第5話 転生先は自分の書いた小説
一方的に過去を知られているというのは不気味なことなのだろう。もしくは、隠したい過去であるがゆえに俺の素性に興味があるのかもしれない。
俺の書いた小説の主人公である吉井悟。彼に少し話がしたいと言うと、彼は周囲にいた女性達に別のテーブルに行くように指示を出し、俺と二人で話す時間を作ってくれた。
妹がこちらを不機嫌そうに見ているが、今は悟から情報を聞き出すことが先決だ。
「悟、おまえは一体ここで何してんだ?」
「初対面のくせに随分な物言いだな。そういうおまえは何者だ?」
随分と余裕のある口調。容姿の良さも相まって、ただの会話をしているだけなのに、こちらが劣勢に立たされているように感じる。
とてもじゃないが、俺がモデルのキャラクターだとは思えない。
そう、この吉井悟は名前から分かる通り、俺がベースになっているキャラクターだ。
異世界で自分に似たキャラが活躍する。小説を書いたことがある人なら、一度くらいはやったことがあるだろう。
皆まで言わせないでくれ、そうだよ。中学生の頃に書いた黒歴史小説だよ。
「説明するとややこしくなるんだが、おまえのいた世界の住人ってとこかな?」
さすがに俺が書いた小説の主人公だからおまえを知っている、そんな直球すぎる回答は伏せた方が良いだろう。
何かこの世界に影響を与えてしまうかもしれないという懸念もあるが、それ以上にそんな言葉を悟が信じる気もしない。
「なぜ俺のこと知っている?」
「なぜって、ああ。おまえ引きこもりだったもんな。確かに知ってる人物の方が珍しいのか」
「……どうやら、本当に俺のことを知っているみたいだな」
なぜ知っているのかと言われると反応に困ってしまう。クラスメイトだからで通すのが無難だろうか?
でも、悟はクラスメイトと関わりはなかったはずだから、それだと嘘がバレるかもしれない。
もしくは、この世界の登場人物の知り合いってことにした方がいいかもしれない。
例えば、メインヒロインのアリシアの知り合いとか。
いや、アリシアがいるこの状況でその嘘はすぐバレる。それに、悟が引きこもりだったことはアリシアも知らないだろうし、すぐに俺の発言が嘘だということがバレてしまうか。
そんなことを考えながら、視線を先程まで悟がいた集団に向けてみる。
すると、やはり悟と引き離したことに不満を感じているのだろう。不満げな視線をこちらに送っているのがよく分かる。
赤髪を揺らす活発そうな少女、金色の長髪で西洋系の顔立ちの美女、素朴そうな村娘風のポニーテール少女。そのどれもが彼に恋をしていることが一目で分かるくらい、ほの字である。
その中にはメインヒロインのアリシアもーー。
「あれ? アリシアはどうした?」
「アリシア? 誰だそいつは」
「誰って、メインヒロインだろ。『セカンダリ』でおまえが助けた女の子だよ」
俺の書いた小説のメインヒロイン。赤髪で女騎士の少女だ。悟よりも一つ年上で、凛としている立ち姿が様になる。常にクールでたまに見せるデレが光るツンデレ少女。
その少女を『オリジン』の次に行く『セカンダリ』という街で助けるのだ。それをきっかけに、二人は旅を一緒にすることになる。
それだというのに、今この場所にはアリシアがいなかった。
「言っている意味が分からんな」
「いや、分からんことはないだろ」
「『セカンダリ』と言うのは街の名前か?」
「今さら何言ってんだよ。『オリジン』の次に行った街のことだよ」
悟はこんなに物忘れが激しいキャラだっただろうか。単純に、街の名前を忘れているだけかと思ったがどうやら違うらしい。
彼は俺の言葉に対しても首を傾げ、初めて聞いたかのような顔をしている。
「次の街? 俺はこの世界に来てから、街から外に出てないぞ?」
「……はい?」
何を冗談を言っているのだろうか。そんなことを思いながら彼の目を見たが、どうやら嘘を言っているようには見えない
冗談を言うトーンではなければ、嘘を言っているようにも感じない。
「いやいや、何言ってんだよ。神様からの天命を受けて、伝説の剣を取りに行っただろ? その後に冒険に出て、『セカンダリ』って街に行っただろ?」
そうだ。この小説の主人公は転生後にチートの武器を貰うのだ。転生時に受けた神様からの天命通りに洞穴に向かうと、そこには伝説の剣がある。その剣を手に入れ、モンスターから襲撃を受けている隣街を救うのだ。その時に、メインヒロインであるアリシアと共に共闘をする。
それが、俺の知っているストーリー展開だ。
「伝説の剣? ああ、なんか言ってたな」
「なんか言ってたなって、天命だぞ。あの剣がなかったら、この世界で生きていくの大変だっただろ?」
「いや、俺その剣持ってないし」
「はい?」
可笑しい。何か聞き間違いだろうか。思いもしない返答が返ってきた気がする。
慣れない土地に飛ばされて、耳が可笑しくなったのだろうか。
聞き間違いであるのを確信した上で、俺は悟に聞き直した。
「剣を、持っていない?」
「ああ」
オウム返し気味になった俺の返答に、彼は小さく頷いた。しかし、頷かれたところで納得できるはずがない。
『伝説の剣』を取りに行けと言われて、行かない奴がいるわけがない。異世界転生時にチート武器をくれるというのだ。断る理由がない。
「いや、本当に持ってないぞ」
俺が彼の言葉を信じていないことが伝わったのだろう。彼は自身の言葉が嘘ではないことを伝えるように念を押した。
「……」
ばっと悟の腰辺りを見る。
すると不思議なことに腰辺りに剣が刺さっていなかった。
「え? 待て待て待て、訳が分からんぞ」
転生後、どうしたらいいのか分からなくならないように、天命という形で次の行動を知らせるシステムを採用した。
絶対に主人公が失敗することのないシステムのはずだ。
それなのに、どうして悟は伝説の剣を取りに行っていないんだ? 天命が彼の耳まで届かなかったとか?
