第39話 答え合わせと応援
「やはり、ここだよな」
俺とアリシアは妹を追うため、廃教会に来ていた。
普通に考えて、結界を張ってまで守ろうとしていたここが一番怪しい。おそらく、妹も同じ考えに至るはずだ。
ここの結界を壊した後、教会の中にいたのは田舎のヤンキーのような下っ端。その下っ端を制圧しているときに、誘拐した子供たちは連れ去られたという話だった。
夜に子供を乗せて馬車を走らせる。それも、緊急で馬車を出したというのなら、その後が大変だ。
他の街に移動をするのなら、門番に誘拐犯だとバレてしまう。この時間に街の外に行くこと自体、夜行性のモンスターに襲われる可能性だってある。
身代金を要求するのに大事な子供達を乗せているのだ。いくら焦っていてもそんな危険なことはしないだろう。
そんなことをするくらいなら、バレない様に子供たちを隠した方が安全だ。
正義感満載の英雄気取りの冒険者の心をへし折って、この事件に関われないようにしてから。
「しかし、制圧が終わった後はサーニャが教会を調べたようだが、何もでなかったらしいぞ」
「そりゃそうだろ」
決め手はアリシアに投げた質問だ。
『アリシアとサーニャ、剣で戦ったらどっちが強い?』
『私に決まっているだろ? そもそもサーニャは魔法使いだったからな。魔法剣士という奴だ』
ずっと気になっていたことがあった。
初めてサーニャに会った時、サーニャはリリスの護衛をしていた。中型のモンスター数体を相手にしていたのだ。
それもたった一人で、鎧に汚れ一つ付けずに。
隷属魔法。
モンスター使いとして、モンスターを従わせるのではなく、強制的にモンスターを従属させる魔法だ。
その魔法をサーニャが使い、自作自演を演じていたと考えれば、俺達と出会った時の状態を作り出すことができる。
この教会に関する情報や操作の報告をサーニャが行っていたり、初めにこの教会のことをはぐらかそうともしていた。
おそらく、サーニャは誘拐に一枚噛んでいる。
俺がここの結界を壊してしまったから、再度結界を張り直す必要合がある。そのために、サーニャはここにやってくるはずだ。
以前はあったはずの結界。教会に入る前にその存在を感じたのだが、今は何も感じない。どうやら、結界を張り直すよりも先に俺達が教会にたどり着いたらしい。
一歩足を踏み出したところで、何かが壊れるような激しい物音がした。
「今の音はなんだ?」
「教会の中からだな」
その音に引かれて教会に近づき、物音を立てない様に窓付近に腰を下ろした。気づかれない様に聞き耳を立てる。
前はいきなり教会に突っ込んで失敗をした。今回は慎重に行動をしようと外から様子を窺うことにした。
「あんただけは許さない」
どこか聞き覚えのある声。すぐにその声の主が妹であることが分かった。
ただその声色には、聞いたことがないような怒気が含まれていた。
「この声は、鈴蘭か?」
「ああ。俺達よりも早く突っ込んでたのか」
俺達も突入すべきかと考えるが、ここで突入してしまったら以前の二の舞になってしまう。
ここはもう少し様子を見るべきなのかもしれない。
「キャラじゃないだろ、あんな主人公ぶった男」
もう一人の声の主はサーニャだった。
この教会の中には妹とサーニャがいるということか。だが、話をしているところから、まだ一戦交えている訳ではないようだ。
というか、二人で何の話をしているんだ?
