第6話 緊急会議(妹にクソラノベを書いていたこと告げる)
「身に知らぬ土地で妹残してどっか行くんだ」
「いや、その、すまんかった」
この世界の主人公と話を終え、自分のいた席に戻ると、妹は不機嫌全開になっていた。
少し話をするつもりが、聞くべきことが多すぎたせいだろう。結構な時間妹を放置してしまっていたようだった。
妹はほとんど食事を終えたのに比べ、俺の方は半分以上残ったまま。これから不機嫌オーラを出している妹の目の前で、俺は食事の後半戦を始めなくてはならない。
気まずいどころの話ではない。
ただ食事が冷めてしまった以上に、妹が不機嫌なことが気がかりだった。
嫌いな兄貴と一緒にいる時間が少しは減ったのだから、むしろご機嫌になっているかと思ったものだが。
無言で冷めた食事に手を付け始めたが、妹の視線が突き刺さり、食がなかなか進まない。その視線に気づきながら二度くらいスルーをしたのだが、不意に合ってしまった目がこちらを睨んでいた。
さすがに、これを無視することはできないだろう。
「えっと、どうした?」
「あの人だれ?」
「あの人?」
「さっき話してた人」
「あー、あの人ね」
しばらく席を離れて話し込んでいたのだ。当然、その話題にならないわけがない。
席に戻ってから、どうやってその話を切り出すか考えていた。
しかし、どうやっても俺が黒歴史小説を書いていたことに触れなければ説明をすることができない。
なんとか誤魔化す方法を考えていたのだが、その方法を見つけるよりも早く妹から話の催促を受けた。
なんとかはぐらかしながら話すしかないか。
「えーとな、あの人は俺の知り合いなんだよ」
「は? 異世界なのに?」
「えーと、人類はみんな海が母とか言うだろ?」
「知らないけど。それで、あの人だれ?」
「吉井悟さんって言う人だ。元は地球にいたんだが、こっちの世界に転生してきたらしい」
「吉井悟? それって……」
彼の名前を聞いた瞬間、妹は聞き覚えがあるかのように彼の方に視線を向けた。
聞いたことがあるはずもない名前。それなのに、なぜか先程よりも納得したように眉の角度を緩めると、こちらに視線を戻して少し間を取った。
まるで何か言葉を求めるかのような間。
しかし、俺が何も言わないでいると、再び機嫌悪げにぶすっとした顔をした。
「そう。それじゃあ、私達と同じってことだね。少し話聞いてこようかな」
「え。ま、まて。えーと、いきなり初対面の人に話しかけるなんて、失礼だろ?」
「それ言う?」
じろりと見てきた目には、『さっきお前がしてきたことだろ?』という意味が込められているように感じた。
マズい流れになってきた。
「えーとだな、悟は生きてきた世界が違うというか、次元が違うというか、なんというか」
長い時間妹と話したことが久しぶりだったからだろうか。誤魔化そうにも言葉が出てこない。
それもそのはず。
少しでも変な疑いを持たれたら、すぐにでも本人に聞いてくるスタンスで待たれているからだ。
時間が経てば経つほど傾く妹の機嫌。
本当のこと以外を口にできる状況ではないことは明確だった。
痺れを切らしたのか、妹はがたっと音を立てて椅子から立ち上がった。視線の先には先程まで話をしていた悟がいる。
彼から何かを聞き出す気だ。そう直感で分かった瞬間、妹に向けて言葉を発していた。
「分かったって、本当のこと言うから機嫌直してくれって」
「別に、不機嫌になってない」
「いや、なってんだろ」
「なってない」
「わ、分かったよ。それでいい」
こちらが折れたことに対して、多少は納得したのだろう。
妹は無言で椅子に座り直すと、こちらに視線を投げた。
おそらく、悟と会話をすれば会話の内容にずれを感じてしまう。
同郷という設定で話しているのに、どこかで食い違いが生じるはずだ。日本の首相や、流行りの漫画などで食い違いが生じる。
そうなると、悟が物語の主人公であることを妹に話さなければならない。食い違いに気づいた悟にも問い詰められ、悟が物語の主人公であることをゲロってしまう可能性が出てくる。
その未来だけは、できれば避けたい。
誰かに悟が物語の人物であることを口止めされている訳ではないが、悟には自分が物語の主人公だと気づいて欲しくない。
自称神様がどこまで悟に告げたのか分からない。だが、今の悟を見る限りだと、主人公だと自覚したら、主人公補正頼りに今以上にだらけた生活を送るだろう。
バレるなら妹一人にバレた方がマシだ。
「それで?」
「ああ。そうだな、何から話せばいいのか」
