第14話 街を死守せよ

荒野と化した街並み。

 それは俺の知るセカンダリとは遠く離れた街だった。

「ここが本当にセカンダリなのか?」

 俺達が目指した場所は商業の街セカンダリ。

武器や装飾品の種類が豊富で、昨日過ごしたオリジンよりも商業的に栄えている街のはずだった。

俺と妹はそこに向かったはずだった。

それなのに、俺達の目の前に広がっているのは修復もままならない状態の家や店が並ぶ寂れた街だった。

一体何が起きたのか。その理由も知らされることなく、俺達はこの街の中に放り込まれてしまった。

「何でこんなことになってんの?」

「分かるわけないだろ。俺だって困惑して……あっ」

「なに? 何か思い出したの?」

「悟だ……」

「え?」

「悟だよ。本来はあいつがこの街を守るはずだったんだ」

 吉井悟。この小説の世界の主人公であり、本来はこの小説の主人公だった奴だ。

 俺のキャラクタープロットが甘かったせいで、ただの面倒くさがり屋になったあいつは伝説の剣を手にする前に旅を終え、オリジンでひもとして生活をしている。

 確か、街の外にも一歩も出ていないと言っていた。街を出ないで旅が終わったということは、あいつがこの街を救う未来もなくなったってこと。

 その結果、悟に救われなかった街が目の前にあるセカンダリということなのだろう。

「いや、それだとしてもここまで壊滅的になるか?」

 この街はモンスターに襲われてしまう運命にある。しかし、悟がいないとしても、ここまで一方的にやられるほど、この街にいる兵は弱くない。

何より、国家騎士と言われる国直属の騎士が派遣されているはずだ。

悟がこの街に来なかったとしても、ここまでひどい状態になるとは思えない。

「なんかギルドに行けって言われてたけど」

「ギルド、か」

 あの門番の口ぶり。あたかも、俺達が来ることを知っていたかのようだった。

俺達を誰かと間違えたのだろうか。

「とりあえず、ギルドに行ってみるか」

何か情報が得られるかもしれない。そう考え、俺達はギルドに向かうことにした。

 ギルドは街の中央にあるはずだ。そう考え、街の中央に向かって歩き出す。

幸いなことに、街の中央にある建物の被害は少ないようだ。

門付近の被害と比較すると、建物の損害が少ない。あくまで、比較した場合だが。

 数分歩くと、ギルドのような物を見つけることができた。

街の中央部にあるギルド。その扉を押して入ってみると。ギルドらしからぬ静かな空気が広がっていた。

オリジンと造り自体は同じはずなのに、ギルドも酒場もどちらも活気がない。

 しかし、その活気と相反するようにギルドには人が集まっていた。

 集まっているだけで、その人達の顔には覇気がない。敗戦処理に向かう投手のような顔色で、仕方なしに集められたといった様子。

「……ぼろぼろじゃん」

「クエストで手負いをした後、って感じでもないな」

 腰から剣を下げた大男、大きなワンドを両手で持っている少女、中東のナイフを片手に持っている若者。

 身に着けているものから、集められたのは冒険者であることは一目瞭然だ。

そして、その冒険者達に共通して言えることは、皆がみんなどこかしら怪我をしていること。

 ある物は肩から胸にかけて包帯を巻き、ある者は太腿に包帯を巻き付けている。

 冒険者というのは怪我が多い職種だ。怪我をするのも日常茶飯事だろう。

 しかし、その認識を差し引いたとしても怪我人が多すぎる。

 彼らも俺達と同じくギルドに集められた者だとするなら、これからこれだけの怪我人で何かクエストを行うということだろうか。

 夜に大人数を集めてのクエスト。その参加者が怪我人だらけっていう状況。一体、何が起こっているというのだろうか。

「あのー、すみません」

「クエストの依頼ですか? クエストのご依頼でしたら、本日分は終了いたしましたよ」

 とりあえず、ギルドの受付に立っているお姉さんに話かけると、申し訳なさそうに小さく頭を下げられた。

 どうやら、俺が新規のクエストを受けに来たと勘違いしているようだ。

「いや、隣街のオリジンから来た者なんですけど。門番の人に冒険者だってこと言ったら、ギルドに向かえと言われまして」

「もしかして、応援要請のクエスト参加者ですか?」

 少しだけ受付のお姉さんの声のトーンが上がった気がした。お姉さんの声が響いたせいか、ギルドに集められた人達からの視線が一気にこちらに集まる。

「えっと、多分違うとは思うんですけど。ていうか、応援要請っていうのは?」

「あれ? 応援要請をご存じでないですか?」

「ちょっと分からないですね。多分、今日ギルドに登録したばっかりだから知らないのかもしれないんですけど」

「ああ。今日登録されたということは、まだブルーマークですね」

「そういえば、そんな感じで言われました」

 ギルドに登録した際に、冒険者カードという物をもらい、自分のランクについて教えられた。冒険者になりたての頃はブルーマークというマークが冒険者カードに記載されるらしい。

