第25話 弱い自分とメインヒロインさん

「……知らない天井だ」

 この世界に来て二度目の知らない天井。

 辺りを見渡すと、一度目に見た天井とは別の場所であることが分かった。

 どこか見覚えのある間取りをしている。

「つっ」

「飲みすぎ」

「え?」

 体を起こしてみると、ベッドの脇の椅子に妹が座っていた。

 妹が俺の側で座っている?

 その現状が上手く呑み込めずにいると、妹の顔が不機嫌色をしていることに気がついた。

 原因があるとすれば、この状況にあるのだろう。

 妹の発言と直近の記憶を思い出してみると、この頭痛と妹が不機嫌な原因が徐々に分かってきた。

「えーと、倒れるほど飲んだのかおれ?」

「……途中から回復魔法披露し始めて、みんなの治療終わった瞬間倒れたって聞いたけど」

「あ、なるほど。魔力切れか」

 そう言われると、確かに思い当たる節がある。

 初めはあまり乗り気ではなかったのだが、次々に煽てられるうちに止まらなくなって、何人もの冒険者に回復魔法を使った気がする。

 不意に記憶が切断されたところから察するに、限界を迎えるまで魔力を使い果たしたということか。

 いくら多くの技を使えたところで、魔力量には限界があるということか。

「魔力が切れるのに気づかないくらい飲んでたって訳でしょ」

「そうなる、のかな?」

 多少悪びれたところで、妹の機嫌が直るわけがない。

 俺が知らないベッドの上で寝ていることから察するに、妹に運んでもらった可能性がある。

そうだとすると、迷惑をかけたことに対して怒っているのだろう。

 しかし、どこか違和感があった。

 いつもなら、もっとずけずけ言ってくるはずなのに、あまり文句を言ってこない。何か別の原因があるとかだろうか。

「……」

 考えたところで答えが出るはずがなく、俺が黙ったことで空気が悪くなっただけだった。

とりあえず、当たり障りのないことでこの間を埋めることにしよう。

「えっと、ここはどこだ?」

「アリシアさんが泊ってる宿の一室」

「ああ、そうだったのか。えっと、今何時?」

「分からないけどもう夜」

「そ、そっか」

 飲み始めたのが明朝で、昼頃まで飲んで、その後は夜まで爆睡。

 当然、思う所の一つや二つくらいあるよな。

「えっと、心配かけたな?」

「なにが?」

「だって、俺が起きるまで側にいてくれたんだろ?」

「違うから、酔っ払いが勝手に変な行動起こさない様に見てただけだから。そんなんじゃないから」

 そこまで言い残すと、妹は椅子から立ち上がり部屋を去ろうとした。

 ろくにこちらも見ようとしないまま立ち去ろうとしたので、少しだけ引き留めるように手が伸びた。

 そんな自分に対して驚きながらも、去ろうとする妹の背中に話しかける。

「あ、おい、行くのか?」

「起きたならもういなくていいでしょ」

「まぁ、そうだけど」

 少し間が合ってから妹がドアに手を伸ばした時、部屋をノックする音が響いた。

 そのノックに返事をすると、外からアリシアが顔を覗かせてきた。

「起きたか。夕食を持ってきた」

 よく見ると、アリシアがおぼんに野菜スープと黒パンという二日酔いにはちょうど良い量のご飯を持て来てくれた。

あれだけ食べ飲みしたのに不思議と腹が減っていた。それだけ多くの時間寝ていたということだろう。

「ありがとうな。えっと、二人はもう夕食食べたのか?」

「とっくに食べた」

 棘のある妹の声から、今が夜は夜でも時間が深まっていることが察せられた。

 ベッドの上でご飯食べる訳にも行かず、俺は簡易的な机のある席に移動した。

 アリシアからご飯を受け取り、食べようとしていると何やら視線を感じた気がして振り返る。

 すると、お盆を渡し終えたはずのアリシアがその場にただ立っていた。

 何か言いたげな表情だが、中々言葉を発しようとしない。

「えっと、見られていると食べづらいんだけど?」

「え、ああ、すまない」

 ちらりとその奥にも視線をくれると、部屋を出ていこうとしていた妹もこちらの様子を遠目で窺っていた。

「食べながらでいいから、話して欲しいことがあるんだが」

「なんだ?」

 アリシアは言いにくそうに少し溜めると、意を決したかのように口を開いた。

「前に言ったよな、『アリシアを救いにこの街に来たんだからな』って」

「ああ、そんな事を言ったな」

 アリシアを最初に見たとき、アリシアの処遇があまりにもひど過ぎると思った。

 騎士団からは見放され、街の人達からも距離を置かれている。自慢の剣も握れなくなり、酒に溺れるメインヒロイン。

 そんなアリシアを見て、自然とそんな言葉出たのだった。

「何で私を救いに来たんだ?」

 少しの疑問と何かを期待するようなアリシア表情。その何かが分からず、さらに言えばアリシアからの問いに対する答えも分からなかった。

