第24話 宴の中で

「よう、少しだけ外で話そうぜ」

「ん? ああ、分かった」

 デニスは陽気な顔色とは裏腹に、落ち着いたような声で俺に声をかけてきた。

 飲み会の途中も何度も絡んではいたが、その時とはどことなく声色が違っていた。

 明け方に始まった宴会は日が昇りきってなお続いていた。

 明朝から今の時刻まで冒険者のテンションが変わらないことからも、どれだけ抑圧された生活が続いていたのか察しが付く。

 この世界に来て分かったことだが、どうやら俺は酒が強いらしい。

 他の冒険者達と変わらないペースで酒を飲めているのだから、強いと言ってもいいだろう。

 そうは言っても、さすがに長時間酒を飲んでいればアルコールも回るというもの。

少し飲み過ぎたような気もしていたので、一度ペースを落とすためにも風に当たってゆっくり飲むのもいいだろう。

 そんなことを考えながらギルドの外に出てみると、すっかり上がりきったお日様の直射日光に当てられてしまった。

少しばかり目が焼かれそうになる。

 ギルトの外に椅子が置いてあるわけもなく、俺達は入り口付近にあった手すりに腰かけてグラスを傾けた。

「本当にありがとうな。あんちゃん達がいなかったら、ギルドがこんなに盛り上がる日は来なかったよ」

「どういたしまして。まぁ、この街がこんな風になっていることを知って来たわけでもないし、偶然通りかかったようなもんだから」

「偶然通りかかって、モンスター群れを倒したなんてモンスター達からしたらたまったもんじゃないだろうな」

「たしかに」

 互いに酔いも回ってきているのだろう。ボリュームが大きくなり、笑いのツボも浅くなる。俺達はただの変哲もない会話で声を出して笑っていた。

「それに、俺も助かったよ」

「何がだ?」

「いや、アリシアのことさ。アリシアが全部げろっちゃったから、せっかくの作戦が台無しになる所だったぜ」

「ああ、それこそ大したことしてないさ」

 デニスは少し照れくさそうに笑った。

 俺達が嫌われることで、感謝のベクトルをアリシアに向ける作戦。

 全て上手くいくはずだったのに、当人のアリシアが作戦の内容を話してしまい、作戦は失敗。その後のいたたまれない空気をこの男が変えてくれた。

 デニスがあの場にいなかったら、収拾がつかなくなっていただろう。

 みんなをまとめ上げる能力。こんな能力があれば、俺も元の世界でリーダーのような役割をする機会にも恵まれていたのだろうか。

「ていうか、別にあんちゃん達が悪者になる理由もなかっただろうに」

「俺がアリシアに頼まれてきました! そう言ったら、アリシアよりも俺達が感謝されるだろ。そうなると、一番頑張ってきたアリシアが報われないと思ってな」

「あんちゃん達が嫌われれば、俺達はアリシアさんにしか感謝をすることができなくなる。それも財産も体も預けたって言われると、いくらアリシアさんが否定しても隠してるだけだと思われる」

「そういうこと」

 アリシアの性格を考えると、どう考えても俺達の嘘を否定するだろう。そうなると、俺達が嫌われ役を買って出たということが街の住民にバレる可能性がある。

アリシアに俺達の嘘を否定されても、街の住民達が信じるように仕向けなくてはならなかった。

『体を許した』は表現的に問題があったかもしれないが、今回の作戦に関しては必要な発言だった。

 結果的には俺の想定とは違ってしまったが、作戦としてはベストな物だったと言えるだろう。

「相手がアリシアさんでよかったな」

「どういう意味だ?」

「そのままの意味だ。アリシアさんは強いから、違うと断言できた。でも、普通の奴なら大勢を前にそんなことは言えない。そうなると、助けられた方はずっとモヤモヤした物が残るだろ」

