第32話 知っているはずの世界

「セカンダリって、あの魔物に襲われた街だろ? 国家騎士団が撤退する程の魔物と聞いたが?」

 俺達はギースの屋敷を後にし、再びリリスの屋敷に戻って来ていた。

 客間を占拠しながら、本日の捜索範囲の打ち合わせをしていると、サーニャが思い出したようにそんなことを口にした。

「確かにあれだけ量が多いと、国家騎士団でも勝ち目がないだろうな」

「それを倒したのか? 二人で?」

「まぁ、そうなるな」

「……とんでもない化け物だな」

 サーニャはそんな言葉を静かに漏らした。

 街のマップに目を落としたサーニャの顔色は窺えない。誉め言葉のつもりだったのかもしれないが、その声色があまり前向きな物には思えなかった。

「それで、どこを捜索したんだ?」

 話が脱線しかけたのみかねてか、マップを眺めていたアリシアがそんなことを口にした。

その一言を境に、俺達もマップに視線を落とした。

「ああ。とりあえず、印を付けたところは全部だ」

 机の上に広げたマップには街の詳細な地図が示されており、物置や倉庫のように大きな建物を中心に赤丸が付けられていた。

 そのマップは大体の箇所に書かれており、丸が書かれていない所の方が少ない。

 街中、街の外の森、多くの箇所に丸が付けられている。

「街の中はほぼ全て捜索したってことか」

「まぁな。捜索隊が結成されてから結構時間も経つからな」

 アリシアとサーニャが捜索場所の議論を交わす中、俺はそのマップを見ながら目的の建物を探していた。何となくの場所を指でなぞって見つけようとするが、中々見つけることができない。

「たしか、この付近に教会がなかったか?」

「ここだろ?」

 俺の問いかけに対して、サーニャが赤丸の付けられている大きな建物を指さした。

そこが教会らしいのだが、その大きさと位置に少しの違和感を覚える。

「もっと森の奥の方にあった気がしたんだが」

「ここ以外に教会はないはずだが?」

 俺の記憶が正しければ、誘拐犯のアジトはこの街にある教会だ。確か、森の中の方にあった気がしたのだが。

 サーニャが指さした場所は、人目に付きそうな街の中心部。俺の知っている教会とは異なる建物のような気がする。

「ああ、跡地の方じゃないか?」

「跡地?」

「昔使われていた教会だ。老朽化が原因で今は使われていないがな。ここら辺にあった気がしたが?」

 アリシアが記憶を頼りに、大体の場所を指さした。

 しかし、その位置はぎりぎり地図に含まれないくらいの位置だった。位置的に森の中にありそうだが、建物がそこにあるのかどうかも分からない。

「なぜ教会なんだ?」

「……でかいし、そこって廃墟なんだろ? 廃墟っていえば悪い奴らのたまり場だしな」

 さすがに地図を見るなりピンポイントで教会を探し出したら、疑問にも思うよな。

ここで賊の隠れ家を知っているとド直球を言うわけにはいかない。そんなことを口にしたら、なんで俺がそのことを知っているのかと問い詰められてしまう。

どんな言い訳をしても、何かしらの疑いの目を向けられてしまうだろう。

それだけは避けたい。

「ああ、端にある跡地か。そこはすでに調査済みだ。誘拐された子供も賊もいなかったぞ」

「いなかった?」

「ああ。私もそこは怪しいと思ってな。以前捜索隊を手伝うことがあったんだ。そのときに、私が調査した」

 そんなことあるはずがない。

 確かに、誘拐犯たちはその教会にいたはずだ。

いや、もしかしたら拠点を移したのかもしれない。

ずっと同じ場所にいるよりは、場所を転々とした方が安全だ。悟が助けに行かなかったから、すでにアジトを移動したのかもしれない。

「それでも、そこをもう一度調査したい」

 その場にいないとしても、過去にそこにいたことは事実だ。それならば、何かしら彼らの手掛かりになる物が残っているかもしれない。

「一度調査をしたところを調査しても仕方がないだろ」

「一度調査した場所だから、そこに戻っていても気づかれないだろ?」

「……一理ある。分かった。ただ一刻を争っている。そこだけを調査するわけにはいかない」

 そういうと、サーニャは教会の跡地のある場所周辺に大きな円を描いた。

「ここら辺一体を私達が担当することになる。再調査も大事だが、まだ見れていない箇所の調査もする必要があるんだ。それでもいいな?」

「ああ。それでいい」

「操作する場所は決定したな。私は一旦、ギース様に今日の捜索範囲を告げてくる」

 そう言い残すと、サーニャはその場から去っていった。

 本来いるはずの場所に、誘拐犯たちはいなかった。

 どうやら、今回も簡単に物事が進まなそうだ。

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