いや、天命のことは知っていたから、届いていなかったわけではないようだ。
そうなると、なぜ悟は伝説の剣を持っていないんだ?
訳が分からなくなり、説明を求めるように彼に視線を向ける。すると、こちらの意図が伝わったのか、彼は呆気からんとした態度で口を開いた。
「面倒くさかったから、剣取りに行ってないぞ」
そんなことをさらりと口にしたのだった。
「面倒くさい?」
ただ言葉を反芻しただけの会話。こちらが納得していないことを感じ取ったのだろう。少しの間考えると、悟は言葉を続けた。
「俺のこと知ってるなら、分かるだろ?」
なぜか自信満々な表情。何を誇っているのかは分からないが、言いたいことは不思議と伝わってきた。
「五秒以上考えることを、面倒だと思うくらいの面倒くさがり」
「おー、分かってんじゃん」
悟はこちらに対する警戒心を解いたように、微かに口元を緩めた。しかし、そちらが警戒心を解いたところで、こちらの表情が引きつらないわけではない。
ラノベではキャラの設定を具体的にする必要がある。『ラノベの書き方』といったタイトルの本にはそのように書かれていた。
確かに、設定では多少のことも面倒くさがるように設定した。
でも、この悟のキャラは俺が想定した物ではない。
だって、俺は『頭で考えるのが面倒だから、何事もすぐに行動を起こす』主人公を書こうとしていたのだ。
だから、面倒くさがりなのはただのスパイス的な要素。本来は活発な主人公になるはずだったのだ。
それが、どうしてこうなった。
「少し前に俺の所にやって来た『自称神様』よりは、俺のこと知ってるっぽいな」
「自称神様?」
「そうそう。えらく綺麗な人だったな。なんか、俺に色々助言をしに来たとか言ってたぜ」
自称神様。そのワードに思い当たる節があった。
先程の宿屋に置かれていたメモ書き。悟の所に来た自称神様と、メモの書き主が同一人物の可能性がある。
物語の天命を授ける神様が、俺達にメモを残したのか?
一体、何のために?
ていうか、俺が書いた小説の中の神様は天命を授けるだけで、実際に悟には会っていないはずだったが。
「おまえの所に神様が来たのか?」
「ああ、中々剣を取りに行かないから痺れを切らしたとか言ってたな」
天命を受けても面倒くさいからと剣を取りに行かない主人公。そして、天命を捧げたのに取りに行かないことに痺れを切らし、主人公に直談判をしに行く神様。
……何がどうしてこうなった。
俺が書いたはずの小説なのに、序章からもう滅茶苦茶になってんじゃないかよ。
明らかに俺が考えた小説からは脱線している。ここまで脱線したら、もう別の話になってんじゃないか。
そんな疑問も湧くが、それよりもこの後の展開を聞く方が先な気がする。
話の続きが気になるというよりは、続きを聞かなければならいような使命感が俺にのしかかる。
「それで、どうしたんだよ?」
「いや、面倒くさいの一点張りで追っ払った」
「追っ払った? そこまでするか、普通?」
「いや、あまりにもうざかったから」
「うざかったって、おま……」
「初めは神々しい感じだったんだけど、俺がひたすらに断り続けたら口が悪くなり始めて、泣きだしたりしてな。情緒が怖かったわ」
当時の神様の気持ちは、とてもじゃないが推し量れない。
天命を煙たがれることなんて、今までなかっただろうに。
初めは神様らしく行こうと思っていたのだろう。それを何度も断られでもすれば次第に神様と言えども機嫌だって悪くなる。
「それでたまに、『プロットが甘いせいだ』とか『あの作者許さない』とか』言ってたな。あの目はガチだった」
「え」
思わぬ展開に体がぴくッと動いた。どうやら、怒りの矛先がこちらに変えられたらしい。
あの自称神様の置き紙である『責任とってください』という言葉。
あの言葉の意味が少しずつ分かってきた気がする。
「あと、最後にこんなこと言ってたな。『クソラノベ書きやがって、責任取らせてやる』って」
そう言えば、この世界での天命を授ける神様は物語の神様だった。それゆえに、この世界がフィクションだということも知っている。
ということは、作者がいるということも知っているのか。
なるほど、これで全てが繋がった。
おそらくだが、俺の書いた小説はキャラの設定の甘さやプロットの甘さから、俺が望んだ世界ではなくなってしまった。
そして、本来の設定と異なる世界になったため、神様がそれを修正をしようと試みた。
だが、その修正は上手くいかず、主人公でさえも説得できない状況。伝説の剣の場所まで教えているのに、取りに行かないクソ主人公を前に、神様の心が折れたのだろう。
その状況に業を煮やした神様は、この物語の作者である俺をこの世界に呼ぶことにした。
『クソラノベ』を書いた責任を取らせるために。
つまり、俺が転生した先は昔俺が書いた黒歴史小説であり、クソラノベと太鼓判を押された世界ということになる。
夢の異世界転生?
その先がクソラノベだとしても、はたして同じことが言えるだろうか。
異世界転生を夢に見ていた。
しかし、こんな状況になれば思うことは一つしかないだろう。
……今すぐ元の帰りたい。
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