第22話 良い作製

「換金させて頂きました。ご確認をお願いします」

 全てのモンスターの素材の剥ぎ取りが終わり、俺はギルドでその素材を現金に換えてもらった。

 本来であれば素材の換金は対応時間外だったのだが、快く引き受けてくれた。

街を救ったことに対するお礼なのか、換金率の良い素材だったから引き受けてくれたのか、その真実は受付嬢のみが知るといったところだろう。

 素材の剥ぎ取りは主に街の冒険者達がやってくれた。

山まで冒険者達を案内した後は、俺と妹以外がその場に残って素材の剥ぎ取りをしてくれたのだ。

 倒されたモンスターの大軍を見て、ようやく勝利を確信できたのだろう。その場で涙する者や歓喜に震える者達がいた。

 俺達も手伝おうとしたのだが、下手に素人の俺達がいるよりは慣れた人達だけで行った方が早く終わるだろう。

 そう考え、冒険者達の帰りを町で待っていた。

 そして、換金を終えて財布が潤った現在。夜明けが近い時間にギルドでは宴が始まろうとしていた。

 長い間抑圧された生活が続いたのだろう。それを爆発させたかのように、ギルド内は盛り上がっていた。

 数時間前に訪れた街と同じ街とは思えないほど、今の街には活気があった。

 この雰囲気は、俺の知っているセカンダリという街に似ていた。

 ただ一人、ここにいて欲しい人がいないという事実を除けば。

「よう、英雄!」

「英雄?」

 換金したお金を布袋にしまい、ギルドを出ようとしたところで声をかけられた。

振り向いてみると、デニスが満面の笑みを向けていた。

「この後宴をするんだ! お代はいらない! もちろん、参加してくれるよな?」

 高揚したテンションをそのままぶつけるように、屈託のない笑をこちらに向けている。

この街を救った英雄。

きっと担がれて、崇められるのだろう。

 本来なら喜んで参加する所だが、今回ばかりはそうはいかない。

この笑顔を奪いたくはないが、致し方あるまい。

待ちからモンスターを救い感謝される。それは素晴らしいことだ。

街の人々からすれば街が救われてハッピーエンドなのかもしれないが、俺にとってはここからが本題だ。

「参加? するわけないだろ」

「え?」

 俺に断られるとは思っていなかったのだろう。

 当然だ。颯爽と現れ街を救った英雄。それを称えるための宴だというのに、当事者が参加しないなんてありえない。

 そう考えるのが普通だ。

「え、なんでだ? もてなさせてくれよ! 街を救ってくれたんだ! ただで帰すわけにはいかないだろ!」

 この状況で帰ろうとする理由が分からない。そう言いたげな表情をしている。

 それなら、求めている理由とやらを上げることにしよう。

「あのな、何か勘違いしてるみたいだけど、俺は金で雇われた傭兵だ。アリシアから全財産を頂いて、この街を助けただけだ」

「は? 全財産?」

 呆気にとられるデニスを横目に、俺は淡々と事実を伝えるかのような口調で話を続けた。

「泣いて頼んできてな。『いくらでも払うから街を助けてくれ!』ってな。それなら財産全部よこせって言ったら、本当に全財産くれたよ。体まで許してな」

 そこまで話したところで、デニスの雰囲気が変わった。先程の歓迎モードと打って変わって、冷たく張り詰めたような空気が伝わってくる。

 向けられている感情は敵意だけではなく、軽蔑の色までもが見て取れた。

 あともう一息くらい必要だな。

 俺はその敵意にびびりながら、顔にはその感情を出さないようにして言葉を続けた。

「そのせいで、ずっと酒に溺れてたらしいな。まぁ、もう有り金も全てぶんどったから、アリシアって奴がどうなろうが知ったことないけどーー」

「てめぇっ!!」

 デニスは話を遮るように俺の襟を掴むと、その勢いのまま俺を壁に叩きつけた。強化魔法がかかっていない状態でこの仕打ちは結構痛かったりする。

 叩きつけられた勢いのせいか、咳き込みそうになるところをなんとか抑え込む。

「アリシアさんが、あの人がどれだけ俺達に親切にしてくれたか分かってんのか! それを、おまえはっ!」

「離せよ。魔法で焼くぞ」

 構図的には完全に俺が敗北する流れ。簡単に腕の一本くらいは折られてしまうだろう。

それでも、あのモンスター達の惨劇を見た後だからか、言葉に重みがあったのだろう。

 俺の言葉に驚くように、男はすぐに手を離してくれた。

 確かに、あの惨劇を見た後だったら何をされても可笑しくないと思ってしまうものだろう。

「そういう訳だから、俺じゃなくてアリシアを呼んでやれよ」

 そう言い残すと、俺はギルドを後にした。

 モンスターを倒したのが夜。その素材の剥ぎ取りに時間がかかり、外は明朝になっていた。

微かに明けた夜を照らす日の光を浴びながら、俺は門の外へと歩いていった。

そこまでして、妹をギルドに置いてきてしまったことを思い出した。振り返って確認をしてみるが、俺の後ろには妹の姿がなかった。

 さすがに、追ってこないなんてことはないよな?