「顔を見れば分かる。偶然魔力に恵まれただけで、薄っぺらい男だろ」
『主人公ぶった男』、『偶然魔力に恵まれただけ』その二つのワードから連想できる内容。
考えるまでもない俺のことだ。
何がきっかけで俺の話になったのか分からないが、今の精神状態で聞くのは少々タフだ。
ただチート能力を手にしただけで、自分を主人公だと勘違いしている痛い奴。サーニャの言う通り、俺はただの偶然に恵まれただけの薄っぺらい男だ。
「……何が分かんの」
「なんだ?」
「あんたなんかに、お兄ちゃんの何が分かるっていうのよ!」
妹の声は教会の窓を揺らし、俺の鼓膜を揺らした。
久しぶりに聞いた『お兄ちゃん』という単語。その単語と妹の声量に揺らされたのは鼓膜だけではないようだった。
「血豆ができるほど素振りしても誰からも評価してもらえなかったり、小説の新人賞に落選し続けてもずっと応募したり、報われなくても努力を続けてる」
誰も俺のことなんか見ていない。ただ努力をしたという結果だけが残り、成果は出ない日々が続いていた。
「私を守るために、嫌われる対象を自分に向けるようにして、私のせいで学校で浮いたのに家では普通に私に接してくれた」
別に誰かに心の内を分かって欲しかった訳ではない。誰も俺のことなんか見ていない。俺の頑張りなんか分かってくれないことなんか分かっていた。
だって俺は主人公なんかじゃないから。
「主人公じゃない? 薄っぺらい? 何もわかってない!」
揺らされた胸の奥の方が熱くなる。徐々に電子レンジのように内側から暖かくなるようで、その温かさが目頭を熱くする。
「この世界に来て、お兄ちゃん生き生きしてた。夏の試合で何かを諦める前みたいに、私のせいで他の人から嫌われる前みたいに、前向きに物事に取り組めていたのに」
なんで夏の試合で感じたこととか、秘密にしてた新人賞のこととか前から知ってんだよ。
「あの人にあんな顔をさせた、あんただけは絶対に許さない」
なんなんだよ、本当に。
誰も見てくれないと思っていた。
努力をしても、その過程なんか誰も評価してくれない。成果を出したところで、誰も見てくれたりしない。
そう思っていた。
それがこんな身近に見てくれて、俺のために怒ってくれている人がいたなんて。
抑えのられなくなった涙を押さえこもうと目頭を抑え込む。その姿を見られたくなくて、平然を装いながら小さく言葉を漏らした。
「出ていきづらいっての」
「いい妹だな」
「……ああ」
感情を抑えきれない上ずった声なのに、アリシアはそれに気づかないように遠くを見ていた。
こんなに近くにいるのに、こちらの様子には気づいていないのは無理がある。
それでも、今はこの気遣いに乗らせてもらうことにしよう。
「アリシア、妹を頼んでいいか?」
「任された。智は?」
「俺は少しこの周辺を見てくる。誘拐された子供達がいるかもしれないからな」
「了解した」
俺はそのまま身をかがめて、その場を後にした。
目頭に溜まった涙を手で振り払い、本来やるべきだったことを実行する。
こんなに近くで俺のことを見てくれてる人がいるのに、いつまでも腐っているわけにはいかない。
おそらく、サーニャの相手は妹一人でも問題はないだろ。アリシアをあの場に置いてきたし、あっちは何も問題はない。
そうなると、俺がすべきことは誘拐された子供たちの解放だ。
教会内はアリシアと妹に任せて、俺は教会の周りを探索することにした。
普通に考えれば教会の中に誘拐をした子供たちを隠すはず。でも、それだと結界が破れたらすぐに見つかってしまう。
そうなると、もうひと手間くらい加えてありそうなものだ。
教会の裏手に回ってみたが、ただ芝生があるだけで特筆すべき点は見当たらなかった。ただ使い古された井戸があるだけで、怪しい点は一つもない。
ただその井戸に不思議と違和感を抱いた。
何か、その井戸には何かが足りない気がする。
「滑車の部分がない?」
普通、井戸から水を引くためには滑車を使用する。ただ、目の前にある井戸にはそれがなかった。
近寄ってみると、そこには梯子のような物が取り付けられており、下に降りられるようになっている。
井戸に比べて明らかに新しい梯子。
そういえば、昔のゲームで井戸の中にある隠し通路があったりしたな。
これがフィクションの世界だというのなら、そんな通路があってもおかしくはないか。
俺は体に肉体強化の魔法をかけると、そのまま井戸の中に飛び降りた。
壁を数回蹴って衝撃を和らげながらの着地。すると、井戸の中は微かに水の湿り気を感じるくらいで、汲めるだけの水はなかった。
「やっぱりか」
そして、顔を上げると、井戸の壁の一部に洞窟の入り口のような物があった。現代で言う所の下水の通路のように、暗い道が繋がっている。
バッグからランタンを取り出し、炎系統の魔法でランタンに人を灯す。
すると、道の数メートル先までを確認することができた。
