第27話 新たなイベント
「馬車って初めて乗ったな」
俺達は次の街に向かうため、セカンダリから馬車に乗って移動をしていた。
廃れてしまったセカンダリに馬車があるとは思わなかったが、なんとか馬車は守り抜いていたらしい。
最低限の物資を運ぶためにも、馬車は必要不可欠だったとのこと。
街をモンスター達から守り抜いたお礼として、俺達はその馬車に乗って移動をすることになった。
揺れる馬車に乗りながら、ゆっくりと景色が変わっていく様子を眺める。
自転車でゆっくり漕いだくらいの速度で変わりゆく景色を見ていると、不思議と気持ちもその速度に合わせたようにゆったりとしてきた。
「オリジンから来たと聞いていたが、どうやってここまで来たんだ?」
「走ってきた」
「は、走って? 冗談みたいな話だな」
「肉体強化の魔法をかければ、俺でもそんなに時間かからなかったぞ」
「なんか、おまえ達なら本当にそうしそうだな」
呆れ顔のアリシアだが、俺達の言葉を信じていないわけではないようだ。
騎士団が団結して向かっても勝てなかった相手。それをわずか数時間で倒したというのだから、俺の言葉にも説得力があったのだろう。
馬車に慣れているのかくつろいでいるアリシア。ちらりと、その隣に座る妹に目を向ける。
妹はずっと黙ったまま景色を見ていた。
いつものようにぶすっとしているのとは少し異なり、ただ黙っているといった様子。あまり見ない光景かもしれない。
いや、実際に俺との旅の最中も用がなければ話したりはしなかった。
だが、こうして一人加わると、余計に妹の無口ぶりが目立つ。
妹は特段人見知りという訳でない。急に知らない人が増えたくらいで、緊張したりするタイプではないはずなのだが。
むしろ、女子同士ということもあり、アリシアが加わることで会話が弾むものかと思っていた。
これは想定の逆をいく反応だ。
「なぁ、昨日何かあったのか?」
さすがにこの状態の妹を放置するわけにはいかないだろう。
アリシアもバカではない。妹の態度に対して何かしら思う所があるはずだ。
昨日の夜辺りから妹の様子がおかしいことから、昨日何か妹の癇に障るようなことがあったのだろう。
「別に、何もないけど」
「そ、そうなのか?」
何もないわけがない。
それでも、そこを言及したところで妹の機嫌が悪くなることは目に見えている。それならば、向こうから話してくれるまで待ってみるのが得策だろう。
「そっか、何もないならいいんだけどな」
「……そういう所がむかつく」
「……俺にどうしろと」
言及しようとすると不機嫌になる。さらに、言及しなければむくれる。
一体、俺に何を求めていると言うんだ。
「智、なぜ『ミドルシティ』に向かうんだ?」
「ん? ああ。確か、次の街で貴族の娘を狙う誘拐犯がいたはずだ。その誘拐犯を捕まえる」
次に目指す街は『セカンダリ』と王都の中間の位置にある『ミドルシティ』という街だ。貴族が多く住んでおり、『セカンダリ』とも毛色が違う街。
名前が安直なのは許して欲しい。
ミドルシティは貴族が多い街なので、少々物価も高い。
その街では、貴族の子供を対象にした誘拐が多く発生することでも有名だ。
主人公だった悟は、その誘拐犯の首謀を捕まえるのだ。そうすることで、ミドルシティでの誘拐事件がぱったりとやむ。
誘拐事件を解決したとされ、貴族から多くの報酬をもらうのだ。
そのはずのはずだったのだが、肝心の悟はそもそも街から出ていない。
前回のアリシアやセカンダリ同様に、被害が悪化していないことを願いたい。さすがに、連続してセカンダリのような被害を目の当たりにするのはキツイものがある。
「どうした?」
アリシアの質問に対し、妹が驚いたような顔でアリシアに振り向いた。そのスピードが尋常ではなかったので、自然と妹に対して声をかけていた。
なぜミドルシティに向かおうとしているのか、妹にはその理由は話してあるはずだ。
今のアリシアの発言の中に、驚くような内容が含まれていたようには思えない。
「別にっ、なんでもない」
「そうか?」
明らかに何でもないわけがない。それでも先程のようにこちらが納得をしたような素振りを見せることも好ましくないのだろう。
そのため、語尾に疑問符を付けてはみたが、一向に妹のきつい視線が緩むことはなかった。
