第4話 主人公との出会い

「ねぇ、どこ向かってんの?」

「とりあえず、栄えてそうな方面」

 宿屋を後にした俺達は、街を探索することにした。

 僅かに後ろを歩く妹の視線が気にはなるが、それよりも目の前の景色に意識を持っていかれてしまっていた。

 窓から見た景色ではあるが、実際にその場に立ってみるとまた景色も変わるものだ。

 中世ヨーロッパを舞台としている世界だけあり、非現実感が俺を取り囲んでいるみたいだった。

 名画家が描き起こしたような街並み。美術館の油絵の中に迷い込んだような感覚に陥る。

 ふと、談笑をしている二十歳くらいの女性達が目に入った。

 青い瞳に綺麗な金髪の女性。初めは綺麗な人だなと目で追った程度だった。しかし、その談笑の内容が聞こえた瞬間から目が離せなくなっていた。

「……」

「女の人見過ぎ」

「え」

「……鼻の下伸ばして」

「いや、違う違う!」

「あっそ」

 こちらの言葉を言い訳としか聞かない様に、妹はつんと顔を背けた。誤解をさせたままでもいいが、これ以上は兄としての好感度を下げたくない。

 現在の好感度が限りなくゼロに近いとしても。

「マジで違うっての。ただ話し声を聞いてたんだよ」

「盗聴?」

「違うわ! 内容じゃなくて言語を聞いてたんだよ」

「言語?」

「ほら、話し言葉が全部日本語なんだよ」

「あれ? 本当だ」

「なんで日本がない世界で、日本語が使われているんだ?」

 これがラノベだったら、何も問題なく受け入れることができる。

 異世界転生物では言語が通じなくて苦労するなんて場面はあまりない。チート能力やらで言語変換を自動でやってくれたりして、海外渡航の最大の難所を軽く乗り越えることができるのだ。

 創作物なら、それで納得することができる。

 しかし、俺達の場合は言語変換のチート能力を持っていない。もっと言えば、ここは現実なのだ。創作物ではない。

だから、異世界の共通語が日本語でしたなんて、そんな都合の良いことが起きるとは考えられない。

「あのメモ書きを残した神様か?」

 異世界に来て何も知らされていないのに、言語変換能力が付加されている。そもそも、まだ誰とも接触をしていない。

もしかしたら、メモ書きを残してくれた自称神様の仕業かもしれない。俺達の知らないところで、チート能力を授けてくれているのかもしれない。

そうなってくると、あのメモ書きの言葉も無視することができなくなる。

『もう疲れました。ちゃんと責任取ってください。神様より』

 一体、あの言葉にはどんな意味が隠されているのだろう。

その疑惑が心のどこかに残りながらも、俺達は街を散策していた。

とりあえず、言葉が通じないよりは通じた方が良い。そう都合の良い解釈をして、街を見て歩いた。

それからしばらくした後、俺達はお昼ご飯を済ませるために大衆酒場に足を運んでいた。

「やっぱり、どこかおかしい気がする」

「どこが?」

 運ばれてきた食事を食べながら、本日の散策の結果を整理していた。

 食事は黒パンとトマトベースの豆スープ。それと、ソーセージのような物がセットになった物を頼んだ。

 どれも塩味が足りない気がするが、マズくて食べれないという訳ではない。健康的なものだと思って食べれば、むしろおいしくも感じる。

いや、今は飯の感想なんてどうでもいい。

妹はあまり感じていないらしいが、どうもこの街には違和感を覚える箇所がある。

「店の看板、この店のメニュー表、どちらも日本語なんだよ」

「またそれ?」

「おかしいだろ。中世ヨーロッパの舞台で、ゴリゴリに日本語が使われてんだぞ?」

 言葉という物は文化から生まれるものだ。それゆえに、日本文化がない所で日本語が生れるはずがないのだ。

 それだというのに、この街は日本語を公用語とでもしているくらい日本語が使用されている。

 やはり、あの自称神様が何かしてくれたとしか考えられない。

「それに異世界だって言うのに、生活様式も元いた世界と変わらない。フォークとナイフ、スプーンがある。ベッドで寝る。硬貨が流通している。生活様式まで似るなんてことあると思うか?」

