第33話 主人公

 時刻は夜。

 なぜ夜になってから動き出すかと言うと、人目に付かないように捜索を行うためだ。誘拐犯に捜索隊の存在を知られない方が捜索しやすいとのこと。

 また、人質を連れて場所を移動するのなら相手も夜を選ぶはずだ。

 そんな理由から、夜に捜索をすることにしているらしい。

 捜索部隊の数は多くはなく、俺達を含めて四部隊。俺達が街端を捜索するにあたり、他の部隊が街中や俺達とは反対側の街外れを捜索するらしい。

 一刻も早く例の教会に向かいたかったが、その周辺も調査をすることになり、教会にたどり着いたのは捜索から一時間が経過してからだった。

「結構雰囲気あるな」

 森をかき分けて進むと、一つぽつんと立っている建物を発見した。

 森の中に佇む教会。

 どことなく錆びついた建物の壁は、廃墟の名に恥じぬ廃れ具合。教会だと言われなければ、その存在とは対極にある物かのような雰囲気を感じる。

夜ということもあってか、今にもゾンビでも出てきそうだ。

「ん?」

「どうかしたか?」

「いや、今なんか違和感が……」

 教会の敷地に一歩踏み入れた瞬間、何か別の空間の中に入ったような感覚を覚えた。

俺以外の三人の反応を見る限り、特段おかしいことが起きている訳ではなさそうだが……。

「おかしい、何か変だ」

 一歩踏み入れる前の位置まで戻ってみると、その違和感のような物はなくなった。一歩先か前かで何かが違う。

 腕を胸の前に伸ばすと、その何かの空間に手の平だけ触れているのが分かる。そして、装備をしている腕輪が何かを知らせるように微かに揺れている。

 危機察知能力? いや、この手に触れている箇所に反応しているということは、この空間に何かが仕込まれているということか。

「結界か? 試してみるか」

 目の前にあるこれが結界だとすると、この教会に何か人に見られてはいけない物があるということになる。

 結界を張ってまで隠さなくてはならない物。それが誘拐犯絡みだとすると、確かめる必要があるな。

「『結界解除』」

 目の前の空間の異物を除くようなイメージと共に口にした言葉。その言葉を皮切りに、教会を囲っていた何かが音を出して砕け散った。

 俺達の正面にあったはずの教会は姿を消し、少し離れたところに同じような別の教会が姿を現した。

 というよりは、本来の教会を発見できたということだろう。

 どうやら、俺達が見せられていた教会はただの更地だったようだ。

「結界だと?」

 自分が見ていた物が幻だなんて思いもしなかったのか、アリシアは驚くように声を漏らした。

「いよいよ怪しいな。気を抜くなよ?」

「分かってる」

 妹は結界の存在に気づけなかったことが不服だったのか、その感情を視線に乗せてこちらに飛ばしてきた。

 その視線を流しながら、アリシアにも目配せをして突入の意思を伝える。アリシアが小さく頷いたのを確認し、俺は再度教会の方に向き直った。

「まて」

 本物の教会の方に足を踏み入れようとした瞬間、サーニャが静かに呟いた。

 振り返ってみると、いつになく真剣な表情をしている。

「どうした?」

「相手の数が分からん状況でツッコむのは得策ではない。結界があったのが分かっただけで十分だ。一旦引いて、他の隊と合流してから突入しよう」

「結界を壊した時点でバレてるだろ。今すぐいかないと逃げられる可能性がある」

「そうだとしてもだ。数人をここで監視させて、体勢を立て直した方がいい。こちらは四人しかいないんだぞ?」

 確かに未知の場所で未知の敵と戦うのは危険が多すぎる。

 それでも、今この時を逃したら誘拐された子供を救えないかもしれない。

 ふと、ギースの希望にすがるような表情を思い出した。

 その表情が俺の中の何かを駆り立て、動けと命令しているようだった。

「……これだけいれば十分だよ」

「おい!」

 俺はサーニャの声を振り切り、教会に向かって走り出した。

「くそっ、アリシアあいつらを見張ってろ。私は他の隊を呼んでくる!」

「わ、分かった!」

「ねぇ」

 後ろで聞こえる声をそのままに、教会に突っ込もうとしていると、やけに近くで俺を呼ぶ声がした。

 不意のスタートダッシュに対しても、ついてこれる人物はこの中には一人しかいないだろう。

「サーニャさんの言うこと聞かないでいいの?」

「ああ、ギースのおっさんのためにも頑張んないとなんだよ」

「……そう」

 珍しく俺の言葉に引いた妹の態度が気になるが、今はそれよりも目の前の問題だ。

 サーニャの言い分にも正しいものがある。しかし、それは相手の規模と戦力が未知数だった時の話だ

 俺は知っている。悟が誘拐犯と戦ったシーンを書いたのはこの俺だ。

 相手の数は数人程度。俺一人でも十分に戦える人数のはずだ。

 それを知っていて、チート能力を手にしているこの状況で躊躇う理由はない。

 そんなことを考えながら、俺は勢いそのままに教会の扉を荒々しく開けた。

「は?」

 扉を開けた瞬間、そんな声が漏れ出た。

 俺の脳内のイメージとは異なる景色が広がっており、一瞬思考が停止させれられた。

 教会の中には二十程の武器を装備した男達がいた。

 椅子や教壇に腰かけている者達や、床に座り込んでいる者達がこちらに振り向いている。

 田舎のヤンキーのような集団で屈強な戦士とは程遠い。問題は一人一人の強さではなくその数にあった。

 俺が知っている物語では誘拐犯の人数は数人だったはずだ。それがどうしてこんな大人数になってんだ?

