第26話 新たな旅立ち

「それじゃあ行くか」

 セカンダリで二晩を過ごし、俺達はこの街を出ることにした。

 今回のことから分かったことは、主人公である悟が旅に出ないことで破滅寸前まで追いやられている街があるということだ。

 そして、他の街でも同じことが起きている可能性がある。

 その街を救うことができるのは、同じチート武器を手にした俺達しかいないだろう。

 アリシアのような人を少しでも減らすためにも、俺達は悟が本来向かうべきだった次の街を目指すことにした。

 別に、悟という主人公を生んでしまった責任感だけで動くわけではない。

 俺の書いた小説の登場人物には不幸であって欲しくない。ただそれだけだった。

どうやら、妹も俺の意見に反対することもなかったらしく、朝から他の街目指してここをでることに賛同してくれた。

宿を出ると、朝から街の修復作業に勤しむ住民達が俺達を見送ってくれた。

その顔は廃れた街には似つかわしほど、活気が満ち溢れている。住民達と少し目が合うと、嬉しそうにこちらに手を振ってくれる。

俺の知っている本来の街、商業の街セカンダリ。

廃れてしまった街で、街の修復には多くの時間がかかるだろう。それなのに、俺の知っているセカンダリがそこにある気がした。

そう思うと、不思議と笑みが零れた。

「おい、待ってくれ!」

 その声に振り返ると、俺達の後ろにアリシアが立っていた。

 昨日と違う所は、アリシアがどこか外出でもするかのような服装をしていたことだ。

騎士団の甲冑ほどごつくはなく、最低限の装備だけを揃えたような姿。どこか貫禄のある冒険者のような佇まいをしている。

 何かが払拭された清々しい顔。

 俺が知っているアリシアよりも、少し重みが取れたような様子だった。

「おう、どこかお出かけか?」

「まぁ、お出かけといえばそうなるな」

 少し茶化したような俺の言葉に、アリシアが合わせたように笑みを見せた。

そして少し溜めを作ると、思いついたような素振りで言葉を続けた。

「一晩考えたんだが、大事なことを忘れていた」

「大事なこと?」

「情報料だ。この街と私のこと色々話しただろ。まだその情報料として、お酒に付き合ってもらっていない」

 そんなことを真面目な顔で告げてきた。

 何のことかと思ったが、そう言えばそんな約束をしていたことを思い出す。

 この街を救うクエストをする前、アリシアに今度酒を奢れと言われたのだった。

 一方的な約束だった気がするのだが。というか、何かを誤魔化すための言葉だと思っていた。

「そう言えばあったな、そんなことが。ていうか、昨日飲んだだろ?」

「あれはサシじゃないからノーカンだ」

 あたかも用意していた答えを述べるように、アリシアはそんなことをさらりと口にした。

 確か、約束にはそんな制約はなかったような気がするが、それを指摘した所でアリシアが折れるとも考えられない。

 それに、自分の考えたメインヒロインとお酒を飲めるという機会をわざわざ流す必要はないだろう。

 それでも、あまりがっつきすぎないようにしなければならない。

 妹に今日この街を出ることを告げてしまった手前、しっぽを振って今からアリシアとお酒を飲み交わすわけにもいかないだろう。

 なんか昨日あたりから機嫌悪いし、ここでそんなことを口にできる勇気もない。

「約束を果たしたいけど、俺達は今日この街を出るんだ」

「別にここじゃなくてもいいさ、他の街で飲もう」

「いや、他の街って……」

「私も同行させてくれないか?」

「同行って、俺達の旅にか?」

「ああ、別にいいだろう。もう剣も使えるし、戦力にもなるはずだ。何も問題はないだろ?」

 下から覗き込むような視線。上目遣いと理解して使っている訳ではないようなナチュラルな視線に、思わすたじろんでしまう。

「問題はないが、この街はいいのか?」

 昨日、街に平穏が訪れたことでアリシアと街の住民との関係も改善された。おそらく、アリシアから『泥酔』の二つ名がなくなる日も近いだろう。

 街の住人からの信頼も厚いようだし、アリシアはこの街に残るものかと思っていたのだが……

「そうだな。少し、趣向を変えようと思ってな。自分のために剣を振りたい気分なんだ」

「自分のためって?」

「とりあえず、この剣はお酒を飲むために振るうことにするよ。そのためにも、旅に同伴をする必要がある」

「お酒って、おまえ……」

 確かに、俺はアリシアには復讐のために剣を振って欲しくないと願った。

 本来、アリシアは旅の中で自分の守りたいものを見つけ、それを守るために剣を振るうことになる。

 それが、元主人公のいたパーティーだった。

 悟のいるパーティーが存在しないということは、アリシアが守りたいものはないことになる。

その結果、お酒を飲むために剣を振るうことになったということか。

 あきれてものも言えない。

「それはそうと、なんでそんな宣言なのに照れ臭そうに言うんだよ」

「別に、照れ臭くなんかない」

「顔赤いぞ?」

「な、何なんだおまえは。デリカシーというものがないのか」

 俺に指摘されたせいか、さらに頬の熱を上げたアリシア。不思議そうにアリシアを見つめていると、やがて不機嫌そうに顔を背けられてしまった。

 よく分らんが、アリシアがパーティーに加わってくれるのならば大幅な戦力アップだ。

「別に、一緒に旅するのはいいけど。なぁ?」

 念のため、俺の一人旅という訳ではないので同行者である妹に確認を取る。すると、妹は心ここにあらずな目でアリシアを見つめていた。

「……羨ましい」

「羨ましい?」

「な、なんでもない」

 今、羨ましいって言ったか?

 酒のために剣を振るう少女、そのどこに羨むところがあったというのだろうか。

 女心という物はよく分らない。

 こうして、お酒のために剣を振るうという理由で、アリシアがパーティーに加わることになった。

本当に『泥酔』という二つ名がなくなる日が近いのだろうか。

 そんなことを考えながら、俺達はセカンダリを後にした。

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