中を覗き込むと、下水のような通路が続いていた。用水路としては使用していない地下の通路。
誘拐した子供達を閉じ込めるなら、ここに閉じ込めるだろう。
俺はランタンを片手に、その道をたどっていった。しばらく歩いていくと、一つの折のような物が見えてきた。
牢がある周辺だけ妙に空間が広いことが気になるが、そんなことを気にしている場合ではないな。
その牢の数メートルの距離まで近づくと、数十人の子供たちが硬い地面に座らされているのが分かった。
こちらに気づいても助けを求めるというよりは、脅えている様子。
俺が助けに来た。そうは思っているようには見えない。
少しの疑問を抱きながら、数歩近づいて牢に触れようとした瞬間、犬の低い唸り声のようなものが耳に入った。
そちらを振り向くと、俺よりも数倍でかい大型のモンスターがこちらの様子を窺っていた。
「そういうことかよ」
狼のような毛皮に鋭くとがれた爪。三つ首のそれはこの世にいてはならない、地獄の番人。
ケルベロスがそこにいた。
子供達が脅えていた原因がこれか。
「ガウウウッ!!」
伸びてきた鋭い爪を後方に飛んで交わす。
数秒前まで俺がいた場所は地面をえぐるように引っかかれ、大きな傷跡を残していた。
肉体強化の魔法を使ってなければ、今頃地面の代わりに俺が引き裂かれていた事だろう。
普通の冒険者なら、この場に姿を見せただけで食い殺されてしまう。
ケルベロスに付けられているごつい首輪は狼系のモンスターに付けられていたのと同じものだった。
このケルベロスもサーニャの使役しているモンスターだったのか。
上では教会をごろつきに守らせ、最終的な門番としてはケルベロスを使う。
随分と考えられている陣形だ。
「『中火球』」
以前、中型のモンスターを一撃でやっつけた炎系統の魔法。俺の言葉をトリガーに、右手を向けられたケルベロスが炎の爆発をくらった。
低いうめき声が井戸の中で響き、煙が辺りを覆う。
仕留めたかと思った矢先、煙の中からケルベロスがこちらに突っ込んできた。
「うおっ!」
反転してケルベロスの噛みつきをかわす。金属音のようなカチンという音が過ぎ去り、牢に背を向ける形でケルベロスと向かい合う形になった。
「効いてない?」
ランタンに灯されたケルベロスの腹には、焼かれた跡がくっきりと見えている。それだというのに、動きが衰えていない。
むしろ、興奮しているせいか動きが荒く速くなっている。
中型を倒せるくらいの魔法でも倒せないってことか。
と言っても、落雷や爆発系の魔法を使おうとすれば、この井戸自体が埋もれてしまう可能性もある。
周囲への被害を少なくしながらも、威力が強く相手を制圧できる魔法。それでいて、俺が想像できる範囲の物。
そこで一つ思いついた。
イメージをするのは空気中の水分を一気に冷やすイメージ。炎が空気を燃やすのなら、その正反対のイメージをすればいい。氷の柱に閉じ込めるイメージで、それに伴うだけの魔力を注ぎ込む。
「『氷柱』」
いつもよりも強いぴりっとした感覚。その言葉をトリガーに、井戸の中の空気が数段下がり、指先が冷たく感じる。
その一瞬の空気の変わりと共に、つららのような物が天井にびっしりとできた。そして、目の前には氷が砕けるような音と共に、氷の柱に閉じ込められたケルベロスの姿があった。
氷の柱に閉じ込められたケルベロスは、自身も凍っていることに気づいていないような躍動感があった。
目の前には突然巨大な氷が出現した。そんな感覚だった。
吐いた息が白くなり、ぼうっとしそうになる。しかし、本来の目的を思い出して牢の方に振り返った。
「そうだ、助けに来たぞ」
「ひっ」
俺が子供達の方に振り返ると、なぜかこちらを見ながら子供たちが震えていた。
急に寒くなったから震えている? いや、それならそんな脅えた目でこちらを見ることはないだろう。
脅えている対象はケルベロスから完全に俺に変わっていた。
それもそうか。目の前でバケモノみたいのを一瞬で凍らせた奴だもんな。子供質の目には俺も同じバケモノとして映っているのだろう。
牢により沿い、格子の掛かった鍵を解くイメージを膨らませる。
イメージするのは鍵穴にあるばねをそれぞれ押すイメージ。そのイメージを保ちながら、鍵穴が上手く回るまでばねを押すパターンを変える。いや、鍵穴が回るように中のばねを押すイメージでいいのか。
「『開錠』」
すると、ぴきんと音を立てて鍵が外れた。そのまま、格子を引いて、牢の入り口を開けてやる。
「えっと、助けに来たんだけど?」
子供達は顔を見合わせた後、不安げな顔をこちらに向けてきた。こちらが何もしないことに気づいてか、申し訳なさそうに頭を下げながら牢屋の入り口から出ていく。
十歳もいっていない子供達が、とても他人行儀に頭を下げて俺の隣を過ぎ去っていく。
……さすがに少し傷つくぞ。
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