第8話 チート武器が眠る洞穴へ②

「いいんだって、読める必要なんてないんだよ」

「え、じゃあ伝説の武器って奴はどうすんの?」

 改めて文字の書いてある石碑と対峙する。

 一見、ハングル文字を思わせる字体。十行ほどで書かれた文章は何か意味を表していそうだが、一文字も意味が分からない。

本当に、なんて書かれているんだろうな。

「別にこんな文字読めなくていいんだよ。ていうか、この文章読めたとこで、伝説の武器は手に入らないぞ」

「じゃあ、どうすんの?」

 答えを催促するような妹をその場に残し、俺は石碑を正面にして右の方向に歩き出した。そのまま壁に突き当たると、壁の感触を確かめるように壁を撫でる。

「え、何してんの」

「若干引いてんじゃねーよ。確か、ここら辺にあるはずなんだが。おっ」

 壁をまさぐっていると、かちりと音がした。その音と共に壁に亀裂が入り、その亀裂が徐々に広がっていく。そして、亀裂は身の丈ほどの長方形を描き、綺麗な扉に姿を変えた。

 隠し扉。それが出現した。

「石碑から右に曲がった突き当りの所にスイッチがあって、そこを押すと隠し扉が出現する。その石碑はただのダミーだ」

「……ギミックが簡単すぎる気がする」

「冷静なツッコミはやめろよ」

 答えを知る勇者以外が伝説級の武器を手にすることがないように考えたトリック。本気でそう考えて作ったにしては、妹の言う通り簡単すぎる。

 ていうか、単純すぎる。

でも、仕方がないだろう。人生で一番初めに書いた小説。しかも、自分の名前と似た主人公が活躍する俺TUEEE系小説なのだから。

その部類の小説を細かく指摘することはやめて欲しい。

 そんなことよりも、目の前の事態に興奮するべきだ。

 チート級の武器がこの扉の先にある。その事実だけで、鼓動はいつになく速くなっていた。いや、この鼓動の速さはそれだけではないか。

 チート武器があるということは、この世界が俺の書いた小説であることの証明になる。

 そうなれば、この世界に起こりえることの全てを知っていることになる。

 異世界で無双をする未来が待っている。それに対する高揚感が胸を熱くさせるのだ。

 出現した扉に手をかけて引いてみると、その中には小さめの部屋があった。洞穴とは造りが違う人工的な構造。

 石造りのワンルームほどの部屋。その中には二つの木箱が並べられていた。

 一つ目は長細く長物が収納されている箱。二つ目は正方形の小ぶりの箱。

 伝説級の武器。確か、伝説の剣のことのはずだ。そうなると、この小さな箱の方は何が入っているのだろうか。

「あっ、そう言えば……」

そうだ。忘れていたが、主人公である悟は二つの装備品を身に着けていた。小説を書いているときも、あまり意識していなかったから忘れていた。

「あれ? 二つあんの?」

「ああ。俺もすっかり忘れていたよ」

 俺の後に続いて部屋に入った妹も、それに気づき意外そうな声を上げた。二つある箱を不思議そうな顔で見つめている。

 とりあえず、俺は目の前にある長物が収納されているであろう箱を開けてみた。

「あった」

 箱を開けた瞬間に分かる、ただ物ではない雰囲気。西洋の剣よりもすこしばかり太く長い剣。柄の部分が装飾品のように丁寧に造られており、鞘までもが煌びやかな造りをしている。

 手に取って鞘から剣を少しばかり引き抜いてみると、刃こぼれという概念を知らないように研ぎ澄まされた剣先をしていた。

 伝説の剣。その名に恥じない造りをしている。

「これが伝説の剣か」

「それ、そんなに切れるの?」

「ああ。それにただ切れるだけじゃない。この剣があれば物理耐性、物理攻撃力が劇的に上がるんだ」

「え、物理耐性? 物理攻撃?」

「ああ、そうか。言ってなかったな」

 すっかり忘れていた。

 普段から異世界系のラノベを読む人達にとっては、常識のようなもの。異世界=ゲームの世界っていう設定が定着しているのだ。当然、普段からラノベを読まない人達からしたら知りもしない常識だろう。

