#7
プレゼンを終えて白井が席に戻ると、恵里佳が「先輩、よかったですよ!」と囁いた。しかし、訴えを聞く理事会たちの反応は総じて薄く、白井は彼らの心を動かすことができたか、確証が持てなかった。
「それでは、第三美術館・外苑美術館の双方のプレゼンテーションを踏まえ、質疑応答に移りたいと思います」
進行役の竹川から言葉があると、理事たちはお互いに顔を見合わせ、上座に座っていた初老の男性がおもむろに手を挙げた。
「我々アルマ文化財団としては、アルマ世界写真賞を運営する立場として、今回のベタンクール展ができるだけ多くのお客様に鮮やかな印象を残し、それによってアルマ本社のイメージアップにも繋がることを第一目標として考えています。ただいまのお二人のプレゼンで、企画の概要は分かりましたが、ご提案頂いた展示企画がアルマにとってどのようなメリットがあるか、もう少し詳しく説明頂けますか?」
白井が反応する間もなく、木場凛の手が跳ねるように挙がる。竹川の指名を受け、木場は甲高い早口でまくし立てた。
「その点につきましても、全くご心配はいりません。我々第三美術館は、年末のベタンクール展の開催と同時期に、世界最大の美術館であるフランスのセーヌ国立美術館から著名な作品を取り寄せた企画展示も予定しております。観る者を圧倒する名作の数々が並んだ「セーヌ美術館展」と併せ、同じフランス出身で気鋭の写真家の展示も行うことで、セーヌ美術館展を訪れた観客の流入も見込めるでしょう。アルマさんにとって、最大限の集客効果を発揮できる取り合わせとなっていると、断言できます」
木場の言葉に、理事たちの表情が綻ぶ。結局、最後には知名度と規模がものを言う世界かと、白井は忸怩たる思いだった。
「それは心強いですね。さすがは天下の第三美術館だ」
先ほど質問をした理事も満足そうに答え、他の理事たちも頷く。理事たちの好印象を得た木場は、薄ら笑いを嚙み殺しながら白井たちを一瞥すると、とどめとばかりに言葉を継いだ。
「ありがとうございます。今回の企画にあたり、小規模な外苑美術館だけではなく、我々第三美術館にもお声がけ頂いた皆様の慧眼のおかげで、我々としても本腰を入れる必要のあるセーヌ美術館展に彩りを加えることができます」
その瞬間、理事たち表情が一斉に曇った。凍り付いた場の中で、木場だけは能天気に演説を続ける。
「インスタ写真家とも呼ばれるベタンクールの写真は、セーヌ美術館展で重厚な本格的美術に触れた人々にとって、ちょうどよい口直しとなるでしょう」」
「それは、アルマ財団の企画展示は、貴館の本命であるセーヌ美術館展の添え物に過ぎないという意味でしょうか?」
一転して厳しい口調で初老の理事に問われ、木場はポカンとした表情になる。「なにか、お気に障るようなことでも、、」と彼女が言いかけたところで、硬い表情で会議の推移を見守っていた恵里佳が手を挙げた。
「竹川さん、私たちにも発言の機会をください」
竹川は頷き、白井に再び一同の前に出るように促した。眼鏡の奥で、目がいたずらっぽく光ったような気がした。
「外苑美術館からも、アルマ側のメリットについて申し上げます。話がやや逸れますが、私は先日、原宿で偶然、来日中のニコラ・ベタンクールと会い、彼の写真にかける思いを知ることができました」
会議室の視線が、素早く自分に集まるのを感じる。
「今や世界的な有名人であるニコラは、実際に会ってみると、どこにでもいる若者の一面も持っていました。色彩を自在に操る天才として知られる彼にも、幼少期に写真の魅力に取りつかれて以来、美術学校での激しい競争に晒され、自分を見失いかけたこともあったのです。しかし、あるとき他人の評価に囚われ続けることを拒み、自分の好きな写真を撮る決心をしました。そしてその道は、決して生易しいものではありません」
「現に、先ほど第三の担当者も言っていたように、「インスタ写真家」としてニコラを揶揄する人も一部にはいます。ニコラの写真は、ただ流行に乗っただけで真の芸術的価値はないという意味です。しかし、私は一人のファンとしてそうは思いません」
木場が呆けたような顔で見ている傍らで、白井は続けた。
「ニコラが、人生において写真とともにどう歩み、成長してきたのか。そこに重点を置いた外苑美術館の展示は、若手写真家の登竜門とも呼ばれるアルマ最優秀新人賞の精神に即したものであり、アルマ文化財団にとって、才能ある若手写真家を発掘していることを広く示す、絶好の機会となるのではないでしょうか」
言いたいことを言い切ると、しばしの静寂が訪れた。一瞬の後、一人、またひとりと理事たちが手をたたき始め、やがて会議室は拍手に包まれた。呆気にとられる木場の脇で、満面の笑顔を浮かべた竹川ミレイが立ち上がり、理事たちに語りかけた。
「以上、双方からの最後の訴えがありました。本理事会では、ベタンクール展の会場決定が議題となっておりますので、議決に移りたいと思います。それでは単刀直入に、外苑美術館での開催に賛成される方は挙手をお願いします」
大きな会議室のテーブルを囲み、一斉に手が挙がっていくさまを、白井は信じられない気持ちで見つめていた。
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