに抱きしめた。
一族の人たちは、葉月さんの方を向いて、片膝を立て、こうべを垂れた。
このとき、俺たちの戦いが終わったのを、俺は悟った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。