第35話 思い違い
結論からの述べると、誘拐された子供を救出することに失敗した。
そして、今はその報告のためにギースの屋敷に来ていた。
「失敗しただと?」
俺が掴まされた馬車には誰も入ってはいなかった。
後になって聞かされたことだが、俺が追った馬車とは別の馬車が教会から出ていたらしかった。
廃墟となった教会付近に、真新しい車輪の跡があったらしい。俺の追った方向とは別の方面でそれが見つかったとのこと。
つまり、俺が掴まされた馬車はおとり用の馬車。俺が追ったのを見て、静かに子供達を乗せた馬車が教会を出たのだろうと推測された。
制圧した賊達からも何か情報を聞き出せればよかったのだが、下っ端過ぎて知っている情報がほとんどなかったらしい。
子供達を助けるチャンスを潰し、ただ下っ端を捕まえただけ。
完全な敗北だった。
「なぜ待たなかった?」
太く唸るような声に、この場の空気が凍り付いた。
「貴様が、貴様のせいで娘は!!」
そのままの勢いで、ギースは俺の胸ぐらを掴んだ。押し倒されるかのような力で掴まれ、体がふらついた。
俺を強く睨みつけるギースの表情は、激昂した感情と胸の奥の方にある憎しみをの感情をそのまま俺にぶつけているようだった。
俺を英雄のように見ていた顔は、人殺しにでも向けるかのような歪んだ顔に変わっていた。
言葉が出てこなかった。
何か言い訳の言葉でも出てくればいいのだが、そんな言葉が出てくることもなかった。
俺のせいだと納得していたから。
あのとき、教会に突っ込まないで様子を見ていたら、もう一台の馬車にも気づけたかもしれない。
下手に動かないで、他の隊を待っていれば良かったのだ。それだけで、子供達を救うことができたかもしれないのに。
俺はどこかで、自分が主人公なのだと勘違いしていた。
自分の力を過信して、この世界の主人公だと思い込んで行動をしてしまった。
自分が主人公ではないことなんて、当の昔に分かっていたはずなのに。
「申し訳、ありませんでした」
絞り出したような情けない声が漏れ出る。
ギースに対しても、俺自身に対しても情けない。
みっともない。
「出ていけ……出ていけ!!」
俺から何かしら反論があると思っていたのだろうか。ギースは少し言葉に詰まった後、俺の胸元を強く押した。
ふらつきながらその力に耐えるも、今すぐに膝から崩れ落ちそうだった。しかし、そんな俺を支えながら、手を引いてくれた人物がいた。
顔を上げてみると、複雑な表情をしたアリシアが優しい笑みをこちらに向けてくれていた。
こんなときに支えてくれて、笑みを向けてくれる女の子がいる。まるで、マンガの主人公みたいだ。
自称気味の笑みが零れてしまう。
俺達はギースに背中を見せながら屋敷を後にし、街を歩いた。
いまいち覚えていない会話をした後、俺達は宿屋にたどり着いていた。
心配そうにこちらを励まそうとするアリシアをよそに、俺は疲れたから休むとベッドに入った。
ベッドに入ったからと言って、今日起きた出来事が帳消しになるわけではない。
それでも、起きているときよりは気持ちが楽になると信じたかった。
気遣ってくれる女の子ともまともに会話もできない。こんなのが主人公だなんて笑えてくる。
過信が生んだ結果。
忘れてしまっていた。この世界に来て、俺が主人公になったと勝手に勘違いしていたのだ。
俺は主人公ではない。
悟の代わりに頑張ったところで、この世界の主人公は悟だ。
野球部のエースでもなければ四番でもない。そんな俺が頑張ったところで、誰からも評価をされることはない。
だって、俺は主人公などではないのだから。
瞼の重さに耐えるのも面倒になり、少しだけ目を閉じる。
その暗さに落ちつきを覚え、微かに呼吸が深くなるのを感じた。
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