第3話 異世界へ転移2
「つまり、私達は異世界に来たってことなの?」
「まぁ、状況から察するにそうだろうな」
妹に事の経緯を話しても、妹の機嫌が直ることはなかった。
そもそも俺も数分だけ早く目が覚めただけで、この世界のことを詳しく知っているわけではない。
要するに、俺の推測を語ったに過ぎない。
その推測が面白くなかったのか、妹はこちらにじろりとした視線を向けていた。組まれた腕の様子から、機嫌が斜めであることが見て取れる。
これが妹の平常運転。先程取り乱したことに対する恥ずかしさも相まってか、視線にはいつも以上の感情が込められているように思える。
「その置き紙は?」
「これだけでは何とも言えんな」
先程見つけたばかりのメモ書き。
『もう疲れました。ちゃんと責任取ってください。神様より』という短すぎるメッセージ。
さすがに、この数行の文章からメモの意味することを推測することは不可能だ。それはメモを残した本人だって分かるはずだ。
なぜこのメモを残したのか。その理由が分からない。
それと気になる点がもう一つ。
「なんで俺と……妹なんだろうな」
異世界転生物というジャンルは、主人公一人だけ転生されるというのがセオリーだ。稀に、他の人と一緒に転生されることもあるが、普通は仲の良い間柄で転生されるというもの。
当然と言えば当然だろう。
異世界に転生してまでギスギスした関係を引っ張りたくはない。読者も作者もそう考えるはずだ。
「……」
それがどうしてこうなった。
何かしら理由がないと説明がつかない。
何の前ぶりもなく、俺が妹と共に異世界に転生するとは考えにくい。何かしらの原因があったはずだ。
確か、俺は元の世界で足を滑らせて階段から落ちたのだ。そこまでは覚えている。
脚を滑らせたときに、あの場に妹がいたことも覚えている。そして、俺に向かって妹が何かを言った気がする。
短い一言だったのだが、それが何だったのかが思い出せない。
「なぁ、俺が階段から滑り落ちたとき俺に何か言ったか?」
「別に、何も言ってない」
妹はふいっと顔を背けると、これ以上話をしたくないといった態度を示した。
妹もこちらの世界にいるということは、妹も階段から落ちたのだろうか。
まさか、俺を助けようとして?
いやいや、この妹に限ってそれはないだろう。
そのことも聞きたかったが、しばらくはまともに口をきいてくれないような態度だ。
異世界に来た途端に俺に甘えるようになる。そんなご都合主義全開の展開になることはないようだ。
夢のような舞台だとしても、現実は非情そのものということか。
それに、夢のような舞台ではあるが少し気になることもある。
「何きょろきょろしてんの?」
「いや、案内人がいないなって」
「案内人? ……何言ってんの?」
「普通いるだろ? この世界をについて説明をしてくれる案内人が。その人から伝説の武器とか貰って、異世界を冒険するんじゃないのか? 説明もなしに異世界で放置ってことはないよな? さすがに、生ぬるい現代社会で生きてきた学生に特典なしの転生させたりしないだろ」
「普通って……あっそう」
「あ、いや。なんか、ごめんな」
「別に、いいけど」
妹は俺の返答に対し、興味なさげに目を背けた。
普通って言われても、そりゃあピンとは来ないよな。ラノベでの常識が非オタである妹に通じるわけがない。
『急に流暢に話し始めて気持ち悪い』とか思われてしまったかもしれない。
それでも、現状がラノベみたいな展開なのだから、ラノベの定石から逸れていたらそこを指摘するだろ。
何も気持ち悪くはないはずだ。……きっと、大丈夫。
気を取り直して、これからすべきことを整理しよう。
案内人がいないとなると、次に起こすアクションが分からない。自由気ままに異世界ライフを送ればいいのかもしれないが、現代日本で生きてきた俺達が装備なしで異世界を渡り歩けるのだろうか。
何かしら道しるべでもあればいいのだが……。
「あれ何?」
「あれって?」
「机の上の奴」
「机の上?」
妹の発言に釣られて机の方に視線を向けると、確かに何かが机の上に置かれていた。
少しだけ膨らんだ巾着のような物。膨らみ方から察するにあまり多くの物が入っているようには思えない。
俺は机の前まで移動すると、その巾着を軽く持ち上げてみた。すると、持ち上げた際にじゃらりと何か音がした。
「軽いな」
「音聞こえたけど、それなに?」
「さぁな。支給品だとすると、魔法の力を込めた石とかじゃないか? 現金にしては少なすぎるし、何かしらのチートの力を手に入れるための先駆け的なものだと思うがな」
妹に訝し気な視線を向けられながら、俺は少しの期待を込めて巾着を緩めた。
中を覗いてみると、その中には光を浴びて少しのきらめきを見せる物が入っていた。
はやりマジックアイテム的な物だったか。
そのうちの一つを掴んでみると、どこか触り慣れたような感触を覚えた。
珍しい形の石などではなく、もっと一般的に普及している何かに似ているーー。
「ねぁ、何だったの?」
「現金だ」
マジックアイテムかと思ったそれは、円の形をした硬貨だった。
それも一生金に困らない大金ではない。硬貨の価値は分からないが、硬貨がそこまで煌びやか物ではないし、布袋の中に雑多に入れられている。
察するに、この巾着の中の金で一週間飢えをしのぐことはできないだろう。なにせ、俺達は二人いるのだから。
なるほど、なるほど。異世界に転生した特典はこの現金ということだったか。
……一回、頭の中を整理しよう。
俺は現世から別の世界に転生された。
そして、転生の際に渡された物は一週間分くらいの滞在費。そして、セットに仲の悪い妹がついてきた。
そして、異世界をイージーモードで生きていけるチート能力も、神様が旅に同行してくれることもない。
……これって、結構なハードモードなのではないか?