「この世界はゲームみたいに装備品によってプレイヤーの力が上がるんだよ」

「そんなゲームみたいに都合よくいくの?」

「そういうもんなんだよ。この世界は小説の中の世界だしな。俺らの知る現実とは少し違うんだよ」

 現実なんだけど、現実ではない世界。そんな世界に俺達は迷い込んでいるのだ。あり得ないことがありえる世界。

 郷に入っては郷に従え。都合が良いように思えても、その解釈の仕方で間違っていないはずだ。

「それで、その剣って誰が持つの?」

「誰がって、そんなの決まって……」

 そうだ忘れていた。

 伝説の剣。これは一本しかない。

 俺達が二人いるから県も二本用意してくれとはいかない。当然と言えば当然か。

 いや、そういう意味では今回の展開は都合が良いのかもしれない。

 俺はちらりともう片方の箱に視線を向けた。おそらく、こっちの箱に入っている物はあれだろうな。

「おそらくだが、俺は妹にスピードで負けていると思う。だから、剣はやるよ」

「私が剣持つと、そっちが装備するものないじゃん」

「あるんだよ。すっかり忘れていたけどな」

 主人公である悟は魔法剣士。魔法を使ときにも剣を持っていたからその装備品のことをすっかり忘れていた。ストーリーの中では剣で戦う場面が多かったしな。

「もう一つあるんだよ。伝説の装備品がな」

妹に剣を手渡して、俺は小ぶりな箱を開けた。すると、その中には二つのリング状の物が入っていた。

銀色のべスレッドのようなこれも、紛れもないチート級の装備品だ。

『全ての魔法を記録したリング』。

 腕に付けるタイプのリングであるそれは、身に着けることでこの世界の全ての魔法を使うことができるようになる。

 伝説の剣に負けず劣らずなチートな装備品だ。

 本来ならば、悟にもワンドを使わせたかったが、剣とワンドの二刀流はさすがに不格好だった。

 それゆえに、剣と同時使用できる形状のマジックアイテムが必要となり、リングを身に付けさせていたのだった。

「なにそれ?」

「このリングを使えば全ての魔法が使えるようになるんだよ」

「え、チートじゃん」

「その剣持った奴が言うことか。そういう小説なんだっての」

 そう、俺TUEEE系の小説では主人公がチート急に強いのは当たり前。そこを指摘するような野暮な真似をしてはならないのだ。

「ていうか、剣よりもそっちの方が良くない?」

「適材適所って奴だ。俺は少なくとも妹よりは知能がある。逆に、俺は運動なんてしばらくしてないから、スピードや瞬発力はない」

「……なんか私がばかみたいな言い方なんですけど」

「年の功って奴だよ」

 妹は不満があるというよりは、自分が劣っていると言われたことに僅かに怒りを覚えているようだった。

 実際に俺の方が妹よりも頭が良い。昔の俺の成績と今の妹の成績を比べても、俺の方が頭が良いことは明確だ。

 しかし、それを妹に突き付けたところで、妹の怒りが収まることはないだろう。

 それでも、歳の違いを指摘されれば、さすがに妹も納得するだろう。

「来年も同じこと言えてればいいけど」

「どういう意味だ?」

「なんでもない」

 ふいっと顔を背けた妹の顔色は、怒りとは別の何かで頬の熱を上げたように見えた。その感情も、先程の妹の言葉の意味も分からない。

 来年高校生になる妹ではあるが、さすがに俺よりも学力が高い高校に入学することはないだろう。

 そうなると、学力の話でないということだろうか。

「来年になっても歳の差は変わらないぞ?」

「ばかにしてんの?」

「してないしてない」

 ジロリとこちらを睨む妹の視線に負けたわけではないが、自然と視線を背けてしまった。

俺は背け視線に対する情けなさを一旦置いておくと、黙々とリングを腕に装備した。

「……特段何も変わらないな」

「これ本当に伝説級の装備なの?」

「そのはずなんだけどな」

 ゲームなどでは強い武器や防具を身に着けると、その瞬間にステータスに反映される。

この世界がゲームのような仕様を採用していることから、装備品を身に付ければ、ステータスが大きく変化するはずだ。

 それだというのに、何もその変化を感じない。

 感じていないだけで、実は内側の部分が大きく変わっているのだろうか。

 何でも魔法を使えるという設定。それならば、何か適当に魔法を使ってみればいいのかもしれない。

そう考えて、適当に片腕を胸の位置まで持ち上げる。手のひらを壁に向け、少しばかり腕に力を入れてみる。

「……」

「何してんの?」

「いや、何か火の玉みたいなのでも出ないかなと」

本気で何かが起こるとは思っていなかった。

ほんの少しの軽いイメージと『火の玉』という言葉。それが頭の中で結びつくような感覚があり、かちりとした音がした気がした。

 腕の神経が少しばかりピリッとした。その感覚が走った次の瞬間には手の平には、真っ赤に燃える人魂のような物が手の平に発生した。

「うおっ!」

「ちょっ!」

 手の平の四倍はあるであろう大きさの赤く燃える炎。燃料が存在しないはずの大気中で、それが燃え続けていた。

「まじか……」

 正直、この世界が自分の書いた小説だということを信じ切れてはいなかった。

 小説に出てきた街の名前があって、小説に出てきた主人公がいる。そのどちらも、偶然で済ますことができたからだ。

 ましてや、その世界で主人公が使っていたチート級の武器を自分が手にできるなんて、さすがに都合が良すぎる。

 そう考えていた。

 しかし、現に俺達はそのチート級の武器を手にしている。

 落ち着いて現状を分析しようとするが、分析をすればするほど興奮は増し、胸の奥の方が高鳴る。

 イケメンでもなければ、野球のエースでもない。そんな俺がなれるはずがないと思っていた。

 ずっと憧れていた主人公という存在。

 この世界なら、俺は主人公になれるのかもしれない。

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