第7話 チート武器が眠る洞穴へ

「ねぇ、本当にここで合ってるの?」

「合ってはいるはずだが……」

 こちらの世界に来て、酒場で情報収集をする中である大きな情報を掴んだ。

 この世界が俺の昔書いた小説の世界であるということだ。

 そして、この世界で活躍をするはずの主人公は旅を諦め、始まりの街でハーレム主人公として生きている。

 衝撃的な事実ではあるが、呑み込むしかあるまい。

 主人公が主人公をしない世界。

 そんな世界で、俺達兄妹は生き延びていかなければならない。

 日銭を稼ぐ方法を考えようとしたとき、あるアイデアが浮かんだ。

 主人公が使うはずだった伝説級の武器を使って、冒険者として生活費を稼ぐのはどうだろうかと。

 主人公が伝説級の武器を使わないというのだ。それならば、俺達がその武器を使って、この世界で無双しても問題はないのだろう。むしろ、使わない方が失礼だ。

 下手に日銭を稼ぐよりも、冒険者として生活費を稼いだ方が効率的だ。

 そう、チート武器さえ手に入れば。

 そう考えた俺達は、主人公である悟が本来向かうべき洞穴に来ていた。

『オリジン』の街の奥にひっそりとある洞穴。

 街の端の森を抜けた先にあるそれは、長くこの街に住んでいる住人しか存在を知らない。仮に知っていたとしても、自らこの洞穴に入るものはいない。

「魔界に繋がる洞穴」

「魔界? なにそれ?」

「その昔、モンスターがこの世界に渡ってきたときに、使用したと言われている洞窟だ」

「なにそれ。チート武器を手に入れるためにモンスターと戦わなくちゃいけないの?」

 妹の顔に微かに緊張が走った。

 それもそのはず。俺達は丸腰で洞穴まで来たのだ。丸腰で初見のモンスターと戦わなければならない。

 顔色が曇らない方が不自然だ。

「気にすることはない。ただの言い伝えだから」

「……本当に大丈夫なの?」

「ああ。主人公以外の人間がここに立ち入らないように作ったデマだからな」

「デマ?」

 そう、ただの洞穴だと主人公がここに来る前に伝説級の武器が見つけられてしまう可能性がある。だから、この洞穴に人を近づけないようにする必要があった。ここが危ない場所であると印象付ける必要があったのだ。

