第37話 視点

「……今さらなに思い出してんだよ」

 自分に対するツッコミ。そのツッコミは誰に届くわけでもない、ただ俺の独り言だった。

 あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

 窓の外を見る限り、まだ夜は明けていないようだった。

 何時かは分からないが、まだあの事件から数時間も経っていないだろう。

 俺が勘違いしたことによって、誘拐された子供を救えなかった事件だ。

 一体、俺はこれからどうやって生きていけばいいのだろうか。

 主人公だと勘違いしていた世界で、俺は自分が主人公ではないことを突きつけられた。

 隣街で英雄のように扱われたから、勘違いをしてしまったのだろ。

 ただこの世界のことを少し知っているだけなのにな。

「智、起きてるか!」

 意識がまだはっきりとしない中、激しく扉を開けられてそちらに視線を向けた。

 その視線の先には慌てた様子のアリシアがいた。

 いまさら主人公顔することはできないが、無視するのは違うと思い、小さく口を開けてその問いに答えることにした。

「ああ、どうした?」

「鈴蘭がいなくなったぞ!」

「……え?」

 予想だにしない言葉に、思わず言葉を失った。

 言葉の意味自体は分かる。それなのに、状況が全く掴めないでいた。

 ただ外出をしているだけ、そんな可能性は微塵も考えていていないアリシアの表情。一体、アリシアが何を危惧しているのか掴めない。

「なんで、そんなに慌てているんだ?」

「なんで? そんなのお前のために何か危険なことをしていないか心配だからだろ!」

 アリシアと俺の言葉の熱量に差がありすぎている。

 アリシアの言っている言葉の意味が分からず、平坦な口調で言葉が漏れ出た。

「なんで鈴蘭が俺のために?」

「何でって、あの反応を見れば誰でもそう思うだろ?」

 あの反応。それが何を示しているのかも分からない。思い当たる節が全くないのだ。

こちらの思考が伝わったのか、アリシアは当然のことを告げるような口調で言葉を続けた。

「智がどつかれたとき、凄い形相でギースを睨んでいただろ?」

「鈴が?」

「宿に向かう道中、ずっと機嫌悪かっただろ?」

 屋敷を出てから、俺の視界は急に狭まっていた。

見えていたのは俺を引いてくれているアリシアの手のみ。ずっと俯きながら歩いていた俺の目には、それ以外の景色が映っていなかった。

自分のことしか考えられてなくて、見えていなかった。

「なんで、鈴が?」

「なんでって、気づかないのか?」

 アリシアの言葉にピンときていない俺に呆れるように、アリシアは言葉を続けた。

「鈴蘭はずっと、おまえのことを見ていただろ?」

「は?」

 俺のことをずっと見ていた?

 確かに、常に俺のことを睨んでいたりしたが、それは俺のことを嫌っていたからだろ。

『おまえのことを見ていた』。その言葉の裏に何かが隠されているような気がするが、その裏側がまるで見えない。

「とにかく、早く見つけよう。じゃないと、鈴蘭のやつ何するか分からんぞ」

 不思議と頭に過るのは、俺に対して冷たい態度をとる妹の姿だった。

 馬鹿にされて、蔑まれて。

それなのに、そんな妹がいなくなると思った瞬間に、それが嫌だと思う自分がいた。

「……何か、手掛かりはないのか?」

「多分、鈴蘭は誘拐犯を見つけようとしている」

「なんでそう思う?」

「今の状況を考えてみろ。兄に元気になってもらおうとする妹なら、それしか考えられないだろ」

「いや、あいつはそんなキャラじゃ……」

 反論をしようとすると、じろりとまだそんなことを言うか、とでも言いたげな視線を向けられた。

 一体、アリシアには鈴がどのように見えているのだろうか。

「分かった。一旦、話を戻そう。誘拐犯に関する情報か。あの教会にいたこと以外の情報なんて、俺は知らないぞ……」

 そうだ、俺の使える知識は全て駆使した。それでも、誘拐犯の方が上手で、俺が敵うことはなかったんだ。

 異世界に転生して、伝説の装備品を手に入れた。そして、この世界で起きることを全て知っているはずだった。

 いくら全ての魔法が使えても、こんなときに役立つチート能はない。

 俺は主人公ではないのだから、何をしても無駄だ。

何もない状況で妹を見つけることは不可能だ。

それだというのに、先程のアリシアの言葉が俺を突き動かす。

 妹が俺のことをずっと見ていた? 俺に元気になってもらいたがっている?

そんなことあるわけがない。あるわけないと分かっているのに、真実を確かめたいという自分がいた。

「くそっ」

 考えろ、考えろ、考えろ。

 俺の書いた小説が元になっている世界。何かしら俺の小説とは異なる点があって、そこから物語が分岐しているはずだ。そこを拾い上げて展開していけば、正解がおのずと見てくるはず。

 本来なら小規模の誘拐犯班を捕えて、このイベントは終えるはずだった。

 それが大規模な誘拐集団に変わっていた。誘拐犯の規模の違いも需要だが、それよりも前から俺の知る話とは異なっていた。

 そもそも、元はリリスなんて少女との接点もなかった。悟が救った貴族の娘とは少し違うのだ。

なぜ、悟達が救うはずではなかった少女を、俺達が救うことになったのか。おそらく、原因があるはずでーー。

「どうかしたのか?」

 そうだ。悟達にはなくて、俺達にはだけあったイベントがあったではないか。

 俺は何かを思い出したように顔を上げると、以前に感じた疑問を口にした。

「アリシアとサーニャ、剣で戦ったらどっちが強い?」

 少しの違和感。そこから何かが手繰り寄せられるような気がした。



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