そんなに睨まれても、答えが見つかる未来が見えない。
「えーと、馴れ馴れしかったかな?」
「馴れ馴れしい? 何がだ?」
「いや、私が智のことを名前で呼んだことに対して驚いたのかと思って」
「違いますけど」
そういえば、アリシアは人と距離を詰めるのが得意なタイプではなかった。
それゆえに、自分の発言が妹の機嫌を傾けてしまったと思ったのだろう。
兄が人になんて呼ばれているのか、そんな妹が微塵にも気にしていないことを気にしてしまうくらい。
「そうだな、そこじゃないだろう。俺と妹は上の名前が一緒だからな。名前呼びで何も問題ない」
「だから、そんなことじゃないって言ってんでしょ」
「分かったて。分かったから、そんなに怒るなよ」
「怒ってない」
ジロリト向けられた視線には明らかに怒りの感情が含まれている。
そんな視線を向けられながら言われても、説得力の欠片もない。
明らかに怒っている。
しかし、そんなことを口にすれば、火に油を注ぐような物だろう。
仕方がない。視線をそらして、少しでも妹からの視線から逃れることに徹しよう。
「……二人は誰かから依頼されて任務をこなしているのか?」
「任務? 違うけど?」
妹と俺のやり取り中、黙っていたアリシアが突然そんなことを口にした。そんな素振りを見せた覚えもないので、当然アリシアの問いに疑問を抱いてしまう。
「それなら、なぜそんなことをするんだ?」
「そんなこと?」
「なぜ人助けをしている?」
そう問われてようやく気付いた。アリシア視点から見た俺達があまりにも歪に見えていたということに。
アリシアから見れば、特に依頼もされていないのに人助けをしている人達として映ったのだろう。
ゴミ拾いや地域清掃とは違い、命を懸けるようなことを無償で行っている。
何か壮大な理由でもない限り、そんなことを好んでやる奴らはいない。
「兄の趣味なんですよ」
「いや、趣味って言うか……」
『この世界は俺の書いた小説だから、小説の登場人物を救うために旅をしている。』そう告げてしまうことは簡単だ。でも、そうしたところで信じてくれるだろうか?
何より、そう告げられたアリシアはどう思うのか。
困惑するか、俺達をやばい奴だと認定するかの二つだろう。
それなら、この舞台が俺の書いた小説であるわけだし、俺の趣味という拡大解釈はあながち間違っていていない回答のように思える。
「まぁ、結果としては趣味なのか」
「よく分らんな」
「まぁ、やりたくてやっているだけなんだよ」
現状はこの回答がベストといった所なのかもしれないな。
そうして話がひと段落したところで、馬車の速度が急に遅くなった。遅くなってから数秒後、完全に馬車の動きが止まった。
「まずい、アリシアさん。少しここで待機させてもらいますよ。場合によっては、引き返した方がいいかもしれない」
俺達に向けて御者のおじさんがそんなことを口にした。その声に込められた緊張感が馬車の中にいる俺達にも伝染したように感じた。
「引き返す? 何かあったんですか?」
俺の業者への問いかけよりも早く、アリシアが窓の外へと顔を覗かせた。
アリシア同様に、俺も窓から顔を覗かせてアリシアの視線の先を追う。しかし、追った所でアリシアが見ている先には何も見えない。
「何か見えるのか?」
「馬車が一つ見える。この馬車を引く馬が止まったということは、自分よりも強いモンスターがこの先にいるということだ。もしかしたら、あの馬車は襲われているかもしれないな」
「馬車? どの方角だ?」
「この一本道の先だ」
確か、記憶が正しければ悟達も馬車が襲われているところを助けたのだ。そして、その馬車を助けたことで、誘拐犯と対峙をするイベントが起こる。
つまり、この襲われている馬車の救出が誘拐犯との対峙の先駆けとなるイベントなのだろう。
もしかしたら、セカンダリのように被害が拡大する前に、誘拐事件を解決することができるかもしれない。
「よっし、行くぞ!」
正面に座る妹に声をかけると、妹は俺よりも早く馬車を飛び出していった。
えらく気合が入っているな。
俺も自身に肉体強化の魔法をかけて馬車から飛び出した。
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