 普段の俺への態度から察するに、その可能性も十分にある。

 少し不安に思いながら、俺はセカンダリの門の外で妹を待つことにした。

 時間にして数分だろうか、妹が門から出てきた。

「よっし、金も潤ったし、次の街に行くか」

 俺の問いかけに対して、妹はずっと俯いていた。

 表情が伺えないが、あまり機嫌が良いようには見えない。

「……これが良い作戦?」

「え? あ、ああ」

 ぼそっと呟いたような言葉なのに、不思議とその言葉に重みを感じた。

 何か納得していなそうなので、もしかしたら作戦の意味を理解できていないのかもしれない。

 そう思い、少しばかり説明口調気味に今回の作戦の解説を始めた。

「これでこの街を助けたのはアリシアってことになるだろ。モンスターを倒した奴らはクズだった。それでも実際に街は救われた。俺が嫌われることで、自動的に感謝の気持ちは次の貢献者であるアリシアに向くようになる。結果として、街を救おうとしたアリシアが称えられる。良い作戦だろ?」

「……全然良くない」

 意味は分かっているはずなのに、中々顔を上げようとしない妹。

 まだ何か納得いかないところがあるのだろうか。

その問題点について考えてみると、一点の問題点があったことに気づかされた。

「あー、確かに俺達が悪者扱いだもんな。本当は俺だけ悪者扱いにできれば良かったんだけど、中々上手くいかなくてな。そこは申し訳ないとーー」

「そこじゃない!」

 そこまで言った所で、妹は急に顔上げた。

 いつも妹は俺に対して不機嫌で、怒りをぶつけてくる。冷たい目で見てくるときもあるし、俺のことを邪険に扱うような目で見ることもあった。

 でも、今の表情はそのどれとも違っていた。

 心の底にある何かをぶつけるかのように張り上げた声。その声色に少したじろんでしまう。

「なんで? なんで、そんな自己犠牲みたいなことすんの?」

「自己犠牲? 違うって、そんな綺麗なもんじゃない。俺達はもうこの街から出るだろ? だったら、俺達じゃなくて頑張ったアリシアが称賛されるべきだ。もう関わりのなくなるコミュニティだったら、俺がどう思われてもいい。そうすることで、アリシアが報われるなら、俺はーー」

「いいわけない!」

 妹はくしゃりとした表情でこちらを睨んだ。

ここまで直線的な感情を向けられたのは久しぶりの感覚だ。それゆえに、どう対応したらいいのか一瞬分からなくなる。

 こちらが対応に悩んでいるのに気づいたのか、妹は感情をどこかへしまうように顔を伏せた。

「……いいわけがない」

「どうしたんだよ、急に怒って」

「こんな方法……救われない」

「救われないって、何言ってんだよ?」

 言葉を求めても、妹は黙るばかりでそれ以上口にしようとはしなかった。

 何を言いたかったのか、その意味さえも分からないまま気まずい時間が流れる。

「ここにいたのか!」

 その気まずい空気を切り裂くような声。

 振り向くと、そこにはなぜかアリシアがいた。

 息を切らしながら俺達の元まで駆け寄ってくると、突然俺の胸ぐらを掴んできた。

その剣幕に何できず、ただされるがままになる。

「どういうつもりだ、理由を言え!」

「急にどうしたんだよ。ていうか、何の話だ?」

「惚けるつもりか! 私はお前に全財産どころか、か、体も預けてはいない! なんで涙ながらに街の冒険者に心配されなくてはならん!」

 いきなり胸ぐらを掴まれたから何事かと思ったが、その話だったか。

 まさか、もうその話が広まっていたとは思わなかった。

 いや、さっきのギルドの連中がすぐにアリシアを呼びに行ったのか。

 確かに、俺の話を聞いた跡だと、すぐにでもアリシアにお礼とお詫びをしたくなるよな。

もう少し妹が早く俺に追いつてくれれば、こんなバッティングはせずに済んだのだが。

 それにしても、怒りだけでここまで顔を真っ赤にできるものだろうか。今にも顔から火が噴き出しそうだ。

「なぜ私が感謝される。感謝されるのはお前達のはずだ」

 強く握られていたはずの胸ぐらが微かに緩んだ。表立った感情とは別に、内に秘めた何かが見えたような気がした。

「俺達はこの街にはもう残らないからな。目的も果たした。それに、この街の人達が必要としているのは俺達じゃなない。街のことを考えてくれるアリシアだろ」

「……そういうことか」

 薄々は感づいていたのか、何か確認を得たようにアリシアは声のトーンを落とした。

 自分達を下げてアリシアの株を上げた。その理由が明確になれば、俺の真意に気づけないほどアリシアは馬鹿ではない。

 察してくれたのなら、そろそろ胸ぐらを離してもらえないだろうか。

そのことを告げようと、掴んできたアリシアの腕に触れようとしたとき、再度胸ぐらを強く掴まれ、引き寄せられた。

 鼻と鼻が触れ合いそうな距離。

 アリシアの睫毛の長さと、精密な造りの顔を再度確認させられたと共に、瞳の奥に熱量のようなものを感じた。

 酒に溺れていた潤んだ瞳とは別の物。

 俺が知っている、騎士の誇りを持ったような瞳だった。

「騎士を、私を舐めるなよ」

 そう俺に告げると、俺を強引に引っ張って門の中へと連れ込んだ。

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