「どういうことだ?」

「自分を救ってくれた恩人なのに、自分以外の人達はその恩人を嫌われている。それも、自分を守るための嘘が原因でだ。モヤモヤなんてものじゃ済まないかもな」

「そんなこと気にするか?」

「気にする奴もいるって話だ。まぁ、どのみち俺達はアリシアさんに感謝しただろうな。それだけの恩がある」

 男は少し遠くを見るような目をしてグラスを呷った。

 聞いた話だが、騎士団が撤退してもアリシアだけが残ってくれたらしい。

自分が戦えなくなっても、戦術や戦い方を教えていたのと言うのだから、これだけ信頼されているのも納得できる。

 それでも、俺はアリシアと街の人達の間に距離ができてしまっていたのだと勘違いをしていた。

 これだけ築き上げた関係があったのなら、今回の作戦は実行するまでもなかったのかもしれない。

「よかったよ、あんたみたいな人がいてくれて」

「なんだぁ、口説いてんのか?」

「こんな男、誰が口説くか」

 そんなくだらない話をしていると、デニスの包帯がちらりと目に入った。この男だけではなく、男女問わずこの街の冒険者達は包帯や怪我の跡がある。

 魔法が発達した世界で、傷跡が長引くというのも不思議な気がする。

 魔法をかければ一気に怪我が治ると思っていたが、そんなこともないのだろうか。

「そういえば、みんな負傷してるみたいだけど、回復魔法を使っても直らないものなのか?そもそも、回復魔法が使える奴らがいないとか?」

「昔は腕の立つ回復魔法を使え者もいたが、殺された。あとは、軽傷の傷は治せる奴がいるけど、あんまり傷がデカいと治せる奴らがいないんだよ」

「回復魔法って難しいのか?」

「まぁ、使える奴は多くはないな。俺には分からないが魔法が複雑らしい。……もしかして、あんちゃんは回復魔法が使えるのか?」

「使ったことはないな。なんなら、その体で試してみようか?」

「ああ、試してみてくれて構わんさ。街を救ってくれた恩人だ、そのくらいなら喜んで試されてやるよ」

 冗談交じりの発言に対して、デニスはなぜか誇らしげに胸を張った。

 互いに酔った勢いというのもあってか、ノリノリで巻かれた包帯を取るデニスに押される形で回復魔法を使う流れになってしまった。

こちらもノリノリで男のえぐれた胸に手を置いている。

どうやら、結構酔っていうようだった。

炎をイメージすると炎が出るのならば、怪我の治る様子を想像すれば怪我も治るのかもしれない。

 イメージをするのは傷跡が完治した後の肌。感触から伝わる筋肉と同じだけの筋肉量と傷のえぐれ具合を修正するイメージ。

「『ヒーリング』」

 いつもと同じく指先がピりっとする感触。そのすぐ後には、目には見えない優しい色をしたベールがデニスの胸元を覆った。

「……」

「どうだ? まだ痛んだりするか?」

「いや、もう痛くねぇ」

 見ると、えぐれていたはずの胸元は何事もなかったかのように治っていた。傷の存在なんて知りませんとで言いたげな肌。

 完全に感知した肌が目の前にあった。

「……案外使えるものだな」

 むしろ炎や雷よりも見た目のイメージがしやすい。簡単な外傷とかなら外傷を受けていない皮膚の様子から、治った後の姿を想像することも容易い。

「……」

「おい、どうした?」

 男はしばらくこちらを眺めていたが、当然走り出してギルドの入り口を勢いよく開けた。

 そして、空気を肺に限界まで溜めると、ギルドに響くような大きな声で言葉を発した。

「おい、この兄ちゃん回復魔法使えるぞ! 負傷者は全員にこっち来い!」

「いや、まだ完全にできると決まったわけじゃ……」

 俺が回復魔法を使えることに驚いたというよりは、男がこれ見よがしに治った胸を見せつけているからだろう。

 一瞬、ギルドがざわついたと思ったら、次々にこちらに向かって冒険者達が向かってきた。

 挙手をしながら向かってくる冒険者達に圧倒され、思わず小さな悲鳴が漏れた。

 そして、デニスはこちらに誇らしげな笑みを向けていた。

 なんでお前が誇っているんだと思いながら、俺は酔っぱらった冒険者達にもみくちゃにされるのだった。

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