 当時中学生だった俺にしては、よく考えられた設定だろう。

仮にそのデマを信じないお調子者がこの場所に来たとしても、伝説級の武器のある所まではいけない様になっている。

中に入れば、その仕組みを見ることができると思うのだが……。

「想像よりも狭いな。それに暗い」

 大人一人がやっと通れるくらいの入り口。辺りの暗さに相まって、外からは洞穴の中が全く見えない。

街を散策して洞穴に入るために必要な物を買い漁っていたら、陽が傾き始めてしまった。辺りの景色が暗くて見えないという訳ではないが、宿屋に帰るころには完全に夜だろう。

 森の奥ということもあり、人気もなければ街灯もない。森は夜に向けて準備をしているかのように暗くなっていた。

 未知の場所に転生して一日目。初日からこんな所に潜り込む羽目になろうとは思わなかった。

「とりあえず、俺が入ってくるな」

「ちょっ、ちょっと」

洞穴の中に入ろうと一歩踏み出そうとしたタイミングで、妹に呼び止められた。

その声色は不機嫌そうで、それでいて僅かに声の上ずっているように思えた。

「なんだよ?」

 その声に反応して振り向くと、妹は睨むようにこちらを見ていた。何かを言おうとしているように見えるが、その内容までは読み取れない。

 すると、そんな俺の態度に痺れを切らしてか、決心をしたかのように口を開いた。

「私は、どうすんのよ」

「待っててくれていいけど」

「私も、行く」

「いや、いいって」

「行くから」

 なぜか引こうとしない妹。

 先行して洞穴に入るという危険を兄が背負おうとしているのに、なぜ頑なについてこようとするのか。

なぜそこまで俺の提案を受け入れようとしないのか。逡巡してみても、答えが見つかりそうにない。

「未知の洞穴なんだから、様子を見る必要があるだろ?」

「自分の書いた小説なんでしょ? 知ってるんでしょ? 未知じゃないじゃん」

「いや、知ってはいるけど」

「なら問題ないじゃん」

「けど、初見だ。少し様子見て問題はなければすぐに戻ってくるから、少し待っていてくれって。危ないかもしれないだろ」

 こちらが考えなしに発言していると思ったのだろう。そう考え、こちらの意図を伝えてはみたが妹の表情は晴れない。

 それどころか、不安げに自身の服の裾を摘まんでいた。

「……危ないかもしれないけど、ここだって安全って訳でもないでしょ」

 少しばかり弱気な声色。後ろめたさから視線を逸らしたような素振りに、何かに対して不安を抱いていることが見て取れた。

「ああ、そういうことか。怖いのか、ここで一人待ってるのが」

「こ、怖くはないから!」

「分かったよ。確かに、結構暗いしな。それなら来てもいいけど、俺の後ろからついて来いな」

「だからっ、怖くない!」

 先程までの不安げな表情はどこへやら。

 不安から怒りに感情をシフトチェンジしたおかげか、声色もいつもの強気な物に戻っていた。

 怒っているのだろうか。その確認を取ったら怒りが再沸騰しそうなので確認はしないことにした。

 確認するまでもないだろう。

 俺は市場で購入したランタンに火を灯した。

足元まで灯してくれる光の範囲は、半径三メートルくらいってところか。

ゆらりと揺れるランタンの光に、少しばかり心を奪われそうになる。

スマホやパソコンと異なる温かみのある光り。アウトドアにでも来たのかと勘違いしてしまいそうになり、慌てて気を引き締め直す。

ゲームやアニメと違ってリトライが効かないのだ。急な段差で足を滑らして大怪我なんてことになったら、最悪死ぬ可能性もある。

俺が一歩目よりも重くなった二歩目を踏みだし、洞穴の奥へと進んでいった。

 洞穴の奥に進むにつれ、気温はがくんと下がっていった。

 日の当たらない場所ということもあり、指の先が微かに冷えていくのを感じる。

 湿り気のある壁を伝って進んでいくと、徐々に道が開けてきた。

俺の記憶が正しければ、もう少し先に進めば目的の場所にたどり着けるはずだ。

「ねぇ、どのくらい歩くの?」

「十分も歩けば着くはずだ。記憶が正しければな」

「そう。それならいいけど」

 正直、俺の書いた小説の主人公のように目的地に行けるのか不安ではある。

 この街、この世界は俺の書いた小説そのものだ。当然、主人公が訪れた場所には小説に書いた世界が広がっていると思う。

 しかし、そのどれもが推測でしかない。全てが偶然という可能性も捨てがたい。

 それでも、さすがに伝説の武器が隠されている場所を当てたとなれば話は別だ。

 ここが俺の書いた小説の舞台であると断言できるだろう。

そうなれば、俺はこの世界の全てを知っていることになる。

 もしも、俺がこの世界で起こりえることの全てを知っているとすれば……。

「よっし、着いたな」

「着いた? いや、行き止まりなんですけど」

 洞穴の入り口から歩いて十分ほど。俺達の目の前には少し開けた景色が広がっていた。

 十六畳ほどの謎のスペース。その一番奥に小さな石碑が置かれていた。何かが書いてあるのだが、何語かさえ分からない。

「これ、なんて書いてあるの? てか、読めんの?」

「読めるわけないだろ。何語かも分からん」

「……え?」

当然、俺がこの石碑を読めると思っていたのだろう。妹は感情をそのまま言葉にしたような素っ頓狂な声を出して驚いた。

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