 俺達の目の前には、三十人程の賊と思われる集団がいた。

「なんだお前ら?」

 突っ込んできたはいいが、こちらが戸惑っていたからだろう。リーダー格風の男がこちらに向かって声を上げた。

不意を突いたつもりだったが、こちらが不意を突かれる展開になってしまった。

「おまえ達か、子供達を誘拐しているのは?」

 普段ヤンキーなんかと対峙したことのない俺だが、妹の前ということもあり虚栄で声を上げた。

 しかし、その心の中を見透かしたようにリーダー的な男は笑みを浮かべた。

「答えるわけないだろうが!」

 こちらに負けるはずがないほどの声量をきっかけに、目の前の集団は抜刀をしてこちらに向かってきた。

 なるほど、実力行使がお好みらしい。

 そっちがその気なら話が早い。

 イメージしたのは中型のモンスターを一撃でやっつけた魔法。爆発する火の玉をイメージしてーー。

 いや、そんな攻撃をしたら、こいつら死んじゃうんじゃないか?

「やばっ」

 こちらが躊躇したことなど知らず、不良のような賊がこちらに剣を振り抜こうとしていた。一歩引こうとしたところで、強化魔法をかけ忘れていたことを思い出す。魔法が掛かっていない状態で、一歩下がっても剣を避けられるほどの距離は取れない。

 一歩下がったことなどお構いなしに、男は俺に向かって剣を振り抜いた。

 まずい、このままだと強化魔法が間に合わなーー

「何してんの?」

 平坦なトーンが耳に届いたと思った瞬間、目の前の男が吹っ飛んだ。

 まるでハエでも払うかのような軽い払い。飛ばされた男は壁に強く体を打ち付け、何が起きたのか分からないといった様子でその場に倒れこんだ。

 その妹の一撃でがらりと雰囲気が変わり、不良のような賊の毒牙が抜かれたようだった。

 どうやら妹の一撃は、賊達の勢いごと刈り取ったらしい。

 一瞬、何が起きたか分からなかったが、剣を片手に振り向いた妹の姿を見て現状を把握した。

 俺が賊に切られるよりも早く、妹が剣を抜いたのだ。

「悪い、助かった」

「殺さないようにして、逆に殺されないでよ」

「まったく、その通りだ」

 俺は先程降りかかってきた男が手にしていた剣を拾うと、その切っ先を集団に向けた。

「『肉体強化』」

 体の感覚が鋭くなっているのが分かる。

肉体強化の魔法をかけた体だ。さすがに妹ほどではないにしろ、こんな賊達相手に負けることはない。

「一気に叩くぞ」

 そう妹に告げると、俺は地面を強く蹴った。

 その次の瞬間には、相手の懐に入っていた。

 目の前の男は俺が移動して一拍の間、俺のことを目で追えていなかった。その流れのまま、俺は剣で相手の横腹に打撃を加えた。

 斬撃ではなく、峰で殴るような打撃だ。

 その攻撃を受けて、男は声を上げて倒れ込んだ。何か鈍い音がしたから、何本か骨が折れたのかもしれない。

 その相手をそこに置き去りに、俺は俺達を囲む賊に向かって突っ込んでいった。

 おそらく、俺と妹なら場を制圧するのに一秒もかからない。ただ、それは相手の生死を問わない場合のみだ。

 相手が誘拐犯かも判別できない状態で、皆殺しをするように相手を制圧することはできない。

 それに、俺達に人を殺めるほどの度胸もない。

 よって、完全に制圧をするのに少々時間がかかってしまう。

「らしくないな。こんな者達に手こずるなんて」

 俺達に追いついてきたのか、俺に襲い掛かろうとした相手をアリシアが振り払った。

 鞘のついた状態で相手の頭部や首元を容赦なくぶっ叩いている。

 その軽やかな剣さばきに思わず見惚れそうになっていると、アリシアと目が合ってしまった。

「ブランクがあるんじゃなかったのか? すっかり現役みたいじゃないか」

「馬鹿言え、現役の私だったらこんなに剣筋が鈍くはない」

 そう言いながらも、アリシアは次々と賊を無力化していく。対人戦闘に慣れていない俺達からすると、アリシアの援護はでかい。

 想像よりも苦戦するかもしれないが、この調子だと制圧する分には特に問題はなさそうだ。

 そんなことを考えていると、突然隣にいたアリシアが顔を険しくしてこちらに振り向いた。

「馬車の音だ! まずいぞ智!」

 切羽詰まったような表情でアリシアが大声を上げた。確かに耳を潜めると、馬車のような音が聞こえないことはない。

「確かに聞こえるな。聞こえるけど、何でマズいんだ?」

「分からないのか! 人質を運び出されているかもしれない!」

 そこまで言われて、ようやくアリシアの言いたいことが飲み込めた。

 誘拐した子供。誘拐犯側からしたら、それは莫大な資産である。

 その資産を押収されそうになったらどうするか。そこまで考えが回っていなかった。

「そういうことか、くそっ」

 戦力で敵わないなら、資産だけでも持ち逃げするに決まっているだろう。

 なぜそんな簡単なことに気づけなかった。

「この場を二人に任せていいか?! 俺は馬車を追う!」

 アリシアの頷きを確認し、俺はこの場を後にすることにした。最悪、この場は妹一人でもなんとかなるだろう。アリシアが残ってくれるなら何も問題はないはずだ。

 教会の外に出て、辺りに目を向けてみる。しかし、森が茂っているせいか、すぐに目視で見つけることはできなかった。

 マズい、完全に後手に回ってしまっている。

「どこだ⁉」

 耳を澄ますと、まだ遠くの方で馬車の音が聞こえる。

 今はこの音を頼りにするしかないか。

 俺はその音を頼りに、教会の敷地の外へと飛び出した。

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