第29話 記憶との解離
「ベルモット家を知らないだと?」
「……聞いたことはないが、確かに付けそうな名前ではあるか。ベルモットって、なんかぽいしな」
「ぽいとかそんなもんじゃないだろ! 名家だぞ?」
「そんなこと言われても」
俺達は飛び出してきた馬車に戻り、リリスという女の子が乗る馬車の後ろを走っていた。
モンスター達に襲われ、護衛はサーニャという騎士以外は死んでしまった。さすがに、一人でリリスという女の子を護衛するのは無理だという判断から、態勢を立て直すためにも一度屋敷に戻るらしい。
その帰路についてくことになった馬車の中、アリシアは呆れたような表情で俺達兄妹を見比べていた。
「驚いた。どこの出身だ?」
「埼玉」
「サアイタマ? 知らないな、そんな地名あったか?」
「いや、サアイじゃなくて、サイ……いや、どっちでもいいか」
どうせ知るはずがないだろう。
アリシアには嘘ではない範囲で、埼玉が中途半端な田舎であることだけを告げておいた。
どうせこの世界にはない地名だしな。
聞き覚えがないはずの地名を思い出そうと頭を捻らせるアリシアの様子を眺めていると、徐々にミドルシティが近づいてきた。
一瞬どうなるかと思ったが、アリシアの仲裁のおかげもあり、無事に貴族の人の家に招かれるイベントを発生させることができた。
あとは貴族の娘の親から感謝をされ、腕が立つことを買われる。そして、そのまま貴族の子供ばかりを狙う誘拐犯を捕まえ、貴族連中に一目置かれる。
それが俺の知っているシナリオだ。
アリシアの時と違って、順調に事が進んでいるような気がする。
まぁ、毎回イレギュラーなことばかり起きても対応できないんだけどな。
「ミドルシティに入りますよ、お客さん」
「お、ついに着いたか」
御者のおじさんの声を待ちに待っていたかのように、俺達は窓の外に顔を覗かせた。その目の前に広がる景色に対し、一瞬言葉を失ってしまった。
セカンダリへの道にあったような床畳ではなく、きちんと舗装されている道。階数が高いクリーム色をした数々の建物。
広場の中心には噴水が設置されており、所々には緑が植えられている。
活気のある商人の声や、待ちゆく人々の声がBGMのように心地よく、街の雰囲気にもどこか気品がある。
この世界に来て初めての商業都市。
当然、心が躍らないわけがない。
「……すごいな」
「オリジンやセカンダリとは比べ物にならないだろ?」
「ああ、気品が違うというか街自体にも品格があるな」
街の様子を興奮したように眺めていると、どことなく視線を感じることに気づいた。俺達がその場を過ぎ去ると、その場にいる人達がこちらに不思議そうな視線を向けてくる。
「なんか見られてないか?」
「ミドルシティに来るにしては、馬車が貧相だからだろ。とても貴族の馬車の後ろを走る感じではない」
「あー、なるほど」
前を走る貴族御用達の馬車に比べ、こちらは壊滅寸前の街が貸してくれた馬車。
当然、並んで走れば違和感しかないだろう。
それゆえのこの視線か。
「貧相な馬車で悪かったですね。ほら、着きましたよ」
御者が冗談交じりにやさぐれた発言をして、馬車を停止させた。
御者の冗談に笑いながら馬車を降り、正面に目を向けた。
貴族のお屋敷。そのワードを聞いた時から、何となくでかい家なのだろうという想像はしていた。
しかし、実際はその想像の数倍の大きさの建物がそこにあった。
クリーム色をした西洋造りのお屋敷。敷地の中には小さな子供なら十分に泳げるであろう大きな池がある。
平屋のように広い建物が三階建てで立っているのだ。日本ではお目にかかることができないほどの豪邸に驚きを隠せないでいた。
「あら、サーニャさん。もう御戻りですか?」
豪邸の玄関口には買い物帰りと思われる少女が立っていた。古風なメイドスタイルの恰好で、スカートをひらめかせている。
「もしかして、リリス様が何か忘れ物をしたんですか?」
その少女はサーニャとご近所話をするかのように、くすりと笑った。しかし、その笑顔を向けられたサーニャは表情を固くしていた。
「いや、先程賊に襲われてな。護衛を四人も殺された」
「え⁉ それでは、他の方たちは……」
「ああ、殺された」
その言葉を聞いた瞬間、少女の顔から血の気が引けていくのが見て分かった。
サーニャが事の顛末を少女に告げると、その少女は慌てたように屋敷の中に入っていった。
遠くから彼女達の会話を聞いている中で、少し気になった点があった。
サーニャは少女に賊に襲われたと告げていたのだ。
俺にただ野生のモンスターに襲われたのかと思っていたのだが、サーニャはなぜ賊によるものだと断言をしていた。
「アリシア、なんでサーニャはモンスターに襲われてことを賊に襲われたって報告してんだ?」
「ん? 賊が使役していたモンスターだろ、あれは」
「え? そうなのか」
アリシアは何を言っているんだとでも言いたげな顔で、こちらに訝し気な顔を向けてきた。
そんな顔で見られても、俺のサーニャの発言に対する疑問が晴れることはなかった。
「……首輪」
俺がアリシアと見つめ合っていると、どこかぼそっとしたような声が聞こえた。見てみると、何に対してか不満げな顔でこちらを見ている妹がいた。
「そうだ。あれは従属させるための首輪だ。モンスター使いがモンスターを使役する際に使う奴だな」
「モンスター使い?」
「モンスターを使役させている者だ。なんだ、モンスター使いに会ったことがないのか?」
「俺の出身地では見たことなかったな。埼玉にいたか?」
「いるわけないでしょ」
冗談じみた声色で妹に質問を投げかけてみたが、その言葉をどこかに放り投げるようにスルーされてしまった。
それでも、無視されないということは、多少は機嫌が良くなったのだろう。
いや、そんなことよりも気にしなければならないことがある。
俺の記憶にある誘拐犯は、そんな設定だっただろうか?
モンスター使いの誘拐犯。そんな特徴的な設定を俺が忘れているとでも言うのだろうか。
「客人よ、歓迎するから客間まで来て欲しいんだが」
「ああ」
話を通したと思われるサーニャが俺達の元に来て、そんな言葉を投げかけた。
どこか引っ掛かりを覚えながら、俺達はサーニャの後をついていく形で屋敷の中へ入った。
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