第28話 新たなイベント②
「ちょっと、お客さん!」
「お、おい待て!」
先頭を走るアリシアに続く形で、俺も走る速度を上げる。
しかし、肉体強化の魔法だけではアリシアとの距離を詰めることができず、ただアリシアを追うだけの構図になる。
「見えた」
馬車が一台。それを囲むように中型程のモンスターが馬車を取り囲んでいる。
その中心には騎士と思われる人達が二人立っている。俺達が追い付くよりも早く、そのうちの一人が倒れ込んだ。
俺が炎の魔法を唱えようとしたよりも早く、アリシアはモンスターに囲まれている馬車の場所まで到達するや否や、剣を引き抜いた。
引き抜いた瞬間、周囲にいたはずのモンスター達が吹き飛ばされた。
妹の斬撃を食らったのだ。斬撃を食らった箇所は綺麗に真っ二つに切り裂かれた。
遅れて到着した頃には、モンスター達は一匹として立っておらず、妹が対峙したモンスターの死骸だけがあった。
また俺の活躍の場は奪われてしまったらしい。
……これなら俺来なくても良かったな。
「な、なにものだ!」
俺達の乱入に対して驚いたのか、モンスターから生き延びた一人の女騎士が声を上げた。
銀の甲冑をまとった女性。肩の位置で揃えられた緑色の髪が特徴で、どことなく大人びて見える。
俺達と年齢はそんなに変わらないように見えるが、どことなく垢ぬけている。
俺らを警戒してか、向けられた視線には鋭い敵意が感じられた。
颯爽と現れ、周囲のモンスター達を一等打尽にする少女。異常な強さを持ち、素性も分からない奴らが目の前にいるのだ。
警戒するなという方が無理というものだろうだろう。
「えーと、怪しい者じゃないですよ」
おそらく、今妹が誤解を解こうとしても無理だ。
モンスターを軽く一蹴するような奴の言葉に、耳を傾ける者はいないだろう。
そう思い、下手くそな愛想笑いと共に二人の間に割って入ろうとしたところ、女騎士の切っ先がこちらに向いた。
どうやら、俺も警戒の対象に含まれているようだ。
俺も妹も警戒されたこの状況で、どうやってこの少女の警戒を解けばいいのだろうか。
そんなことを考えていると、周囲に倒れている人達が目に入った。
おそらく、そこで真っ二つになっている狼のようなモンスターにやられたのだろう。倒れている騎士たちは皆、深手の傷跡があった。この傷跡が鋭い爪で付けられた物だということが見て取れる。
俺はすぐ側に倒れ込んでいる騎士の側に片膝をつき、傷跡に触れた。回復魔法を使おうと脳内でイメージをしようとしたとき、女騎士の甲冑が大きく揺れる音がした。
「待て! 一体、何をする気だ!」
「何をって、この人たちを救うんですよ」
「やめろ、今すぐその者から離れろ」
「何言ってんですか?」
「知りもしない奴に変な魔法をかけられてみろ。それこそ、アンデットにでもされかねない」
「いや、そんなことしませんよ。ていうか、早くしないと本当に死んじゃいますよ!」
こちらの必死の呼びかけに対し、彼女は倒れている騎士達をちらりと確認した後、再び剣を力強く握りしめた。
「はやり、回復魔術師ではないな。その者が死んでいることが分かないのだからな」
「は? 死んでる?」
ぎりっと奥歯を噛む音がこちらにまで聞こえてきそうな顔で、女騎士はそんなことを口にした。
そう言われて倒れている騎士の手首を掴んでみる。
どれだけ長く手首を掴んでみても、脈を感じることはなかった。
「ほんとだ」
「さて、貴様らは何者だ? 何が目的でここに来た?」
女騎士は再びこちらに切っ先を向けると、臨戦態勢に入った。返答次第ではすぐにでもこちらに剣を振ってくるだろ。
……どうしたものか。
この間合い的にも、力的にもこちらの方が有利のはずだ。
ちらりと女騎士の後ろに目を向けると、護衛していたであろう馬車が視界に入った。壊滅的な護衛達に対し、馬車の方は傷一つ付けられていない。
おそらく、あの馬車の中に護衛を頼んだ依頼主がいるのだろう。護衛を付けるくらいだから、貴族の可能性が高い。
ここで俺達が女騎士を力で抑え込んだとして、依頼主からしたら野蛮な俗が護衛を無力化したとして映るだろう。
そうなると、誘拐犯を捕まえるどころか、俺達が誘拐犯扱いを受けるかもしれない。
女騎士の誤解を解いて平和的に解決をすること。それができなければ、展開は悪い方向にしか進まなくなる。
これだけ警戒された状態で、平和的解決なんてできるのだろか?
「おい、待てと言っただろ!」
俺達が女騎士と向かい合っていると、そこに遅れる形でアリシアが追い付いてきた。
想像よりも早く追いついたものだ。
俺達と結構な差がついていたはずだったが、元国家騎士団副団長としての筋力は健在なのかもしれない。
追いついたアリシアは、俺に対して不満げに睨みを効かせた。
「なぜそんなに突発的に動くんだ? 私がいるってことをもう忘れたのか?」
「……貴様、アリシアじゃないか?」
「ん? あれ? サーニャじゃないか」
サーニャと呼ばれた女騎士は、アリシアの姿を見つけると僅かながら敵意を抑えた。
意外過ぎる展開に付いて行けず、頭が少し混乱する。
「え? 知り合い、なのか?」
「ああ、昔の学友だ」
当たり前のように話すアリシアに対し、こちらは驚きを隠せないでいた。
そして、それは相手も同じだったようで、こちらと同様に驚きを隠せないでいる。
「アリシア、この者達は?」
「冒険を共にし始めた者達だ。先程、この馬車が襲われていたのを見て、飛び出してきたのだが。そうか。サーニャの馬車だったのか」
「助けに来た?」
女騎士は俺達に怪しげな目を向けてきたが、やがて現状を把握したのか、何かに納得したように小さな声を上げた。
「そうだったのか、すまなかった。いや、新たな賊かと勘違いしてしまってな。無礼を働いてしまった」
こちらに敵意がないことが伝わったのか、サーニャという女騎士は剣を収めてくれた。
改めて周囲に目を向けてみると、周囲には馬車を囲うようにして男騎士が三人血まみれで倒れていた。その中には二メートル近い大柄な男もいる。
妹によって倒された狼のようなモンスターは全部で五体。妹が来るまで一人でこのモンスター達を相手にしていたのだと思うと、このサーニャという騎士が只者ではないことが窺える。
もしかしたら、アリシアとタメを張る位に強いのかもしれない。
「もう終わったの?」
どこか舌足らずな声が馬車の中から聞こえてきた。
その声を聞くや否や、サーニャという騎士は馬車の側に寄り添い、何やら馬車の中の人物と会話を始めた。
事の顛末を説明しているのだろう。やがて、サーニャは話を終え、再び俺達の方に視線を向けた。
「おまえたち、今から時間はあるか?」
「えっと、少しなら。これからミドルシティに向かおうとしてたところなんだけど」
「それならちょうどいい。案内しよう。助けてくれた礼がしたいと、リリス様も言っている」
「リリス様?」
「ああ、ベルモット・リリスと言えば分かるだろう?」
サーニャから向けられたニヒルな笑いに対し、俺と妹は首を傾げることしかできないでいた。
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