「いや、知らないけど」

「それに、この街の名前……どこか聞き覚えがないか?」

「別に聞いたことないけど、英語でしょ?」

「『オリジン』原点とかそんな感じの意味だけど、どこかで聞いたことある気がするんだよな、そういう街の名前を」

 規模が一定の街以上になれば技術も発展するし、高価が流通しても可笑しくはない。

それに、ここがパラレルワールドだっていう可能性もあるし、生活様式が似ていることに関しては問題ではない。

それよりも気がかりなのが、この街の名前だ。

 妹は知らないのかもしれないが。この『オリジン』という名前の街にどこか聞き覚えがある。確か、そこまで昔のことではない。

 ゲームか、漫画とかで聞いたのだろうか。

そもそも、漫画に出てきた街の名前を覚えていることなんてあるのだろうか。

 街の名前を覚えるほどハマったゲームや漫画、アニメなんかあっただろうか……。

 そんなことを考えながら豆のスープを啜っていると、急に店内に黄色い声援が響いた。

 何事かと思い周りの反応を見てみると、女性達の視線が一点に集められていた。

 その視線の先には四人程の団体がいた。

そのグループが席に移動しているだけだというのに、女性客の視線はそこに釘付けになっていた。

そのグループの中の一人に、黒髪で背丈が俺と同じくらいの男がいた。俺と違う点と言えば、彼の容姿が整いすぎていることくらいだ。

中性的な青少年。アイドルグループや韓流にも劣らないほどの美貌の持ち主は、系統の違う三人の美女を引き連れていた。

この黄色い声援は、あの男に浴びせられているのだろう。

「やっぱり、女ってのはああいうのが好きなのか?」

「まぁ、悪くはないんじゃない」

 俺と同じくそのグループを見ていた妹に話を振ったが、妹はそこまで彼の美貌に食いつく素振りを見せなかった。客観的に意見を述べたような反応。

 しばらく彼を観察した後、妹は不思議そうなものを見る目で俺と彼の顔を見比べていた。

「なんだよ?」

「いや、別に」

「同じ男でもここまで違って悪かったな」

「はぁ? 別に何も言ってないんですけど」

 どこにもやれない怒りの矛先を黒パンに向け、大袈裟にパンを食いちぎる。不思議と、先程よりもパンの甘みが感じられなかった。

 パンをいくらかじっても、俺の視線はあの集団から離せなくなっていた。

 周りの美女を見ている訳ではない。あの中心にいるクールな男から目が離せないのだ。

 別に俺が男色だというのではない。魅力で語るなら周囲にいる女子達の方が魅力的だ。

 それだというのに、なぜだろうか。

 初めて会ったはずなのに、彼とはどこかで会った気がする。

 異世界だというのに、一体どこで会ったというのだろうか?

「悟~」

 そんな風にこちらが視線を向けていることも知らずに、連れと思われる女性がイケメンな男の名前を呼んだ。

 やけに近すぎる距離感。ただ会話をするだけなのに、なぜあのように距離を詰めているのだろうか。

それに気づいた他の女性達は二人を引き離そうとしている。

 あれがラブコメ主人公というものなのだろうか。

 全く、悟という男はどれだけ女たらしなんだろうか……。

「……悟?」

 どこかで聞き覚えのある名前。

 いや、どこかなんてそんな不明瞭なものではない。

 どこか聞き覚えのある街の名前。聞き覚えのある男の名前。そして、自称神様からのあのメッセージ。

「待てよ待てよ。え、いやいや、え?」

「なに? 急にどうしたの?」

 言葉と裏腹に心配している素振りを見せない妹。いや、今はそんな冷めた妹の態度なんかどうでもよい。

そんなことよりも、確かめなければならないことがある。

 じっとりとかいた脂汗が背中を濡らした。二段くらいギアを上げた心拍数を尻目に、俺は席を立ち上がった。

「え、ちょっと」

 妹の制止を振り切りながら向かう先は一点。入店後もずっと視線を集めているあのグループに向かっていた。

 なにやら談笑をしているようだったが、俺が彼らの目の前まで来ると、こちらの存在に気がついたのか男を中心にして顔を上げた。

 上げられた男の顔をよく観察する。

 髪型、目と鼻の位置。全体的に整ってはいるが、どこか見覚えのある顔がベースとなっているのはすぐに分かった。

「俺に何か用か?」

 低さが響く声質。現代で言うイケボに属するそれを聞き、俺の中の何かが確信を得た。

「おまえ、吉井悟(よしい さとる)か?」

「そうだけど……なんで俺のこと知ってるんだ? 俺達どこかで会ったことあったか?」

「会ったこと? そんなのあるわけないだろ」

 そうだ俺達が会うことなんて絶対にない。

そうだ、こいつは—

「おまえの前世を知るものだ」

 手汗を握りしめながら、目の前いる男にめがけて言葉を放った。

 しかし、俺の言葉を聞いた周囲の女性達は、一瞬の間の後に一斉に笑いだした。

「前世って、この人何言ってんの?」

「悟。無視した方がいいよ、こんな人」

「悟?」

 けらけらと笑う集団の中で、ただ一人表情が硬い人物がいた。

グループの中心人物である男。その男は見開いた目をこちらに向けていた。

「おまえ、俺を知っているのか?」

「ああ、知ってるよ。この中の誰よりもな」

 吉井悟。その名前は、俺の昔書いたラノベの主人公の名前だ。

 そして思い出した。

『オリジン』。

 昔、俺の書いた小説に出てきた街の名前だ。

 俺の書いた小説の街が存在しており、その主人公が目の前にいる。その情報から導き出せる答えは一つしかないだろう。

 この世界は俺が昔書いたラノベの世界だ。

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