第31話 主人公に向けられる視線

リリスという貴族の娘を賊から救い出した日の夕方。俺達は別の貴族の別荘に招待されていた。

 リリスの住んでいる屋敷よりも一回り大きい屋敷。この街でも有数の権力者なだけあって、屋敷の広さとメイドさんの多さはリリスの屋敷の比ではなかった。

 リリスの屋敷の執事長曰く、この屋敷に住む子供も誘拐の被害にあったらしい。

警察への要請、国家への捜索の依頼は犯人側から止められており、独自に結成した捜索団によって捜索をしているとのこと。

 言伝によって集められた被害者の会からなる捜索隊らしい。

 そうは言っても、被害者の全ての貴族がギースの捜索隊に手を貸しているわけではない。貴族の中にも派閥が分かれているため、ギース側に付かない貴族達は別で捜索隊を結成しているとのこと。

そのため、ギースの捜索隊の数は多くない。その代わり、精鋭が集められているとのこと。

 サーニャはたまに捜索隊を手伝っていたらしいが、今回の一件があり、サーニャも本格的にその捜索隊に加わることになった。

今回はその流れで、俺達も加えてもらえることになったのだ。

「以上の理由から、サーニャ、智、鈴蘭、アリシア。捜索隊に加えさせていただきたく思い、参上しました」

 客間に迎えられた俺達は、大きな椅子に座る家主に迎えられていた。

「協力感謝する。そうか、ベルモット殿の所に手が伸びたか」

 考える素振りで小さく頷いたギース。彼は何か思う所があるのか、小難しそうな顔を俺達に向けていた。

「その者達は?」

「旅の者です。私達を危機から救ってくれた方でして、一時的ですが捜索隊に参加したいとのことです」

「ほぅ」

ギースは感心するように小さな声を漏らすと、俺達の方へと視線を向けた。

上から下まで俺達を観察する様子は興味深いというよりは、何かの疑いをかけるかのような視線だった。

その視線に対し、思わず言葉が漏れてしまった。

「私達が賊の仲間かどうか、疑っているんですか?」

「……察しが良いな」

「ぎ、ギース様。この者達は私とリリス様を救ってくれた恩人ですよ。私のことを信じて頂けないということですか?」

「いや、サーニャ殿を疑っている訳ではない。もちろん、ベルモット殿のリリス嬢を救った方を悪くは言いたくはない。それでも、素性の知れぬものを信頼できるほど、今の私の心は穏やかなものではないのだよ」

 穏やかではない? その言葉が引っかかり、ギースの顔を覗き込んだ時に気づいた。

 ただ彫が深いだけかと思っていた目元。だが、よく見るとそこまで彫が深いわけではない。目元のくぼみのような物は、目の下のクマが原因だったのだ。

浮き上がっているような頬骨、歳の割に多すぎる白髪の割合、光を失った覇気のない瞳。枯れるようなハスキーな声色も先天的ではなく、後天的な物ということか。

娘を誘拐された心労がギースの姿を変えたのだ。容姿を変貌させるほどの心労を与えられている状況。

とてもじゃないが、人を信じれる心境ではない。何か裏があると思われるのが当然だ。

 こちらの素性が知れない以上は、捜索隊に参加をさせてはくれないだろう。

 原作通りならむしろ歓迎されていたはずだが、ギースの娘が誘拐されてから月日が経ちすぎていたのが問題か。

どうやら、簡単に捜索隊に加えてはもらえなさそうだ。

「分かりました。それなら、俺達は俺達で誘拐犯を探します。最低限の情報交換だけして、別で動く別動隊だと思ってくれて問題ありません。それなら、問題ないでしょう?」

 実際、悟も捜索隊に加わってはいたが、捜索隊に加わらなくても誘拐犯を見つけることはできたと思う。情報が少ない分、時間は掛かるが仕方がない。

 それに、俺はこの物語の作者だ。正直、捜索隊が知っているような情報は聞くまでなく知っている。

 正規のルートで物語を進めようと思ったが、無理なら仕方がないだろう。

「お待ちください、ギース様。この者達は中型のモンスター数体を一撃で倒した者です。捜索隊の数を考えると、彼らの力は必要かと」

「中型を一撃で?」

 ギースの顔が訝し気な物を見る目に変わった。

 驚いているというよりは、サーニャの発言を疑うように眉をひそめている。

「熟練の冒険者なのか?」

「いえ、新米冒険者らしいですが」

「腕利きの新米?」

 サーニャの言葉を反芻したのち、ギースは何かを思い出したように目を見開いた。音を立てて椅子から立ち上がると、声を大にして言葉を続けた。

「もしかして、セカンダリを救ったっていう冒険者か⁉」

 距離間がバグってんのかと言いたくなるほどの大声に引きながらも、強く向けられた視線に急かされる形で言葉を続けた。

「え、ええ。多分それ俺達です。あれ? 救ったのって昨日だよな? なんでもう知られてんだ?」

「一昨日でしょ。昨日は誰かさんが酒で潰れてただけ」

「あ、ああ、そうか」

 俺は妹から向けられたじろりとした視線から逃れるように、視線を逸らした。

 確かにそうだった。あの街を助けたのは一昨日のことだったか。自ら藪蛇を突いてしまったことに反省する。

 いや、そうだとしても早過ぎはしないか?

現代日本でもないのに、こんなに早く俺達の噂が広がるなんてことあるのだろうか。

「セカンダリのギルドから緊急要請の取り下げがあったと聞いてな。捜索体のことがあるから、ギルドで情報収集をやらせているんだ。異常に強い兄妹の冒険者がいるという噂、あれが誠だったか!」

 俺達に向けられていた視線はいつのまにか期待に満ち溢れた物へと変わっていた。

 その希望に突き動かされたかのように、ギースは俺達の目の前にくると、強く俺の両腕を掴んだ。

 ギースの腕が震えているのは、心の衝動が抑えきれなくなっていたからだろう。

「お願いだ! 私の娘を救ってくれ!」

まるで、ヒーローにでも縋るかのような態度。

 あの街を助けた影響がこんなにも人の態度を変えるとは。

 ギースから伝わる本気の言葉に、俺の心も震えていた。

 助けたい。そう心から思う気持ちが俺の行動を後押しした。

「任せてください」

 そう言った俺の言葉の裏に別の感情があったなんて、この時の俺は一ミリも気づけていなかった。


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