「何でって言われてもなぁ」

 俺がこの物語を、世界を造った作者だから。そう答えたところで信じてはもらえないだろう。

 なんて返答をすればいいのか悩みながら一口スープを啜ると、アリシアは言葉を続けた。

「それも悪者にまでなって、私と街の人達を繋ごうとした。なんでそこまでしてくれるんだ?」

「アリシアには復讐のためとかじゃなくて、別の目的のために剣を取って欲しかったからかな?」

「何で疑問系なんだ。ていうか、言っている言葉の意味が分からんぞ。そもそも、私はもう剣は握れないって言っただろ」

「そうなだけど、そうじゃないというか。あっ、そうだ。……アリシア、ちょっと手を見せてくれないか」

 ろくに返答ももらえず、話題を変えられたと思ったのだろう。不服そうな表情のまま、アリシアはこちらに手を伸ばした。

 そのアリシアの手に触れ、傷跡を軽く撫でる。

 大きく付けられた傷跡。表面的に直すことは容易いが、問題は中の神経だ。

 他の皮膚と同じ皮膚であることを想像することで傷を癒すことができた。それならば、神経も同じ要領で治せるはずだ。

 アリシアの傷跡を少しだけ強く押す。そこから感じ取れる筋繊維と通っているであろう神経を想像する。

「『ヒーリングケアリング』」

『ヒーリング』よりもより効果が強くなるように、言葉も少し変える。イメージに伴って、言葉も変える必要があるだろうと思ったからだ。

 ぴりっとした感覚と共に、目に見えないベールのような物がアリシアの傷跡を包む。他の冒険者に掛けたときよりも、大きく太く感じるベールには温かさのような物が感じられた。

「何をした?」

「回復魔法だ。全盛期程とまではいかないだろうが、多少は剣も握れると思う」

 ギルドで俺が回復魔法を使っていたのはアリシアも見ていたと思う。それでも、アリシアが他の冒険者達のように俺の所に来なかったのは、回復魔法では治せない傷だと分かっていたからだろう。

 それでも、全ての魔法が使える俺なら治せるのではないかと思った。

 俺の言葉に対して気を遣たような笑みをした理由も、回復魔法では治らないことを知っているからだろう。

 アリシアはこちらに気を遣ってか右手をグーの形にしたり、パーの形にしたりして腕の動きを確認した。その確認最中もどこか陰ったような表情がみえた。

「ん?」

 初めはゆっくりと動かしていた指の動きが強く速くなっていく。

 それに伴って、アリシアの表情も変わっていった。徐々に真剣な顔になり、驚きの顔をみせたりしている。

「どうだ?」

「力が入る、思った通りに動く」

 言葉をぽろぽろと漏らすような口調。単調に思われた言葉だったが、感極まったかのように言葉の節々が上ずっている。

やがて、アリシアはぽろぽろと涙を流した。

「アリシアには復讐以外で剣を取る理由を見つけて欲しい。アリシアには幸せになってもらわなくちゃ困るんだよ」

「だから、なんで」

「アリシアがメインヒロインだからだよ」

 心から漏れた言葉。当然、他意なんか微塵もない。

 ただ俺の言葉を聞いた瞬間、アリシアの頭がポンと音を立てて湯気を出した。よく見てみると、耳の先端まで朱色に染まっている。

「な、な、それって……」

 色んな感情が渋滞してか、アリシアはバグを起こしたかのように言葉を噛み倒した。

 明らかに誤解をしている。というか、今のは誤解しか生まないような発言だった。

「あー、いや、変なわけじゃなくてだなーー」

「それじゃあ、明日の朝に出るからっ」

 俺が弁解をしようとあたふたしていると、妹が部屋の扉を力強く締めて出ていった。

 ドアが壊れるんじゃないかと言うほどの音に、俺もアリシアも肩をビクンとさせて驚いた。

 どうやら、何かが妹の癇に触れてしまったらしい。

 ただでさえ機嫌が良くなかったのだ。これ以上機嫌が傾いてしまったら、一体どうなってしまうのだろうか。

 明日妹と顔を合わすことが怖くなってきた。

 すっかり気まずくなってしまった空気。何か言葉を待つようなアリシアに対し、俺は言葉を探すようにしながら紡いだ。

「とにかく、そう言うことだから、できれば治った腕は復讐以外のことに使って欲しい」

「ああ、復讐はもうしないさ。一度諦めたことだからな。国家騎士団副団長としてのアリシアはもう死んだんだ。これからはーー」

 そこで言葉をきったアリシアの目は、初めて会ったときよりも澄んでいたように見えた。

 乾ききっていない涙で潤んだ瞳に、未だ熱を保ったままの頬。

 失った何かを取り戻したかのように、自らの腕を抱きながら見せる笑顔に思わずドキリとさせられた。

 その姿を見せられ、俺は胸の中で密かに思った。

 メインヒロインはこうでなくては、と。

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