第30話 依頼とイベント

「挨拶が遅れました。私、ベルモット・リリスと申します。助けて頂きまして、ありがとうございました」

「お、おぅ」

 しっかりしている言葉遣いに対して、舌足らずな言葉。

 柔らかそうな頬は突けば柔らかい音を立てそうで、思わず手が伸びそうになる。

 膨らみを知らない胸元と身長から、彼女がまだ子供であることを確認できる。

 現代日本で言う所の小学四年生くらいの年頃だ。

 危ない所だった、俺がロリコンだったら手を出していたかもしれない。

「……ロリコン」

「ちがう、この状況でその発言はマジで違う」

 どうやら、兄のことを嫌いな妹は兄を社会的に抹殺したいらしい。

 洒落にならんぞという視線を妹に送るも、その視線を弾き返すほどの目力で睨まれてしまった。

 その視線の中に軽蔑の色が混じっている気がして、いたたまれなくなる。

 これでは、俺が本当にロリコンみたいじゃないか。

 俺達は今、リリスのお屋敷でお茶をいただいていた。助けてくれたお礼ということで、俺達にお茶の席を設けてくれたらしい。

 用意されたお茶を一口啜ると、お茶の風味が口いっぱいに広がった。元の世界で言う紅茶のような味なのに、気品のある風味のせいか初めて飲んだ物のように感じる。

 ティーカップのデザイン的にも、今飲んでいる物が高価であることが見て取れた。

 ちらちと対面に座るリリスに視線を向けると、その隣に立っている男性の眉がぴくりと動いた。

 白髪交じりの長身の男。現役でラクビーでもやっているのではないかと思うほど体つきががっしりとしている。

 もしかしたら、妹のロリコン発言を本気にして俺を警戒しているのかもしれない。 

貫禄のある風貌からも、冗談が通じない相手なのかもしれないな。

 こちらの様子を窺っていた男性は、俺がティーカップをソーサーに戻したのを確認してから口を開いた。

「この度はリリス様を助けて頂き、ありがとうございます。私、執事長をやっている者です。しばらく家主が外しておりまして、家主に変わり代表してお礼を言わせてください」

「いえいえ、そんなことーー」

少しばかり謙虚な姿勢で対応をしようとしたところ、そのお礼の対象がこちらに向いていないことに気がついた。よく見るまでもなく、男の視線は妹へと向けられていた。

……もしかして、俺はただの命の恩人の連れとして招かれただけか。

 実際、リリスを襲おうとしていたモンスターを倒したのは妹であって、俺はその場に居合わせただけだった。

 当然、サーニャから見てもそうだったわけで、それを聞かされているこの男も俺に対しては同じ印象を抱くだろう。

 妹はぺこりとお辞儀を一つすると、気まずそうにお茶を啜っていた。

 執事長さんが話をしたいのは妹のはずなのに、当人である妹は静かにお茶を啜るだけ。

 このまま俺が黙っていたら、ただ時間が過ぎてお茶会がお開きになるかもしれない。

 それならば、こちらから仕掛けてみるのもいいかもしれない。

「最近、ここら辺で誘拐が多発しているらしいですね?」

「ええ、他の屋敷でも子供が攫われたという噂は聞いております」

 リリスが狙われたこともあって、他人事ではないのだろう。

 執事長はため息交じりに誘拐事件のことを話してくれた。

 話を聞く限り、俺の知っている通りの事件だった。

 貴族を対象に身代金を要求してくる誘拐。

事件が起こる頻度や狙われる対象が中級階級の貴族であることから、そこまで大きな組織でないことまでが分かっているとのこと。

 今回の事件に関しては、アリシアの時のような物語から逸脱している展開ではないらしい。

 それなら、十分に対応することができるだろう。

「それならば、なぜこんな時期に遠出を? なにか緊急の用事でもあったんですか?」

そんなに誘拐が多発している状態で、なぜ馬車に乗って移動なんてしたのか。

この時期にそんなことをするなんて、自ら狙われに行っているとしか思えない。

「遠出と言っても、そんなに遠くに行くつもりはありませんでした。少し街の外を散歩させただけですよ。この子もまだ小さいので、ずっと家にいるのも退屈なのですよ」

 小さいといわれたことを気にしているのか、リリスはその評価に対して不満そうに頬を膨らませた。

 微笑ましい表情に口元が緩みかけたが、妹の視線が気になり口を強く結んだ。

「それにしても、本当に助かりましたよ。この街には観光ですか?」

「いえ、この街で誘拐が多発していると聞いたので、力になれればと思いまして」

「力になる……雇い主を探しているということですか?」

「雇い主?」

 なんで今の流れでそんな話になるのだろう。首を傾げてその発言をかみ砕こうとするが、執事長の言葉の意味が理解できない。

「ボディーガードとして雇ってもらうためではないのですか?」

「あー、いえ、そういう訳ではないですよ。ただ力を貸したいと思って」

「……なぜ、そのようなことを」

「なぜ、ですか」

「兄の、趣味なんです」

 俺が言い淀んでいると、静かに妹がそんなことを口にした。

 アリシアに聞かれたときと同じ回答。

 静かながらにその言葉には重みがあり、文字通りの意味合いには感じられなかった。それでも、執事長はその言葉に納得したように声を漏らした。

「趣味、ですか」

 執事長の男は少し考えると、小さく頷いた。

「……サーニャ様。この人達をあの方の所へご紹介してみては?」

「そうですね。ぜひ戦力になって頂きたいです」

 話を振られたサーニャはそのことについて事前に考えていたのか、執事長の意見に早々と頷きを見せた。

「あの方っていうのは?」

「誘拐犯を撲滅しようとしている筆頭の方、ギース様です」

 ギースという名には聞き置覚えがあった。

 確か、この街の貴族の中でも大きな権力を持った貴族で、悟達に手を貸した貴族の名前だ。

 ということは、悟達が歩むはずだったルートを通っているということになる。

 俺の知っている物語。俺が昔書いた小説通りのルート。

 ようやく、この世界の作者としての知識を活かせる展開が来た。

 こうしてアリシアを救った第一幕が終わり、俺達の第二幕がスタートした。

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