ブルーマークからしばらくクエストをこなすとグリーン、その上がシルバーで、その上がゴールド。まるで運転免許証のような分け方だが、ざっくりとはその基準で受けられるクエストが変わってくるらしい。

 つまり、今の俺達のランクは運転免許取り立ての新参者扱いってことなのだろう。

「要請はグリーンマークからなんですけど……」

「そんなこと言ってる場合じゃねーだろ!」

 少し残念そうな声で告げるお姉さんに対し、周囲の冒険者が突然大声を上げた。振り返ってみると、先程まで静かだった表情に怒りの感情が見える。

「いないよりいた方がマシだ。あんちゃん、剣持ってないとこ見ると盗賊か何かか?」

「魔法使い、ですかね」

 太腿くらいありそうな大きな腕に、背中にぶら下げている大剣。顔や体の傷は数えきれず、やたら目力が強い。

「俺はデニス。よろしくな。魔法使いか。だったら問題ないだろ。近接戦闘じゃなければ死ぬことはねーよ。お嬢ちゃんは魔法使いのあんちゃんを守ってやんな」

 このギルドのリーダー的な存在だろうか。彼を見る周囲の視線には信頼感のような物が含まれているように思える。

 短髪の黒髪とでかい体から、体育会系出身といった印象を受ける。

「えっと、」

 突然話を振られ少し困惑気味の妹。その妹の一瞬の間を見て、受付嬢が話しを割って入ってきた。

「困ります! クエスト依頼の条件は守って頂かないとーー」

「だから、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

「そうだそうだ!!」

「人手が足りないのは知ってんだろ!」

 受付嬢の一言に対して、周囲は三言以上の大声を浴びせている。日頃の怒りをぶつけるような態度。

 どうやら、ギルドの力関係がオリジンとは違うようだ。

 この街がモンスターに襲われていることは疑うまでもないだろう。しかし、周囲の冒険者の発言の中で、引っかかる言葉があった。

「人手が足りないって? 騎士団がいるはずじゃないんですか?」

 騎士団は騎士団でも国から派遣された騎士団だ。とても、人手不足に陥るような状況ではないだろう。

 数も戦力的にも問題はないはずだ。

 先ほどまでヒートアップしていた周囲の熱量は、俺の一言を聞いてぴたりとやんだように静かになった。

 まるで、何か禁句を口にしてしまったかのような反応。

 その反応に驚き、俺はデニスに説明を要求するように視線を向けた。

やがて、ため息交じりにデニスがぽつりと言葉を漏らした。

「そんな奴らはとっくに帰ったよ」

「帰った?」

「本当に知らねーみたいだな。そうだよ、あいつらは帰ったんだ。一人だけ若い嬢ちゃんを残してな」

「若い嬢ちゃんって、アリシアのことですか?」

 こちらの反応が意外だったのか、デニスは僅かばかり目を大きくして驚いた。

「あんた知り合いか?」

「一方的にですが知っています。俺達はアリシアに会うためにここに来ました」

「…そうか」

 先程までの勢いはどこに行ったのか、デニスは急に黙り込んだ。その空気が周りに伝染したように、暗い雰囲気が広がっていく。

 触れてはならない話題に触れてしまったとでも言いたげな雰囲気。

「残されたってことは、アリシアは一人でここに残って戦ってるってことですか?」

 急に静かになった違和感を払拭でもするかのように質問をしのたが、その内容が悪かったのだろう。

 空気は払しょくされるどころか重さを増した。

「戦ってる? そうか、本当に何も知らないんだな」

 男は少しだけ悲しげに憐れむような顔でこう呟いた。

「もう戦ってなんかないさ。あれは、ただの酒飲みだ」

 そんな耳を疑う言葉を口にした。

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