第16話 最年少騎士アリシアの過去

ある田舎の村に一人の女の子が生れた。

特筆することもないような平凡な家庭で育った彼女は、両親からの愛情を受けてすくすくと育っていった。

子供が多くない村で生まれた彼女にとって、村の人は家族同然だった。

 道を歩けばあいさつをし、夕飯の時間になれば複数の家庭で一緒に食事をすることも多々あった。

 そんな温かみのある村だった。

 ある日、その村はモンスター達によって滅ぼされた。

 特に何があるわけでもなく、奪う物などないに等しい村を襲い、焼き尽くした。

住民はいたずらに殺され、その村は壊滅させられた。

 一人、村から離れた川で遊んでいた彼女を除いて。

 一人生き残った彼女は、近くの教会に拾われた。

 その教会で村を襲ったモンスターが魔王の手下だったことを知り、彼女は復讐のために剣を極めることにした。

 いつの日か復讐をするため。

 アリシアの記憶の中には、焼き習われた村の光景が今でも残っている。


「利き腕を? な、なんで?」

「三度目くらいにあいつらが攻めてきたときだな。大型を二体相手にしたときに腕をやられた」

「二体もいたのか?」

「ああ、この街に降りてきた奴らの中にはな」

「街に降りてこなかった連中も含めると、もっといるかもしれないってことか」

「分からないがそう考えた方がいいだろう」

 大型のモンスター。

 本来、腕の立つ冒険者がパーティーを組んで倒すものだ。相手の大きさにもよるが、一人で一体を相手にするだけでも普通はできない。

 それが二体も下りてくるらしい。

 勝ち目がない。その理由がこれってことか。

「なんで騎士団は引いたのに、アリシアは残ったんだ?」

「国家の騎士団がお金を貰えないから引いた、なんて大っぴらには言えないだろ? だから、私がこの場所に置いていかれたんだよ。街の復興と、街の冒険者の支援って言う名目でな。私はもう剣を持てない。左遷みたいなものだな」

「置いていかれたって……」

 アリシアの言葉に対し、妹は言葉を失っていた。

 妹にとってはアリシアは今日初めて会った女の子に過ぎない。それだというのに、辛そうな顔ができるくらいには肩入れしているようだった。

「剣を握れなくなっても、冒険者に戦い方を教えたりしていたんだ。でも、教えた冒険者が次々と死んでいく。今日だって、数人また死人が出てしまう。私だって、こんなところで酒を飲んでいるべきじゃないことくらい分かっている。でもダメなんだ。酒を飲んでないと、不安で押しつぶされそうになる。また、私の教えた人達が死んでいくんじゃないかと」

 ずっと飲んでいたはずのお酒が入ったグラスは、ベッドの脇に置かれていた。その代わり、アリシアは空いた腕で膝を抱きかかえるようにして座っていた。

「故郷の人達のために復讐を誓ったはずだったんだけどな。諦めるしかないみたいなんだ」

 アリシアの強く握られた拳が震えている。

 腕に力を込めることはできても、いざ剣を握るとなると俊敏性に劣ってしまう。

 アリシアはもう剣を握ることができない。

 剣の道に全てをつぎ込んでいたからこそ、やるせない気持ちもあるのだろう。

 ただの悔しさや悲しさなんて表現では形容できないような、色んな感情が入り混じった複雑な顔をしていた。

 涙は流してはいない。それなのに、必死に涙を流さないように溜め込んだ目元は、泣いてしまった方が楽なのではないかと思えるほど見てられない。

 アリシアは復讐のために戦っていた。本来なら、復讐のために戦うことをやめさせ、別の目的のために剣を取るようになるシナリオだった。

 現時点で、アリシアは復讐のために戦うことをやめている。

 やめているが、これは俺が望んでいた結末じゃない。

 腕を怪我してやむを得ない形で復讐を諦め、その情けなさを呪うように戒めるように生きている。

 そんなのは俺の知っているアリシアではない。

俺の書いた小説のメインヒロインが、こんな結末を迎えていいはずがない。

「初めて会う奴相手に随分と話しちゃったな。今度酒でも奢ってもらわないと釣りが合わないぞ」

「もし、また剣を握れるようになったらどうする?」

「え?」

「もし、戦いを教えた人達が死なないって分かったら、どうする?」

「さっきから、何を言っているんだ?」

「俺に考えがある。っと、そろそろ行くか」

 隣にいる妹にここを出る旨を告げ、部屋を後にようと回れ右をした。扉に手をかけるよりも早く、アリシアの声が俺達を呼び止めた。

「行くつもりなのか? やめておけ、生きて帰ってこれないぞ」

「行くよ。大丈夫だ、絶対に生きて帰ってくる」

「言っただろ。大型が二体以上いるかもしれないんだぞ?」

「それでも行かないとなんだよ」

 俺がここに来た理由、この街に来た理由は話を聞いた後で変わることはないのだから。

「だって俺は、アリシアを救いにこの街に来たんだからな」

「え?」

 この世界の主人公が何もしないって言うのなら、俺がこの世界を変えてやる。

 俺がアリシアを救ってやる。

 俺が主人公になってやる。

 夜の街には、クエスト開始を告げる鐘の音が響いていた。

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