「ねぇ、いくらくらい入ってたの?」
「硬貨の価値が分からないが、あまり大金ではないことは確かだろうな」
俺の返答を聞いてか、微かに妹の表情が硬くなった。
当然、そうもなるだろう。
大嫌いな兄と二人で同じ空間にいること自体、妹にとっては罰ゲームに近いはずだ。それに加えて、金もないという状況。
さすがに我慢の限界というものだろう。
その証拠に先程から無言の圧力を受けている。
家族と一緒にいるはずなのに、この緊張感のように張り詰めた空気は何のだろうか。心が休まないことこの上なし。
「よ、よっし、とりあえず俺は街を見てくる」
どうするべきか。
その答えは、いち早くこの場から脱出することだろう。
この宿屋のような場所に籠っても、一週間後には飢えて死を迎える。それならば、街で生活費を稼ぐ必要がある。
そのためにも、現地調査はしなければならないだろう。
本来は妹と協力して行うイベントなのかもしれないが、あえて俺単独のイベントにしてしまおう。
この不機嫌な妹と二人で協力なんて、要請した瞬間に睨まれかねない。
俺が帰ってくるころには妹の機嫌も直っていることを期待して、この場から一刻も早く離れよう。
俺は巾着からいくらか硬貨を抜くと、その場を後にしようと回れ右をして扉の方へと足を運んだ。
「ちょ、ちょっと」
俺がドアノブに手をかけた瞬間、妹の焦ったような声に呼び止められた。
何を焦っているのか見当がつかず、首だけで振り返ってみると、妹は何やら不満げな表情を浮かべていた。
呼び止められたはずなのに、言葉が続くことはなく、こちらにじっと視線を飛ばしている。
やがて、妹は歯切れ悪く言葉を続けた。
「私は、どうすんのよ?」
「何がだよ?」
「いや、だから……異世界で一人っきりにさせる気?」
妹は怒りのせいか微かに頬を染めていた。どこか上ずった言葉の真意は読めないが、発した言葉の意味は十分に理解することができた。
ただそんな言葉が妹から出てくるとは思わなかったので、少々面を食らった。
「まぁ、そうなるかな。少し街を見たら戻ってくるから、部屋でゆっくりしていてくれよ」
異世界で女の子が一人で部屋に残される。
当然、本来は一緒に連れていくべきなのだろう。見知らぬ土地ならば尚更だ。
しかし、一緒に行こうぜ! などと言わないことに理由だってあるのだ。
俺達がこの部屋でどのくらい意識を失っていたのか分からないが、雑に机の上に置かれていたお金が盗まれていない。
中身を少し抜かれた可能性は捨てきれないが、それなら巾着ごと持っていくだろう。
その事実から察するに、下手に見知らぬ土地で彷徨うよりはここにいた方が安全のはずだ。
街の様子を見てきて、街中が安全かどうかを確認する必要がある。街中が危険だったことを考えて、男一人で行動した方がいいだろう。
そして何より、この妹が俺と一緒に行動したいなんて思うはずがない。誘ったとしても、断られるのが関の山だ。
「……行く」
「ん? 何か言ったか?」
「私も行くって言ったの」
「ああそれなら……え、まじで?」
「なんか文句でもあるの?」
俺の発言に対してなのか、俺の存在に対してなのか。斜めだった妹のご機嫌はさらに傾斜を上げたように思えた。
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