結局、俺は妹に事の顛末を話すことになった。
今いる世界が俺が昔書いた小説の世界だということ。そして、その主人公が旅にも出ていないこと。そして、その責任を負わされそうになっていること。
その中で言いだしづらかったことと言えば、俺が小説を書いている事だった。
当然だろう。家族に創作活動をしていることを知られたいと思う人がいるとは思えない。
それも、自分をモチーフにした小説を書いていることを自らバラすのだ。恥ずかしがるなという方が無理だろう。
「話は大体理解した」
「お、おう」
「つまり、私は作者でもないのに、ただ巻き込まれてここにいるってこと?」
「お、おそらく」
「あっそ」
「……え?」
創作活動がバレてしまったドキドキと、巻き込まれたことに対する怒りをぶつけられる緊張感。それらに備えていたというのに、妹の反応はあっけないものだった。
まるで他人事のような興味ない反応。
思わず聞き返してしまうほどにあっさりとしていたので、面を食らってしまう。気がついた時には、小さな声と共に妹に視線を向けていた。
「なに?」
「いや、もっと色々言われるものかと思っていたんだけど」
「言いたいことはあるけど、言っても仕方ないんでしょ」
「まぁな」
さらに驚くことがあった。悟のことを話す前よりも妹の機嫌が良くなっていたのだ。
妹は完全に被害者なわけだし、普通逆に不機嫌になるもんじゃないのか?
その難解不落の態度に驚いていると、その態度が面白くなかったのか、妹の機嫌が微かに傾いたように思えた。
「これからどうするの?」
「どうするって?」
「だから、一週間分の滞在費もないから、情報集めるためにここに来たんでしょ? 情報掴んだ上で、この後どうすんのか聞いてんの」
「ああ、そういうことか」
確かにそうだった。この酒場に来た目的は、今後の方針を決めるためだった。あまりに急な展開について行けず、本来の目的を忘れかけていた。
この世界がどんな世界なのかは大体把握できた。
しかし、それと今後の生活費をどうするかは別の話。転生先が分かったことは大きいが、それが分かったところでお金が降ってくるわけではないのだ。
結局、お金を稼ぐために、この世界で労働をしなければならないのか。
「いや、少し待てよ」
毎日日銭を稼ぐ生活。そんなことをしなくてもいいかもしれない。
悟はまだ伝説の剣を取りに行ってはいないと言っていた。ということは、まだあの剣は誰も手にしていないということだ。そもそも、見つけられてすらいないはずだ。
俺はその場所、行き方を知っている。
それならば、俺が悟の代わりにその剣を使ってしまってもいいんじゃないか?
主人公の代わりに、この物語を俺が進めていけばいいじゃないか?
「なぁ、鈴」
「え?」
つい漏れてしまった昔の妹の呼び名。呼ばれた方も意外だったのだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような表情で、驚きの言葉を漏らした。
「あ、いや、なんでもない」
名前の鈴蘭の頭を取って鈴。そう呼んでいたのは、俺達の仲が悪くなる前の話。
なぜ仲が悪くなって呼び名を変えたのか。
理由は決まっている。
嫌いな奴に名前なんか呼ばれたくない。妹視点で考えれば、そう思うのが当然だろう。
そして、俺は妹が嫌だと思うことはしたくないのだ。
妹に嫌われたくはない。そんな兄としての心が、妹の名前を呼ばなくなった原因だ。
「一つ提案があるんだけど、乗らないか?」
すぐに話題を変えたつもりだったが、聞こえてしまった事実は変わらない。
俺の先程の発言を聞いてか、妹はじろりとした目でこちらを一瞥した。
先程、一瞬戻ったかに思えた妹の機嫌は、本日史上最高に悪くなったようだ。
「……なんでもないことないじゃん」
「え?」
「聞くだけ聞いてあげるって言ったの!」
「わ、分かったって、悪かったからそんな怒るなよ」
「だから、怒ってなんかっ……もういいっ!」
俺の返答が気に入らなかったのか、妹は完全にへそを曲げてしまったようだ。
ただ名前を呼んだだけで気まずくなる関係。それが俺達兄妹の現状の関係だ。
こんな兄妹の関係が修復する日なんて、訪れることがあるのだろうか。
おそらく、この先そんなイベントが起こることはないのだろう。
そんなことを考えながら、俺は妹に提案の内容を話し始めた。
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