第13話 ヴォルフの過去と痴話喧嘩

 凶犬ヴォルフ――奴の背後が岩となるように誘導する。


 魔力で逃げ場を封じ、追いやる作戦だ。あまり美しいやり方ではないかもしれない。が、倒すことがいまは必要である。


「いけ!」


 指示棒で岩ごとヴォルフを薙ぐ。岩に棒が当たったとき、体がより震えた。確実に核を突いている証拠だ。


 ・効いているな

 ・形勢逆転!

 ・押し切れ〜


 なんとしても岩から逃れようと試みている。なに、許すことはない。逃げる前に体ごと岩の方へ。


 一時は姿を視認するために消費する魔力がばかにならなかったが、どうにか乗り越えた。


 ヴィジュアルもはっきりして、攻撃用に割ける魔力が増えた。


「ググググ」


 及び腰になっているし、動きも守りを優先するものばかりになりつつある。


 勝つための、獲物を狩るための戦い方はかけ離れた。いまや、勝機はこちらのすぐそばにある。


「なかなか楽しませてくれたよ、ヴォルフ。君は強かった。だが――!」


 岩を見やる。表面的な傷はすくないが、耐久性が落ちつつある。渾身の一撃をお見舞いすれば、砕けるはず。


「俺はあんたを越えなくちゃならない。そして、君の邪智暴虐さを矯正も必要。いざ、教育の時間だ」


 踏み込む構えを取り、一拍置く。


 魔力を一点に込め――駆け出した。


「これで終わりだ!」


 ヴォルフに逃げる暇も与えず、瞬時に駆け抜ける。濃密に練り上げられた魔力を、魔力棒の一点に通し、身体ごと貫く。


 そのまま岩に直撃。バラバラに砕けた。


 ヴォルフから血は出なかった。破れた血管を魔力で塞いでいるのだろう。


「グ……ガ……」


 俺の【教育】が効き始めたと見える。それでもなお、奴から溢れるオーラは強烈なものだった。


「なんだ、これは」


 意識中に、自分以外のものが侵入している。決して、有害なものではない。


 凶犬ヴォルフの、記憶だ。


 こうして魔獣となる前、奴はただの子犬に過ぎなかった。ひとりの探索者の相棒として、サポートし続けた。


 ある日、いつものように探索に向かっていたヴォルフ。


 出会ってしまったのは、実力をはるかに上回るモンスター。


 ――ヴォルフ、君は逃げろ! 僕が死んでも、誰かの相棒になれ!


 探索者は死んだ。呆気なく、モンスターの斬撃を喰らって。


(どうして……飼い主さんが死んじゃうの……)


 最期に探索者が残した言葉は、結局無意味に終わった。復讐に燃えるヴォルフが、モンスターに突っ込んだ。


 そして、同じ末路を迎えた。


 探索者とヴォルフは成仏しきれず、死後もなお、同じ場所に居続けた。


 そう、かつて自分たちを殺したモンスターがやったように、現れる探索者たちの芽を摘み取るため……。


「あぁ、つらかったな、ヴォルフ。本意じゃなかったよな」


 空を仰いだ。ヴォルフも、好きで探索者を襲っていたわけではないと、伝わった。


「みんな、いまヴォルフの過去を見た。本当は悪い奴じゃなかった。被害者だったんだよ、ヴォルフは」


 見た夢の内容を、自分で口にする。


 ・悲しい過去

 ・ヴォルフも苦労人だったのか

 ・探索者を襲ったことは許されないけど……複雑だな


「これからは、罪のない探索者を襲わなくていい、ヴォルフ」


 ヴォルフは実体化した。体が小さくなり、おどろおどろしい見た目から子犬に変化した。本来の姿に戻れたのか。


「クウゥン……」


 こちらの足元にスリスリし出した。


「いまから、ヴォルフは俺の使魔ファミリア。仲間だからな」


 尻尾をブンブン揺らして、息を荒立てている。言葉が通じているようにすら思えてくる。


「しかしまぁ、さっきの怖い見た目とのギャップがすごい! ずっと撫でてあげたくなるフォルムだよ」


 ・か わ い い

 ・動物系ゆるふわ配信会場はこちらですか?


 ほれほれ、とヴォルフと戯れあっていると。


「ふざけないでください?」


 俺の中にいたはずのバイオレットが、姿を現した。


「おい、バイオレット。いきなりなんだい」

「さきほどまで、私はでしゃばるべきではないと、会話を慎んでいました。ですが! 黙っていれば、ご主人様と私の関係、その座をこのが奪おうとしているではありませんか? 由々しき事態です。それはとてもとてもとても」


 青筋立てて怒っている様子を見ると、さすがになだめなければと思う。


「バイオレット落ち着こう。これから仲間も増えてくる。仲間はみんな大事だ。わかるだろう?」

「私はご主人様の一番でありたいのです」


 そうきたか。


 なかなかうれしい困ったさんだ。ちょいとヤンデレ気質があるのは想定外だった。


「ワン!」


 こちらの苦悩を知ってか知らずか、元気に吠えるヴォルフがいた。


 ・マイペースなヴォルフで草

 ・私も、ってか?

 ・やっぱりギャップで感覚おかしくなる


「そういうわけで? ともかく仲間が増えました!」


 この一日で、あっという間に二体の使魔ファミリアを従えた。悪くないペースだ。ぶっちゃけ飛ばし過ぎた。


 いったん休憩を入れなければ、疲れ過ぎて動けなくなる。


 よって。


「今回の配信は以上! また次回もお楽しみに〜」


 配信はここでストップとさせてもらう。


 なんだかんだ成功とはいったものの、久々すぎて変に力んでしまった。反省点は列挙しきれない。


「ふぅ……」

「お疲れ様です、ご主人様。ゆっくり休んでくださいね!」

「ワン! ワン!」


 ありがたい。いい仲間じゃないか。


「君たちを仲間にして、正解だったよ!」

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