第23話 騎士の誇り

「おい待てって、どこに連れていくんだよ?」

「安心しろ、ただギルドに行くだけだ」

「いや、ギルドって」

 先程ほどまでの光景を思い出す。

 デニスに壁に叩きつけられ、周りの空気が凍り付いたようだった。あのやり取りのすぐあとだというのに、あの場に引き戻すとでも言うのだろうか。

「待て待てって、俺喧嘩別れみたいな感じで出てきたばっかりなんだけど、さすがに気まずさで死んじゃうって」

「安心しろ、そんな決まずさはすぐになくしてやる」

「いや、なくなるわけないだろ」

 しかし、俺の必死の抵抗空しく、俺は無理やりギルドに連れていかれることになった。

 外からでも十分に聞こえる祭りのような騒ぎ声。寂れた街に反するように活気のある声は、外から聞いているだけでも微笑ましい。

 しかし、俺達が入店するなりその声は静まり返った。

 そして、デニスと目が合った。

 デニスは腑に落ちない顔をしているが、その表情には怒りの感情を感じない。

 それに、他の冒険者達も敵視するような視線を投げてくることはなく、ただどう反応したらよいのか分からないといった様子だった。

「あれ、思ってたのと違う……」

「みんな、聞いてくれ!」

 静まり返ったギルドの中、アリシアの凛とした声が響いた。

「私はこの二人に討伐の依頼なんか出してないし、ましてやお金も、か、体も預けてはいない! 私はただ剣が握れなくなって、街のみんなが傷ついていく姿を直視することができなくなって、酒に溺れてただけだ! こいつらは、自分達の手柄を私に渡すために自分達を下げただけなんだ! こいつらは悪い奴らなんかじゃない! だから、私じゃなくてこの者達を労って欲しい! 私はただ酒を飲んでいただけなんだ!」

 アリシアの声は静まり返ったギルドに響き渡った。

 自分の非を曝け出し、頭を下げるその姿に驚きを隠せない。

 俺以外の冒険者達も同様のようで、ギルドにしばらく静かな時間が流れた。

 その静寂を切り裂いたのは、デニスの咳払いだった。

「何もしてないことはないだろ。頼んでなくても、あんちゃん達はアリシアさんのために働いたんだ。あんたのおかげでもある」

「違う、私は本当に何もーー」

「あんちゃん達の働きもでかい。俺達とアリシアさんを繋ぐために、悪役を買って出たって言うんだからな。それに、アリシアさんには感謝しているんだ。国家騎士団が撤退しても、俺達を守ろうと色々してくれたことは忘れたりしねーよ」

 デニスは照れ臭そうに笑いながら、そんなことを口にした。

 そのデニスの発言を聞き、俺の考えが勘違いだったことに気づかされた。

 そうだ。俺なんかが無理に繋ごうとしなくても、この街とアリシアの関係は切っても切れない物になっていたんだ。

 アリシアがこの街のためにしたことは、この街の住民の誰もが知っている。

 勝手に街の人達の顔色から察して、俺が勘違いをしていただけだったのかもしれない。

 俺なんかが動かなくても、この街の住人はアリシアに感謝を忘れたことなんてなかったんだ。

 気まずい雰囲気は少し微笑ましい空気に変わり、その変化を皮切りに先程のにぎやかさが戻ってきた。

「いいから、飲ませろ!」

「そうだそうだ! この際どっちの手柄でもいいだろ!」

 ガヤが入れられ、そんなくだらないことにギルドには湧くように笑い声が響いた。

 自然と温まってきた空気を取り仕切るように、デニスが大きな声で続けた。

「そういうことだ! それでは、アリシアさんと、街を救ってくれた新米冒険者達に感謝を込めて、乾杯だっ!!!」

 その男の一言で、ざわつきを取り戻した空気が統一された。

「「「乾杯!!!」」」

 グラスのぶつけ合う音、勢い余って弾けるビールのような液体、そして、心の底から笑い合うような表情と声色。

 その全てが凝縮されたような光景が、目の前に映し出されていた。

 当事者であるはずなのに、いつの間にか取り残された俺達。そんな俺達を見かねてか、デニスがこちらに近づいてきた。

 片手には飲み干して再度注がれたばかりのビールのような液体を持っている。

 一瞬、先程までのやり取りが蘇り、胸ぐらを掴まれるんじゃないかと身構えてしまった。

しかし、デニスの腕は胸ぐらではなく、俺の肩に回された。

「あんちゃん達とアリシアさんに感謝を、これなら問題はないんだろ? 今から宴をやるんだ。参加してくれるよな?」

「……ああ。最高だな、あんた」

 ちらりとアリシアに視線を向けると目が合った。

アリシアは、抑えていた何かを吹き出すかのような笑みを浮かべていた。

 自ら醜態をさらし、その場で笑みを見せるキャラクター。

 クールなキャラクターとは対比にいるはずなのに、目の前にいるアリシアの言動に対して、不思議と違和感を覚えなかった。

 むしろ逆だった。

 俺の知るアリシアがそこにいた。

 何もかも違うはずなのに、俺の隣には俺の知るアリシアがいた。

 そして、俺達が救った街の人達に感謝をされながら、一緒に宴をしている。

馬鹿みたいに笑って、その中心に俺がいて。

 主人公が見るべき光景。その光景が俺の目の前で起こっていた。

 まるで、俺が主人公みたいだった。

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